試合
セフィリアを見送った後、俺は試合会場に出発した。
試合会場はグレンガルド王都の外にあり、馬車に乗せられてしばらく移動すると到着した。会場には観客と、騎士やスタッフ達が大勢いた。
王様達お偉いさんは城から魔法で映像を見るようだ。レハタナさんとゴードンは会場に来ている。
俺と高平が戦う所は直径1kmの円形で、整備された舞台というわけでも無く、野原に林と自然そのままだ。
事前に聞いていた説明によると、外周部に等間隔に魔法発動用の6本の柱が立っており試合開始と同時に強力な結界が展開されるらしい。俺達の攻撃の余波が外に出るのを防ぐためか、あるいは逃走を防ぐためだろうか?
確かに強固な結界みたいだが、俺が思いっきり攻撃すれば外には出られるだろうし、魂力ブーストして全力で固有武器を振るえば柱の一つや二つ壊すのは可能だろうけどね。
俺が会場に入ろうとするとレハタナさんに呼び止められた。
「イツキさん、お気をつけて」
「うん、任せておいて」
俺に続いて高平が会場に入ろうとすると、ゴードンが高平に声を掛ける。
「コウキさん、分かっていますね? 勝たなければホノカさんは……」
高平はゴードンを無言で睨みつけると、会場の中央部に向かって歩き出した。
俺と高平は会場の中央部で向かい合っている。
勝敗は、どちらかが戦闘不能になるか、降参を宣言することで決まる。が、高平は絶対に降参しないだろう。命懸けで勝ちに来るはず。
なので、勝つためには気絶させるしかないが、魂力が18万の高平を気絶させるには、致命傷相当のダメージを与えないといけないはず。死ななければ治癒魔法でどうとでもなるが、手加減できる相手ではないし難しいだろうな……。
試合開始の合図と同時に、高平は拳にオーラを纏わせて拳打で仕掛けてきた。俺も青いオーラを纏って拳で応じる。
高平は高い魂力と支配者クラスの固有スキル持ちなので強い。動きは速いし、攻撃の威力も非常に強力。何らかの格闘技をやっていたのか、技も磨かれている。
しかし、オーラを収束させる技術がまだ甘い。攻撃と防御に乗せる魔力密度は俺の方が高く、魂力では俺の方が低いものの充分受けきれるし、俺の打撃は多少なりとも効いているようだ。
高平は支配者クラスに成長してからは、自分より強い相手と戦ってはいないだろう。俺は一年間ずっと陽那と結月という自分より強い相手と鍛錬していたんだ。その差は大きい。
わずかだが、確実に俺の方が優勢である。拳での応酬の最中、高平が距離を取って話し出した。
「本気は温存か?」
「なんのこと?」
「この前は刀で戦っていただろ?」
「様子見してるのはお互い様だろ? 別に刀で戦ってもいいよ」
俺は魔刃のオーラを収束させて刀を具現化させた。高平は一瞬ものすごく嫌そうな顔をするが、自分を奮い立たせるように言った。
「お前がどれほど強かろうが関係ない。俺は絶対に勝つ」
強い意志を宿らせた瞳だ。大切な人を助けたいんだから当然だろうな。その気持ちは俺にも良く分かる。それに引き換え、俺は何でこんなところで戦っているんだ?
自分に何か益があるわけでもない。当然、俺の大事な人のためでもない。
アイラスタニアのため? んな分けないよな。勝っても負けても、どっちでもいい。
……いや、違うか。大事な人を魔法で拘束し、人質にして戦いを強要するやり方には反吐が出る。何としてでも勝って、悪辣なグレンガルドの王に辛酸を舐めさせてやる。
俺が勝つ理由を確認していると、高平が語り出した。
「オオアリクイって知っているか? 動物の口ってのは自分の獲物を喰いやすいように進化しているんだ。俺の能力は動物の口を右手に具現化して攻撃できるんだ」
高平の右手に魔力が収束して鞭のようにしなるものが現れた。なるほど、オオアリクイの舌か。
高平は舌を巧みに操り俺に打ち付けてくる。速くトリッキーな動きに避けきれず何度も食らってしまった。
舌が打ちつけるたびに俺の障壁が削り取られていく。障壁の削れたところを狙って、空いている左手での突きと、足技を絡めて攻撃してくる。まあまあ強力だが、右手の舌に比べれば脅威度は低い。
軌道予測が難しい変幻自在に動く舌に俺は脚を取られて転倒させられた。そのまましなる舌を打ち付けられると、俺は障壁を破られてダメージを食らってしまった。
今は態勢が悪い、あの舌をもう一度打ち付けられたらまずい、早く立て直さなければ……。
ところが高平はオオアリクイの舌を消す。
「どうだ、イメージした動物の口を右手に具現化できる俺の能力は?」
「高平は動物好きなんだな」
「さあね。小学生の頃は動物のお医者さんになるってのが夢だったがね」
「はは、素敵な夢じゃないか」
無駄話のおかげっで態勢を立て直せたな……。だが、なぜあのタイミングで舌を消した? あのまま追撃すれば俺に大きなダメージを与えられたはず。
「さあ、続けて行くぞ!」
高平は再び右手に魔力を凝縮して具現化する。ワニの口……。ダンジョンコアを喰ったやつだな。
ガバッと大きく開いた口で食いついてきた。俺は刀を振るいワニの口を受けようとした。
バチンと喰いつかれた俺の刀は、いとも簡単にへし折られてしまった。
魔刃のオーラで具現化した刀が、折られたことは今まで無かったので、俺は慌てた。その一瞬のスキをついて左の拳をもろに腹に受けてしまった。
俺が怯むと、高平はワニの口を消して、拳打のラッシュを俺に浴びせる。さらには蹴り上げて上空に弾くと、高平はジャンプして俺よりも高い位置に一瞬で移動して踵落としを当てた。もろに食らった俺は地面に叩きつけられてしまった。
俺は地面にめり込んだので、そのそと這い出す。イテテ、一部障壁を撃ち抜かれ、ダメージを受けてしまった。最後の攻撃が踵落としじゃなくて、ワニの口で食いつかれていたら大怪我していただろうな。
魂力差が大きいこともあり、攻撃を完全に無効化できなかった。
でも殴られる部分の障壁に込める魔力を、動的に瞬時に集中することでダメージは最小限に抑えられる。
やはり恋人達にしごかれた日々は、きちんと俺の身についている。
それにしても、高平は大ダメージが見込める所でも、口を具現化させて攻撃してこないな……。
高平の能力は異常なまでに強力だが、負担が大きく連続使用はできないのかもしれない。あるいは短い時間しか使えないとか?
