隠密魔法
まずは高平の恋人がどんな状況なのか確認したいな。俺が考えるとアシストさんが言う。
「陵木穂乃香も箱庭計画の参加者です。魔導器のスマホを持っているので、居場所は把握できます」
高平の恋人のいる場所を見つけるのは簡単そうだ。あとは、どうにかしてグレンガルド側に見つからないように行動しないと。姿を消すだけの魔法は多分意味がないだろうし……。
やはり、ハーゲンの使っていた隠密魔法しかないよな……。
あの時、ハーゲンやそこそこ魂力の高い騎士達が近づいて来ていたのに、拘束魔法が発動するまで全く気が付けなかった。あれを使えば、グレンガルドの連中に気付かれることなく探せる。気は進まないが、ハーゲンに頼んでみるか。
ハーゲンに協力を頼むために、黒竜騎士団のいる建物に行った。
入り口付近にいた騎士を呼び止めて、ハーゲンのいる部屋に案内してもらい中に入ると、ハーゲンは不機嫌そうに俺を睨みつけた。
「勇者殿がなんの用だ?」
「ちょっと、協力して欲しいことがあるんだけど……」
「断る!!」
「まだ、何も言ってないだろ」
「いーやーだ!」
ハーゲンは舌を出して、俺の話すら聞こうとしない。くそ……、子供かよ。俺がどうしたものかと困っていると女王が部屋に入って来た。
「ハーゲン、イツキさんに協力してください」
「な、なぜ女王陛下がこのような場所に……」
あわてふためき、片膝をついて首を垂れるハーゲンに、女王は微笑みを湛えて優しい口調で語る。
「勝手に出撃して、セフィリアさんに攻撃を仕掛けた件の処分が保留になっていましたね?」
「それは……!」
青ざめるハーゲンに、女王は優しく微笑んだまま続ける。
「もちろんハーゲンの愛国心からくる行動だとは理解していますが、本来なら独断専行で騎士団を動かしたのは厳罰です。不問にする代わりと言っては何ですが、イツキさんに協力していただけますね?」
「ぐぬぬぬ……、御意」
ハーゲンは渋々協力することになった。
「ではハーゲン、よろしくお願いしますね」
女王はそれだけ言い残して、素敵な笑顔で去って行った。
ハーゲンは近くにいた騎士に命ずる。
「ルミーナを呼べ」
しばらくすると一人の女騎士が現れた。オレンジの髪のショートカットに、凛とした雰囲気の美人さんだ。
「勇者殿の相手を適当にしてやってくれ。俺は忙しいんでね」
ハーゲンはその女騎士に命令すると、さっさと部屋を出て行ってしまった。残された女騎士は俺達にピシッとした礼をする。
「黒竜騎士団、副団長のルミーナです。勇者様、どのような要件でしょうか?」
「樹でいいよ」
「私もセフィリアと呼んで」
「承知しました。イツキさん、セフィリアさん」
「それで、要件なんだけど、隠密魔法について教えて欲しいんだ。この前俺達を襲撃したときに使っていた、姿が消えて、尚且つ気配も完全に消えるやつ」
ルミーナさんは顔を青くして、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「ゴメン。責めるつもりで言ったわけじゃ無いんだ。結果的にセフィリアが強くなれたんだから、気にしないで」
「それよりも、俺は周囲の状況を正確に把握できる能力が一応あるんだけど、それでも全く気が付けないほどの高度な隠密魔法について教えて欲しいんだ」
ルミーナさんはホッとしたのか、表情を緩めた。
「それなら私が使えます。ついて来て下さい」
ルミーナさんに付いて行く。扉の左右に騎士が立っている部屋の前まで来た。騎士たちが扉を開けて俺達は部屋に入る。
部屋の中央には台座がありその上に杖があった。杖から伝わってくる波動から大きな力を秘めているのを感じる。
「黒竜騎士団が管理している王家の秘宝『セイクリッドセプター』です。この杖はレベル130以上の者のみが使用できます。これを使えば強力な魔法が使用可能になります」
「姿はもちろん、あらゆる気配を消す魔法『ハイドフォグ』も使用可能です」
「魔法の霧で対象の全身を覆って姿を見えなくして、魔力も完全に遮蔽して他者からは全く認識できなくなります。ただ、初級魔法程度でも魔力を放出すると霧が散ってしまい解除されてしまうので気を付けてください。有効時間は五時間です」
「霧で覆われている者同士はお互いに認識できますが、音声による会話はできませんので、我々はハンドサインによって意思疎通をしています」
「そうかー、とりあえずどんなのか確認したいから使ってみて欲しいんだけど」
「では、ハイドフォグを使います」
ルミーナさんは杖を手にして、呪文を詠唱を始めた。凄く高度な早口言葉みたいだな、俺には真似できそうにない。詠唱が終わると、杖から紫掛かった霧が湧き出てきて俺達三人を覆う。
霧が俺達の周りを包んでいるのは分かるが、とくに何も変わった気がしない、会話は出来ないって言ってたな。試しにセフィリアに話しかけてみた。セフィリアも俺に何か言っているらしく口をパクパクしているが声は聞こえない。
確かに声はセフィリアに届いていないようだ。スマホ使ったらどうだろ? 試してみたら通話できた。霧も解除されないし、これなら上手く探せそうだな。
部屋の中を少し本気で走ってみたが、霧は解除されなかった。次に、宙に浮いてみると霧は解除されてしまった。飛翔程度の魔力の放出でも解除されてしまうみたいだな。
有効時間が五時間ってことは、探しに行く前にこの魔法を掛けてもらわないといけなのか。
「ルミーナさんも、この杖と一緒にグレンガルドに同行して欲しいんだけど……?」
「それなら、もともと女王陛下に同行してグレンガルドに行く予定でした」
「よーし」
取り合えず問題の一つは解決だ。これでグレンガルドに着いてからルミーナさんにハイドフォグを掛けてもらえば、グレンガルドの連中に見つからずに高平の恋人を探せるな。
でも、試合前に恋人を助けると、多分高平は試合を放棄するだろう。さらにグレンガルドに報復をするかもしれない。
そうすると、この世界の二つの国の平和のためのシステムが崩れてしまうからマズイよな。どうしたものか……。
* * *
屋敷に戻って、部屋で考え事をしている。
俺は高平と試合して勝てるだろうか。勝っても負けても俺達が元の世界に帰る事には変わりない、でも人質を取るような外道にいい目を見せてやる気は無いからな。
ダンジョンコアを破壊した高平の魂力は18万を超えている。高平はダンジョンコアのエネルギーを独り占めできたようで俺の魂力は全く上がらなかった。
もちろん、あのダンジョンでセフィリアがモンスターをたくさん倒したので、一緒にいた俺も魂力は上がっているが魂力の上昇は鈍い。
強大なダンジョンコアを破壊すれば、魂力を大きく上げられるかもしれないが、あのダンジョンと同じ規模のダンジョンコアは試合が始まるまでには発見できないだろう。
でも俺の方が固有スキルを使っての戦闘には慣れていると感じたし、いざとなれば魂力ブーストもある。どうにかなるだろ。
今出来ることといえば、セフィリアとしっかり魔力を混ぜて、俺の中にセフィリアの魔力を出来るだけ多く入れておくぐらいか。
というわけで、今夜もセフィリアと魔力を混ぜて、濃厚な時間を過ごしたのだった。




