監視者
転移した先は、応接室のような部屋だった。スーツの女は、にこやかに俺達を見ている。
「さあ掛けてくれ。紅茶とお菓子もあるから、食べながら話そうか」
スーツの女が手をかざすと、ローテーブルの上にお菓子や紅茶が出現した。
どうやら敵ではなさそうだけど……。俺は陽那と結月に目配せして、警戒しながらソファーに座る。すると、スーツの女は立ったまま話し始めた。
「私はルイ。ゲームマスターの一人で、箱庭を監視している者だ。まずは……こんなところに、君たちを勝手に転移させてしまい申し訳ない」
突然頭を下げられて俺が戸惑っていると、結月が口を開く。
「謝るくらいなら、私たちを早く帰らせてください。もう何日もここにいるし、家族も心配していると思うし」
ルイさんは顔を上げて結月に応える。
「最初の説明にあったように、ここでは時間の流れを速くしている。現実世界……というよりも地球から、ここに君たちを転移させたのは八月二日の14時だが、向こうではまだ八月二日の15時にもなっていない。思うところはあるかもしれないが、まずは私の話を聞いて欲しい」
俺と陽那と結月は顔を見合わせた。
ルイさんには、俺達三人が全力で戦っても勝てないのだから、有無を言わさず力ずくで言うことを聞かせることだってできるはず。それをしないで俺達に話しを聞いて欲しいと頼むということは、何か深い訳があるのだろう。
俺達が頷くと、ルイさんはソファーに腰かけ話し始めた。
「我々の計算では、八月三日の15時頃に、地球の……さらに言うと日本の各地に転移ゲートが現れ、モンスターが出現する。そこで、この箱庭で戦う力を得た人々に、モンスターを倒してもらおうと考えている」
あまりに唐突で冗談みたいな話だが、ルイさんは真顔だ。いろいろと突っ込みどころが多いが、とりあえず俺が疑問に思ったことを聞いてみた。
「時間の流れを速くしているって簡単に言ってますけど、そんなことができるんですか?」
「もちろん時間の流れを調節するのは簡単なことではない。今のところ、我々の有する技術の粋を結集して作ったこの異空間『箱庭』でのみ可能だよ」
すると陽那が「我々って何ですか? 秘密の組織的な?」と質問した。
「特に隠すつもりは無いが、説明が長くなるので、そっちの話はまた今度にしよう。まずは、ここに人を集めた理由を先に説明したい」
普通じゃ考えられない技術を持っている、秘密の組織ってロマンだよなぁ。先にそっちが知りたいのだが、という俺の思いをスルーしてルイさんは続ける。
モンスターには銃火器や兵器では有効なダメージを与えられず、魔力が込められた攻撃じゃないとなかなか倒せないという。
そんなモンスターに対抗するため、魂力を上げ扱える魔力量を増やすことと、魔力を上手く扱う練習、それにモンスターとの実戦経験を積むことがこのゲームの本当の目的だそうだ。
スマホの無料配布を装って適性の有無を計測し、ある程度適性のある人々はこの箱庭に集められた。また、地球にモンスターが出現するまでに残された時間は少ないため、時間を加速した箱庭で集めた人々をゲーム形式で特訓することになった。
ルイさんたちはこの計画を『箱庭計画』と呼んでいて、ここまでは概ね計画通りに進んでいたらしい。
「このゲームがクリアできるまでの時間は、当初六カ月程度を見込んでいた。そうすれば個人差はあるだろうが、地球に出現するモンスターに十分対処できる程の戦力が確保できると考えていた」
「しかし、君達三人は非常に強力な固有スキルが発現したため、たったの十日でフィールドボスの間までたどり着いてしまった。このぺースでゲームがクリアされると、君達以外のプレイヤーは十分に強くなれないだろう」
薄々感じてはいたけど、やっぱり陽那と結月は強すぎたんだね……。
「そこで、不本意ながら君達に接触したというわけだ。君達には二つのお願いをしたい。一つ目はこのゲームを進行するのをやめて欲しい。二つ目は、君達がゲーム内で購入した自宅の庭に、特別な転移ゲートを作っておくので、そこでモンスターを倒して魂力を上げて欲しい」
「今まで通り緩く頑張ってくれればいいよ。今は強力な固有スキルに頼っているが、魂力が上がれば私と同じくらいの強さにはなれるだろう。そうすれば、こちらとしてもとても助かる」
「断ったらどうなるんですか?」と俺が尋ねると、ルイさんは少し間をおいてから口を開いた。
「我々としても無理強いするのは心苦しい。断るというなら、『現実世界』に戻ってもらう」
目を細めてそう答えるルイさん。直後「ところで」と表情を緩めた。
「樹君。君はこんなにも可愛らしい恋人二人と、同棲しているんだね。羨ましい限りだ」
「えっ? ええ、まぁ」
「この箱庭での生活を、もう少し続けたいとは思わないかい? 君が協力してくれるのなら、今しばらくこの楽園で楽しく暮らせるのだが」
ここにいれば、陽那と結月とずっと一緒にいられる。現実に戻ったら、学校やそれぞれの生活があるから、そうはいかないだろう。今はまだ俺がヘタレなせいで曖昧な関係だけど、もっときちんとした関係になれるまで、ここで過ごすのもありだよな。
「はい! 俺でよかったら協力させてください!」
魅力的な提案に俺が二つ返事で了解すると、陽那が俺を肘で突く。
「ちょっと樹、騙されてない?」
するとルイさんは、陽那に微笑みかけた。
「陽那さん、君はこの箱庭でとても仲良くなった二人とは学校が違うらしいね。こう見えても私は『現実世界』でもそれなりの権力と財力を持っていてね。二学期から樹君たちと同じ学校、同じクラスに転入させることなど造作もないことだ。転入に関わる全ての手続等の面倒ごとはすべてこちらで解決させられる」
「……。はい! 私でよかったら協力させてください!」
陽那は、嬉しそうに目を輝かせながら引き受けた。すると結月は俺の腕を揺すりながら言う。
「二人とも、口車にのせられてるよ!」
ルイさんが、今度は結月に向かって微笑む。
「結月さん、君はお父さんにとても可愛がられているようだね。将来の伴侶になる男性はお父さんよりも強くなくてはいけないとか? 樹君をお父さんに会わせる前に、もう少しここで鍛えてはどうだろう?」
「……はい、私でよかったら協力させてください!」
結月はうっとりとした表情を浮かべ、ルイさんに頭を下げた。
こうして、俺達はしばらくこのゲームの中で魂力を上げるため、モンスター狩りを続けることになった。
この人が妙に俺達の事情に詳しいのは少し気になるけど、秘密の組織の幹部だからなんでも知ってるんだろうな……と勝手に納得するのだった。




