潜入
――翌朝。
朝食を食べ終わると、メイドさんが俺に声を掛けた。
「グレンガルドに向けて出発します」
メイドさんの後に付いて城内を歩く。
「どうやって行くの?」
「王家専用の飛空艇です」
飛空艇!? ファンタジーの世界で、俺が乗ってみたい乗り物ランキングNo1のアレですか!!
王都の一角にある飛行場に来ると、巨大な飛空艇が三機とまっている。
女王とレハタナさん、ハーゲン、キベリアスの騎士団長三人と聖竜、黒竜、赤竜騎士団の騎士達、その他いろいろお付きの人達大勢が全員楽々乗れるほどだ。俺とセフィリアは女王とレハタナさんと同じ飛空艇に乗り込んだ。
飛空艇といえばのんびり、ゆったりな空の旅をイメージしていたが、飛空艇は空を滑るように高速で移動した。振動は無く、音も風切り音ぐらいしか聞こえない。まるでリニアモーターカーだ。乗ったことは無いけどね。
四時間ほどでグレンガルド王国の空港に到着すると、馬車に車、騎乗した騎士達がぞろぞろと大人数で街中を移動する。まるで大名行列だな……。
グレンガルド王都の様子を馬車の中から眺めていると、国同士の争いといった殺伐な雰囲気ではなく、街の人々はにこやかに手を振っていて、歓迎されているように見える。お祭りみたいな明るい賑やかな雰囲気だ。
グレンガルド王都には、アイラスタニアの女王や騎士達が過ごすための屋敷が用意されていた。屋敷といっても、大きさや豪華な感じはほとんど城だ。俺とセフィリアもそこで過ごすことになった。
俺とセフィリアが部屋でくつろいでいると、何やら外が騒がしい。窓からの外の様子を見ると女王とレハタナさんが出かけるようだ。
そういえば、女王は城に招かれているって言ってたし、晩餐会とかやるんだろうか。レハタナさんもお供をするのか。女王様も騎士様も大変だよな……。
俺達は、俺達でやることがある。ルミーナさんと明日のことでも相談してくるかな……。
* * *
――翌日。
今日も女王とレハタナさんはグレンガルド城に行っており、この屋敷にはいない。
俺とセフィリアは高平の恋人を探すことにした。高平はグレンガルド城にいる。スマホの情報からも分かるが、ぶっちぎりで強力な魂力の気配が城にあるからな……。
当然向こうも俺の魂力を感じ取っているだろう。下手に動けば気づかれるが、ルミーナさんの魔法で姿と魂力を含むすべての気配を消せば自由に動けるだろう。
黒竜騎士団のいる所まで行き、ハーゲンの前を素通りしてルミーナさんに声を掛けた。
「ルミーナさん、おはよー。早速で悪いけど、ハイドフォグを掛けてもらいに来たよ」
ルミーナさんは騎士っぽく礼をすると、杖を構えて呪文を詠唱を始めた。
俺とセフィリアはルミーナさんの魔法の霧を纏ったまま王都の外壁の外に出た。アシストさんに頼むとスマホが発する電波を感知して高平の恋人の居場所はすぐに特定できた。
グレンガルド王都から10km程離れたところにある屋敷にいるようだ。
テトラステラと思われる高い魂力の騎士一人を含む数名の騎士達がその屋敷を警備しているが、あの程度の強さなら、戦ったとしても万に一つも負けることは無いだろう。警備の騎士達には俺達の姿は見えないようなので堂々と屋敷の敷地内に潜入した。
陵木さんは屋敷の二階の部屋で軟禁状態だ。ひどい扱いはされていないみたいなので一安心だ。
俺達はこっそりと陵木さんの部屋に入り込んだ。さて、どうしたものか。突然姿を現して驚かせると悲鳴を上げられたりしたら面倒だ。
「誰かそこにいるの?」
ハイドフォグを纏っているのに感知されただと? 俺は、軽く魔力を放出してハイドフォグを解除すると同時に、スマホの魂力を制限するデバフ機能を最大で設定した。
いきなり、魂力10万越えの存在が現れたら、警備をしている騎士達に大騒ぎになりそうだからな。
陵木さんは俺達二人を見ても、取り乱すことも無く落ち着いている。
「まさか気配を察知されるなんて」
俺が思わず溢した呟きに、陵木さんはなんとなく得意げに話し出した。
「私の固有スキルは光魔法の境地。通常の人が見ることの出来ない紫外線や赤外線を見ることもできるし、周囲の光の動きを肌で感じることも出来る。それでもあなた達の気配は微かにしか感知できなかったけど」
