真のラスボス
俺が目を覚ますと、天蓋付きの豪華なベッドに寝かされていた。上体を起こすと、ベッドの右側に 陽那と結月が、左側にはアサカとセフィリアが座っていた。
「陽那、結月、アサカ、セフィリア……、良かった。みんな無事だったんだね」
陽那が優しく「樹こそ無事で良かった」微笑むと、結月も「ようやく、樹を守ることが出来たね」と笑顔で続く。アサカもセフィリアも微笑んで俺を見ていた。
きっとあの大猿のモンスターも、彼女たちが倒してくれたんだろう。
俺がホッと胸をなでおろすと、陽那が不穏なことを口にした。
「でも、守りきれたとも言えないかもね」
「あ、そうだね……」
結月とアサカが声を揃えるので、俺は不安になった。
「え、何か守れなかったの?」
俺の問いに陽那、結月、アサカの表情が曇り、陽那が口を開く。
「セフィリアと、ちゃっかり恋人になったことは百歩譲って許してあげる」
俺はギクリとして固まると、結月が続く。
「でも、セフィリアと結婚するなんて……。どういうことなのかな?」
アサカも半眼で俺を見つめた。
「しっかり説明して欲しいなー」
陽那、結月、アサカが詰め寄る。目が覚めたと同時に俺の身に降りかかる厄災。俺は切り抜けるべく必死に言葉を探した。
「それは……、ほら、この世界の決まりというか、それにこの世界で、だからね! 元の世界に帰ればノーカンだよ!!」
俺の苦しい言い訳を聞いたセフィリアは、目に涙をためて俺の腕に掴みかかる。
「イツキ、酷い! 私と永遠の愛を、この世界の神様に誓ってくれたじゃない!!」
「へー、誓ったんだー」
「ふーん、誓ったんだー」
「えーー、誓ったんだー」
陽那と結月とアサカはプレッシャーを放ちながら、半眼で俺を見ている。
どうやら、あの大猿モンスターはただの前座だったようだ。今、俺の周りにいる四人の美少女達こそが真のラスボスに違いない。
俺がガクガク震えていると、部屋のドアが開きルイさんが入ってきた。すると、彼女達が俺に向けるプレッシャーが収まった。ひとまず助かったようだ。
ルイさんは俺の傍まで歩いてきた。
「樹、気が付いたようだな」
「転移ゲートをこの世界に開通して、迎えに来てくれたんですよね。ありがとうございます」
「礼には及ばばいよ。こんなに興味深い世界に転移させられた樹に、私が礼を言いたいぐらいだ」
こっちは色々大変だったけどね。と思いつつ愛想笑いで返した。
「樹が眠っている間に女王と話を付けておいた。私のやりたいように、この世界を調査しても良いと快く許可を頂けた」
「快く許可?」
「ああ、うちの大事な樹とセフィリアが世話になった、とお礼を言っただけなのだが、女王陛下も騎士団長の面々もにこやかに私の我儘を許してくれたよ。いい人達ばかりだな」
「そうですか……」
嘘だな。絶対なんか脅しただろ。そう言えば……。
「ルイさんって、この世界の言葉が分かるんですか?」
俺の問いにアシストが答える。
「柳津樹、セフィリア=アーレスト、高平光希、陵木穂乃香の翻訳魔法を介したこの世界の人々とのやり取りを分析して、この世界の言語を翻訳できるようになりました」
アシストに続いて、ルイさんが補足する。
「ついでに四人分の端末のログを解析した情報を、システムアシストに聞いているから、こっちで何があったのかは大体把握している」
「なら、グレンガルドの王と宰相は?」
「モンスターを使って、樹とセフィリアに重傷を負わせたことを軽く咎めておいた」
軽く咎める? 俺が疑問に思うと、ルイさんは不敵な笑みを浮かべて続ける。
「はじめは私の話を聞こうともしなかったが、ピュクシスを呼んで軽く魔力を開放したら、大人しく話を聞いてくれたし、真摯に受け止め謝罪もしていた」
「グレンガルド国内も自由に調査しても良いと許可も貰った。我々に今後干渉してくることは無いだろう」
軽くを強調しているが、ピュクシスを呼んでる時点で思いっきり威圧をしたのだけは想像がつく。あの二人の恐怖に引きつった顔が目に浮かぶ。なんかお仕置しに行く気も失せたな。
「アイラスタニアとグレンガルドの国家間のやり取りには、一切口を出してはいない。それで良かったのだろう?」
「はい、ありがとうございます」
「それはそうと、樹はこの世界でかなり楽しんだようだな?」
ルイさんは悪い顔をしてニヤリと笑みを浮かべる。
「いや……まぁ……そうでも、ないかも」
歯切れの悪い俺に、アサカが半眼で言う。
「セフィリアと固有武器を作ったのは楽しかったでしょ?」
ギクリ……。冷や汗をかいて黙っていると、陽那が続く。
「セフィリアとたっぷりイチャついたんだもん。楽しかったよね?」
さらに結月が追い打ちを掛ける。
「セフィリアと結婚したのも楽しかったんじゃない?」
そこへセフィリアが「ちょっと待って!」と割り込む。庇ってくれるのか?
「みんなで私の旦那様を責めないで! 私はイツキの正妻としてあなた達三人を側室として認めてあげるわ!」
おっふ、なに煽ってるの?
セフィリアに視線を送ると、得意げに胸を張っている。陽那と結月とアサカは目を見開いて黙ってしまった。室内は不穏な静寂に包まれる。
「何言ってるの? 樹の正妻は私に決まってるでしょ!」
アサカが口火を切ると、四人の美少女がギャーギャーと言い争い始めた。ルイさんは黙って部屋を出て行き、俺は窓の外を見る。
はー、いい天気だな。
「樹! 誰が正妻なの!? この場ではっきり言って!!」
しばらく口論をした後、四人が声をそろえる。はぁ、言うと思った。
「四人とも同じくらい大事だし、同じくらい愛してるよ。だから四人とも正妻かな……」
我ながらクズなことを言っているなという自覚はある。四人は不満そうに俺を見ている。
「それに、まだ俺達に結婚は早いでしょ? もう少し年を重ねたら状況も変わってくるかもしれないし……」
「樹の恋人が増える可能性はあるよね」
「そうだね!」
陽那の言葉に、結月とアサカとセフィリアがそろって頷く。そこだけ満場一致なんだね。
その後も四人にしばらくいじられた。
こういうのも十日ぶりだからな……。この世界に召喚された時はどうなることかと慌てたけど、こうして再会できて良かった。
そう考えれば悪くないか……。
「こら、樹! なにひとりでニヤニヤしてるの!? 大体、樹はいっつも……」
四人が口々に俺に文句を言っている。俺は恋人達の説教をしばらく聞くことにした。
* * *
俺に対しての文句を言い切った四人は、途中から他の話題に変わって話を続けている。
俺のお腹がギュルルと鳴いた。うー、腹減った。
セフィリアが部屋にいたメイドさんに頼むと、食事を用意してくれた。
食事を載せたカートがベッドのわきに運ばれてくると、セフィリアがフォークを持って肉料理を突いて「あーん」と俺の口へ運ぶ。
それを見た三人は即座にまねをして、俺の目の前に四つの食べ物が並んでいる。俺が口を開けると四人同時に突っ込んだ。
「美味しい?」と微笑む四人に「自分のペースで食べたいな」とは、とてもじゃないが言えないでいた。