支配者クラスになってからまだ時間が経っていないから、能力を使いこなすまで鍛錬も充分にできていないかもしれない。
バトル漫画の主要人物なら「お前の弱点を見つけたぜ。その能力、連続して使えないんだろ?」とか言って煽る所だが、ここは気が付かない振りをして戦おう。
ひとまず自身に治癒魔法を掛けて仕切り直しだ。
高平は俺を煩わしそうにじろりと睨む。
「あれほどの攻撃を受けて無傷とは、お前バケモノか?」
「失礼な! 擦り傷がたくさん出来てしまったよ。治したけど」
「バケモノめ……」
高平は俺のことを物凄く嫌そうな顔をして見ている。そんな顔してバケモノとか言われたら軽く傷つくじゃないか!
俺の心の声なんぞ全く気にすることも無く、高平は再び右手に口を具現化させた。
「これならどうだ? ドラゴンの口」
高平がニヤリと笑うと、口が開いて火炎のブレスを吐いた。俺は咄嗟に氷壁を出して防ぐ。
「それ、動物じゃ無いだろ!」
「俺のイメージ次第で自在に口を具現化できるっ」
なんて強力な能力だ。口から吐き出された火炎のブレスは氷壁を貫通し、障壁を破って炎が俺の体を焼く。
このままではやられる。と思ったところで高平はドラゴンの口を消した。やはり使用には制限がありそうだ。
俺は再び自分のダメージを治癒魔法で完治させた。
「さっきのブレスは強力だった。危なかったよ」
「この技ですら無傷なのか……、お前、本物のバケモノだな」
「もう手札は出し尽くしたの?」
「そうかもな……。だとしても、俺は死んでもお前に勝つ!!」
高平の目は死んでいない。それどころか眼光は力強さを増している。まるで、セフィリアが壁を越えたときのようだ。
高平は魔力を右手に集中させ槍状のものを具現化した。あれはランサーフィッシュの上顎の角なのか……。
力強く大地を蹴って一瞬で俺との距離を詰めると、長く鋭い角を振り下ろし叩きつける。俺は魔刃のオーラで刀を具現化して受けようとするも、刀を切断されてしまった。
すんでのところで身を躱す。一瞬でも遅れていたら俺は重傷を負っていただろう。
高平が具現化させた物は、俺の具現化した刀の魔力密度を明らかに超えている。もう俺の刀では高平の攻撃を受けきれないだろう。
固有武器を使うしかないか……。高平の具現化したランサーフィッシュの角に対抗するには長尺の武器がいいかな。ガブリエルはセフィリアが何かあった時に使うだろうから、イシュタルにするか。
「イシュタル」
俺の呼びかけに応え、眼前に浅葱色の槍が現れる。俺がそれを握り締めると高平は苦悶の表情で俺を睨みつける。
「まだ、そんな切り札があったのかよ。だとしても俺は絶対に……」
高平は歯を食いしばり、自分を奮い立たせるように言葉を搾り出す。
分かるよ、その気持ち。命に代えても大事な人を守りたいんだろ? 逆の立場なら俺も同じことを言っただろう。でも今回は俺が勝たせてもらう。
高平は右手に出したランサーフィッシュの角に、全霊の魔力を込めている。
これ以上もたもた戦っていると、高平はどんどん強くなりそうだ。悪いが一気に決めさせてもらうよ。俺も魂力ブーストを使用してイシュタルに魔力を込めた。
高平が右手を引き、勢いよく突き出す。ランサーフィッシュの角が射出され俺に襲い掛かってきた。
それと同時に俺は全力でイシュタルを投擲した。二つの高密度の魔力の塊がぶつかり、せめぎ合っている。
驚いた。まさか俺とアサカの魔力を混ぜて練り上げて作った、イシュタルと互角の威力を持っているなんて……。
「高平光希、お前の大事な人への想いの強さには、心から尊敬するよ」
俺はそう呟いて魂力ブーストを全開にした。