「あなたは日本人? こっちの美人さんはこの世界の人?」
「ああ、俺は柳津樹。日本人だ。ついでに言うと箱庭計画の参加者だよ。でこっちはセフィリア。この世界と違う異世界の人だよ。今は俺と同じ学校に通っている。その辺の事情はややこしいから後にしよう」
「俺はアイラスタニアの勇者として、この世界に召喚された。そして明日高平と試合をすることになっている」
「私をさらって、人質にでもして試合に勝つつもりでいるの?」
「まさか。陵木さんが人質に取られて、高平が戦うのを強要されているのが分かったから助けに来たんだよ」
「……私を今助けると、光希はきっと試合はしないだろうし、グレンガルドの王や騎士達に報復するために暴れると思うよ」
「毎日、一日一回だけビデオ通話みたいな魔法で光希と話をしているんだけど、私を魔法で拘束したこの国の連中のことをかなり恨んでいて、いつかこの国の王と騎士達、それと貴族たちを皆殺しにするって言ってる。そんなバカなことやめなさいって言ってるけど、アイツ頑固だからねー」
「もう、日本に帰れないんだから、大人しくこの世界になじもうよって言ってるけど聞く耳も持たない。反抗的な態度ばかり取るから、いつまでたっても私はこの屋敷に閉じ込められているのよ」
陵木さんは、やれやれとかぶりを振って高平のことを語った。やはり、彼女は日本に変える方法が無いと思っているんだな。
「日本に帰れるよ。箱庭のゲームマスターと知り合いなんだけど、その人があと数日でこの世界に転移ゲートを開通して迎えに来てくれるはずだよ」
日本に帰れることを告げると、陵木さんは目を丸くした後、ふぅと息を吐いた。
「そうなの? ようやくこの軟禁生活ともさよならできるのね。君もわざわざ試合しなくていいんだね」
「俺は試合はしようと思っている。この世界の人にはいろいろお世話になったからな。それに、陵木さんを人質にして高平を戦わせるグレンガルドの連中に一泡吹かせたいから」
「なら、明日私がミササギを助けにくるわ。その後試合会場に向かって、イツキが試合に勝つと同時にミササギが姿を見せればタカヒラも安心するでしょうし」
セフィリアがそう言うと、間髪入れずに陵木さんが口調を強めて言う。
「光希には勝てないよ。でも、光希が試合に勝ってもどうせ私は開放されないだろうから、あなたがここから出してくれるなら助かるわ。それに、私が助けられていることを知ったら光希はきっと暴れるから、私が止めないとね」
「イツキは絶対に勝つわ」
「今の光希には誰も勝てないと思うよ?」
何故か陵木さんとセフィリアが、試合の勝敗について火花を散らしている。
「二人とも? 試合の勝敗はさほど重要じゃないよ。この世界の平和のための仕組みを壊さないように試合を終えて、俺達四人が元の世界に無事に帰ることが第一の目標だと思うんだけど」
「は? 分かってるわよそんなこと! でもグレンガルドのやり方は許せないから、イツキだって勝つって言ってたじゃない!」
「今の光希の魂力は18万だよ。勝てっこないって」
「まぁまぁ、二人とも。試合の勝敗は置いておいて、明日セフィリアが陵木さんを助けに来るよ。その後で試合会場まで二人で来てくれるってことでいいかな?」
「いいけど……、この屋敷を警備している騎士達に見つかったらどうする気? 騎士達の中で一人だけ序列3位の強い奴がいるけど」
「ああ、それならセフィリアなら楽勝だから大丈夫。何ならテトラステラ7人全員いてもセフィリアなら勝てるよ」
「うそ、この子そんなに強いの?」
「魂力は約12万、固有スキルも境地クラスから一段上の強さなんだよ」
俺が陵木さんに説明すると、セフィリアは得意げにしている。そういうとこも可愛いな。
「じゃ、また明日試合がはじまったらセフィリアに迎えに来てもらうよ」
俺とセフィリアは魔法で姿を消して、部屋の窓からこっそり飛び立った。姿を見えなくするだけの魔法なので少し冷や冷やしたが、どうにか誰にも見つかることなく街まで戻ることが出来た。
ついに明日は試合か、どうなるかは分からないが、なるべく勝てるように頑張るとするか。