樹を借りるよ
――翌朝。
陽那の作ってくれたサンドイッチを三人で食べながら、今日は何をするか相談をしていると、結月が陽那に話し掛けた。
「今日もPvPを使って訓練したいんだけど、樹を午前中だけ貸してくれない?」
「えー、じゃあ昼から樹を借りるよ?」
俺は物か? という疑問はさておき、二人の話はまとまったようなので、俺と結月は庭に出る。陽那はショッピングモールでプラプラしてくるそうだ。
「結月ー、樹にえっちなこと、したらだめだよー!」
大きな声で言いながら、手を振って出かけて行った。それ、普通男に言うよね……。
そんなわけで、俺と結月はPvPの機能を使って訓練を始めた。
相変わらず全く歯が立たないが、結月は優しく教えてくれた。時折打ち合うのを止めて、型の指導もしてくれる。スキンシップが多めで甘々なので、俺のテンションはとても高い。
やっているうちに、結月の動きが分かるようになってきた……かもしれない。
もっとも、昨日見た結月の本気からすると、今はかなり手加減しているんだろうけどね。
魂力で体力も底上げされているはずだが、ずっと全力でやっていたので疲労がたまってきた。視界に映る時刻は十一時頃か、もう三時間もやってるな。
「結月、ちょっと休憩しない?」
「そうだね、さすがに汗だくだから、シャワー浴びてくるね」
家に入ると、結月は浴室に向かった。
俺はタオルで汗をぬぐいつつ、冷蔵庫からスポドリを取り出して飲む。一息つくと自分の汗が気になった。汗臭いと思われるのは嫌だから、俺も後でシャワーを浴びよう。
しばらくして結月が浴室から出てきたので、今度は俺が浴室に入った。
……あ、結月の残り香がする。
あらぬ想像をしそうになったので、心頭滅却するために冷たい水でシャワーを浴びた。
シャワーを浴びて出てくると、結月はリビングのソファーに座り、ドライヤーのような魔導器で髪を乾かしている。Tシャツに、膝丈くらいのゆったりとしたズボンを穿いている。部屋着かな? 俺は結月の隣に座った。
結月の香りがドライヤーの風に乗って、俺の鼻を撫でていく。湿り気を帯びた艶やかな髪の毛が色っぽい。俺は変に意識してしまい緊張していた。
少しの沈黙の後、結月が「ねえ樹、MP回復して?」と声を掛けてきた。俺が声も出せずに頷くと、結月は俺の上をまたいで、俺と向かい合わせで太ももの上に座った。
結月は俺の首に腕を回して、上気した顔を寄せ唇を押しつけてくる。俺も結月の背中に腕を回して抱きしめた。
二人の唇が離れると、結月は目を潤ませて俺を真っ直ぐに見つめている。
「前に、樹が私を選んでくれたら『キスよりすごいこと』してもいいよって言ったよね。でも、私の方が我慢できなくなっちゃった」
結月は俺の首に回していた腕をほどき、両手で俺の顔を優しく包むと、再び二人の唇が触れ合う。
結月を抱いている左腕を、彼女の背中を伝って下に滑らせ腰に手を当てる。だめだ、俺ももう我慢できない。その時――。
「ただいまー!」
陽那の声に結月は慌てて俺から離れると、ソファーに座りなおす。
陽那はリビングまで来ると、ソファーで並んで座っている俺と結月を見て「あれ、訓練は?」と問うので、俺は定まらない視点で答える。
「疲れたし、汗でベタベタだったから、シャワー浴びてきたとこ」
陽那は俺の近くに来て顔を近づけ、真っ直ぐに俺の目を見ながら問いかける。
「えっちなことしてたの?」
「いっいや、MPの回復だけ」
「……キスはしてたんだ。それだけ? ホントにしてないの?」
「ホントだよ、まだしてない」
陽那の眉がピクリと動く。
「まだ?」
「……まだ」
俺がぼそりと返事をすると、陽那の眉がつり上がっていく。
「あー、する気だったんだー! 油断も隙もあったもんじゃないなぁ! 結月! 樹を借りるからね!」
陽那の迫力に押され、尚且つ後ろめたい結月は「えっ、ええ……」と苦笑いだ。俺は、陽那に腕をつかまれ、陽那の部屋まで引っ張りこまれた。
陽那の部屋につくとベットに押し倒され、そのまま陽那は俺に覆いかぶさるように抱き着く。立って抱き合うのとは違う、陽那の体重を感じる心地よい感触だ。
「結月を好きなのは分かるけど、私のことも可愛がってよ」
「……うん」
「キス、何回したの?」
「二回」
「どこを触ったの?」
「背中と腰」
「私にも同じように触って」
俺は右手を彼女の背中に回し、左手で彼女の腰を抱きしめた。しなやかな陽那の体が、俺の体に吸い付くように密着する。
「んっ……」
陽那が俺に唇を押し付けた。長いキスの後で唇を離し囁く。
「結月との方が、良かった?」
俺が首を左右に振ると、陽那はもう一度唇を重ねる。二度目のキスが終わると、陽那は俺から離れてベッドから降りていく。
「私ね、樹のことはもちろん大好きなんだけど、結月のことも結構好きなんだよね」
「樹を独り占めしたい気持ちはあるけど、結月が気になっちゃうから……、今はここまで」
「いっそ、結月が嫌な子だったら、樹のこと、奪い取ってやるのにね……」
陽那は泣いているとも笑っているともとれる表情でそう言って、俺を残してリビングに歩いて行った。
俺は陽那の言葉を聞いて自己嫌悪に陥り、少しの間その場で呆然としていた。
その後、リビングに行くと、陽那と結月は仲良く話をしていた。女の子って切り替え早いんだね。
その様子に、俺はホッと胸をなでおろすのだった。




