フィールドボス?
――翌朝。
早く目が覚めたので、素振りでもしようかと思い庭に出ると、結月が刀を振るっていた。俺が近付くと、彼女は刀を振るを止めてこちらを向いた。
「あ、おはよ。今日は早いね」
あぁ、なんて素敵な笑顔だろう。今日も結月は抜群に可愛い。
俺も結月の隣に立って、素振りを始めた。いいお手本が目の前にあるので、結月を見ながら刀を振るう。一振りごとに揺れる胸を見ているわけではない。
しばらくそうしていると、結月が庭に設置してあるベンチに座ったので俺も隣に座る。
結月は俺に擦り寄って来たので、イチャつくチャンスだと思い結月の手を握った。
結月の手のひらをさわさわと撫でると、ゴツゴツとした感触の部分があった。結月はスッと俺から手を離し、視線を落として表情を曇らせる。
「私の手、刀を握ってできた豆があるの……。この世界にきて魂力が上がってからは、治癒力も上がってきているのか、少しづつ豆も消えてきているんだけど、陽那の手みたいに綺麗な手の方が樹は好きだよね」
俺は首を横に振って、もう一度結月の手を取って握る。
「この手は、結月が一生懸命に剣術を頑張った証拠でしょ。俺は好きだよ、もっと触っていたい」
結月の表情がパッと明るくなる。
「ホントに?」
「うん、本当だよ。俺は何かと理由を付けて頑張らないから、剣術にひたむきに打ち込んでいる結月のことを尊敬しているし、大好きだよ」
結月は「嬉しい!」と言って俺に抱きついた。
「樹だって、頑張っていると思うよ」
「俺は結月の強さに憧れてるから頑張っているんだ。結月がいなかったら頑張れないよ」
「陽那にいいところを見せたいから、頑張ってるんじゃないの?」
「それは、……まぁ、確かにそれもあるけど」
「樹はホントに悪い男だね。お仕置だよ!」
そう言って、結月は俺の唇に軽くキスをした。そんなお仕置ならいくらでもして欲しい。
このまま結月とくっついていたい気もするけど、そろそろ陽那も起きてくるはずなので、ログハウスに戻ることにした。
俺と結月がログハウスに戻ると、ちょうど陽那が起きてきた。
「二人そろって外で何してたの?」
怪訝そうに尋ねる陽那に、俺はつい後ずさりしてしまう。
「えっと、刀の素振りでもしようかと思って……」
「また結月とキスしてたんでしょ?」
図星を突かれてビクッとした後、陽那と結月の顔を交互に見ていると、陽那が半眼で俺に文句を言う。
「私より結月とイチャつく方が多くない? 私のこともきちんと可愛がってくれないと拗ねちゃうぞ!」
「ゴ、ゴメン」
あれ? 前みたいに怒って無いな。結月も落ち着いてるし……。なんでだろうと疑問に思っていると陽那は続ける。
「私達は、樹がどちらかを選ぶまでは、半分ずつにするって協定を結んだの。だから後できちんと私にも同じようにしてよね!」
半分ずつって……、俺はリンゴかよ? と思ったが、余計な事は言わずに「はい」と返事をした。
* * *
三人揃って朝食を取りながら、今日の目標を話している。
「今日はいよいよフィールドボスと戦うぞ! 北の山岳地帯フィールドのボスに勝てれば他のフィールドボスにだって勝てるはず。気合を入れて行こう!」
陽那と結月は「「おー!」」と声を合わせて返事をしてくれた。
朝食後、陽那に呼ばれて部屋まで行く。
「どうしたの?」
「ふーん、白々しいんだー。私が樹とキスするために呼んだって気が付いてるくせにー」
「はは……。そうだよね、俺はずるいよな」
俺は陽那に歩み寄って、ギュっと抱きしめ唇を重ねた。
「これからは、結月とイチャつくのにコソコソしなくていいよ。その代わりちゃんと私のことも、結月と同じだけ可愛がってよ」
陽那の訴えかける顔はあまりに可愛く、俺はだた頷くことしかできなかった。
これからは、陽那と結月の両方と遠慮せずにイチャついてもいいのかな? などと考えて喜びがこみ上げてくる自分に気が付いて、俺ってクズだなぁと思った。
リビングに戻ると、ソファーに座っている結月と目が合う。う……なんか気まずい。俺が目を伏せると、結月は笑顔で俺に声を掛ける。
「どうしたの? フィールドボスを倒すんでしょ? 頑張ろうね!」
「うん、頑張ろう!」
俺は後ろめたさを誤魔化すために、大きめの声で応えた。
* * *
俺達は転移ゲートをくぐって、北の山岳地帯フィールドの五番目の広間にやってきた。
五番目の中ボスのいた広間からフィールドボスまでの広間までは、一本道でモンスターも出現しないようだ。
長い階段を上り切ると、山の頂上が整地された広場になっていた。ここにフィールドボスがいるんだろうか?
広場の中央付近を見ると、そこにはボスモンスターではなく、茶髪でパンツスーツ姿の女性が立っている。
フィールドボスって人間なのか? 一瞬そう思ったが、彼女にはプレイヤーを示す青い表示もなく、モンスターを示す赤い表示もなかった。
俺たちはその女性に近づく。20代前半くらいの美人だ。もちろん、陽那と結月の方が美人だけど。
「こんにちは。初めまして」
その女性は、にこやかに挨拶をしてくる。ところが――
「君たちの力、見せてくれないかい?」
突然雰囲気が変わった。今まで感じたことのない強力なプレッシャーに、俺たちは反射的にバックステップで距離をとる。アイツはやばいな。陽那と結月も震えている。
「これでもくらえ!」
陽那が、先日ドラゴン戦で見せたのと同じように、火球を圧縮して作った刀をスーツの女に叩きつける。爆炎がスーツの女を飲み込むが、何事もなかったかのようにその場に立っている。
スーツの女は「へえ? かなりの威力だ」などと言いいつつも、表情は余裕に満ちている。
結月も魔刃のオーラを刀にありったけ込めて、全身全霊の斬撃をスーツの女に打ち込んだ。
それすらもスーツの女に片手で軽々止められてしまった。これは勝てない……どうする? そう思ったとき、スーツの女の放つプレッシャーが収まり再びにこやかな表情になった。
「私の威圧にさらされながら、ここまで出来るとは驚きだ。素晴らしい胆力だな。驚かせてすまない、君たちの力は見せてもらったよ」
スーツの女は「少し話そうか。ついてきて」と俺達に言うと、転移ゲートが出現し彼女は入っていった。
俺達は、顔を見合わせて恐る恐るその転移ゲートに入っていった。




