陽那と結月
北の転移ゲートの広場に戻ってきた。俺は鳴海さんに電話を掛けた。
「戻ってきたけど、どこで食べる?」
「どこでもいいよ。柳津君が食べたいとこで」
「じゃあ、ショッピングモール内にあったファミレス風の店にしよう」
「OKじゃあ今から向かうね」
「あっ鳴海さん、今日フィールドで同じ学校の人と会ったんだけど、一緒に行ってもいいかな?」
「同じ学校の友達? いいよー、じゃあまたあとでねー」
通話終了を確認して、電話アイコンを消す。
その後、俺と桜花さんはショッピングモール内のファミレス風の店に向かった。
* * *
店に到着し中に入ると、鳴海さんはすでに到着していて席に着いていた。俺の姿を見つけると、彼女はこっちこっちと手を振った。
鳴海さんがいるのは、六人くらいが座れそうなテーブル席だ。俺は鳴海さんの向かいに座ると、桜花さんは俺の隣に座った。
すると鳴海さんは、ニッコリと笑顔で質問をする。
「コチラの美人さんは誰かな?」
いつもどうり天使のような笑顔ではあるが、なぜか威圧感のある笑顔だ。
「私は、柳津君と同じクラスの桜花結月です。よろしく」
桜花さんもニッコリと笑顔を浮かべ、自己紹介をして軽く頭を下げる。
ん? 何か緊張感があるな。なぜだ? 俺が不穏な空気に戸惑っていると、鳴海さんも自己紹介をする。
「私は、柳津君と同じ中学校だった、鳴海陽那です。よろしく」
再び鳴海さんはニッコリと笑顔をうかべ、軽く頭を下げる。
「「なるほど、この子が例の女か……」」
鳴海さんと桜花さんが、同時に何かを呟いたような気がした。
テーブルに注文した料理が並べられた。食事をしながら桜花さんが俺と鳴海さんに質問をする。
「二人は中学時代からの友達なの?」
「中学の時は鳴海さんとはあまり話したことは無かったよ。今はゲームのシステム上のフレンドになってもらったけど」
俺がそう答えると、鳴海さんは俺を見ながら微笑む。
「卒業式の日に、柳津君は私に好きって告白してくれたんだよね」
なぜ今それを言う!? ドキッとするが動揺を精一杯隠しつつ「うん」と頷くと桜花さんが間髪入れずに問う。
「でも付き合っている訳じゃないんだよね?」
「う、それはそうだけど……。桜花さんこそ柳津君と同じクラスって言ってたけど仲いいの?」
「一学期の間はほとんど話もしたことは無かった。でも今日フィールドで会ってからはたくさん話をしたし、一緒に中ボスも倒した。私としては戦友だと思っているわ。もちろんゲームシステム上のフレンドにもなった」
「むぅぅ」
なんとなく自慢げな桜花さんと、なんとなく悔し気な鳴海さん。俺の気のせいか?
その後もどこか張り合っているような感じで美少女二人の会話が続き、俺は内心ヒヤヒヤしながらも笑顔で相槌をうちつつ聞いていた。
楽しくも緊張感のある食事も終わり、俺達は三人で宿泊施設に向かいフロントで解散した。
* * *
宿泊施設の一室に戻り、風呂からでた俺はペットボトルの水を飲みながらベッドに座り考え事をする。
それにしても、桜花さんもこの世界に来ていたとは……。
昼間の桜花さんとのやり取りを思い出すと、顔がほころんでしまう。また刀の振り方を教わりたいなー。
神様、片思いの相手と接点を作ってくれてありがとー! 普段は神様なんていないよね。とか言ってるのは内緒だけど。
『片思い』と言っても、現実世界では特に桜花さんと接点があるわけでもなく、自分から距離を縮めるような行動をしたわけでもない。ヘタレな俺はただ彼女を遠くから眺めていただけだった。
双原の行動力は、ある意味素晴らしいことなのかもしれない。
そういえば昼間の双原との話、鳴海さんに聞かれたよな? なんか色々ぶちまけて話してしまったけど、どう思われているんだろう。
考えないようにしていたが、今になって物凄く気になりだした。
ベッドに横になっても、気になって眠れない。考えたところでどうしようもないんだけど、頭から離れない。ベッドの上でゴロリゴロリと寝返りをうっていると、突然スマホがブーブブッと振動した。
鳴海さんからメッセージだ。
「起きてるかな? 起きてたらちょっと話したいことがあるから、ロビーまで来て」
話って、やっぱ双原との話のだよな……。「了解」と返事して、ロビーに向かった。
ロビーに降りていくと、メインの照明は落ちていて、薄暗くなっていた。ロビーを見回すと、ソファーに座っている鳴海さんを発見して、一人分離れて隣に座る。
鳴海さんの恰好は、タンクトップにショートパンツと露出度は高め。ジロジロと見てしまいそうになるが、視線は気が付くと桜花さんが言っていたのを思い出し我慢する。
俺達以外に人はいない。辺りはシーンと静まり返っている。鳴海さんは俺との距離を詰めて座り直しポツリと呟く。
「……柳津君と双原君の話。全部聞いてたよ。盗み聞きしちゃった。ゴメンね」
俺はビクッとして、思わず変な声を上げてしまった。やっぱり全部聞いてたんだね……。
何を言っていいのか分からず、つい「ゴメンナサイ……」と謝ってしまった。
「べつに柳津君が謝ることないでしょ? 私の話、聞いて」
俺は黙って頷く。
「あの日、柳津君が告白してくれて嬉しかったんだよ。真正面から告白してくる人なんていなかったから。でもその時は、柳津君とはあまり話したことなかったし、いきなり付き合うのは嫌だなと思ったんだ。」
「だから、付き合うのはごめんなさい。まずは友達からで……って言おうとしたら、柳津君、途中でダッシュで逃げて行っちゃったでしょ? だから結局振ったことになっちゃったね」
「でもね……今なら柳津君と付き合ってもいいよ。私けっこう柳津君のこと、好きだよ」
鳴海さんは上目でこちらをちらりと見る。顔は少し赤みを帯びているように見える。あまりに可愛いその表情に俺が硬直して黙っていると、鳴海さんは少し表情を曇らせ呟く。
「やっぱり、桜花結月さんのことが一番好きなの?」
一番好きって……。どうやって答えたらいいのか分からずに俺が黙っていると、鳴海さんは続けて聞いてきた。
「柳津君は私と桜花さん、どっちの方が……好きなの?」
俺が予想もできないような言葉を次々かけてくる。俺はしどろもどろで口走る。
「い、いやどっちが好きって、どっちも好きだよ。……じゃなくて、そもそも鳴海さんが、俺のことをそんな風に思ってくれているなんて全く考えてなかった。それに桜花さんは俺のことなんて別に何とも思ってないだろうし」
俺は何を言っているんだ? 自分でもよく分からない。慌てふためく俺に、鳴海さんはさらに意外な言葉を言う。
「私の勘なんだけど桜花さん、柳津君のことが好きだよ」
「えええー、そんなこと本人じゃないとわからないでしょ?」
その時、俺の隣に誰かが座った。俺が振り向くと、そこには桜花さんがいた。キャミソールとショートパンツという、より刺激的な格好だ。桜花さんはまっすぐに俺の目を見て言った。
「そうだね本人しかわからない。私は柳津君のことが好きだよ。今日一日で君のことが好きになった」
突然の桜花さんの登場に、俺の体温と心拍数が更に上昇する。っていうか、今俺のことを好きって言わなかったか!?
「おっ、桜花さん、なぜここに?」
「フレンドの現在地検索を使ったら柳津君がロビーにいることが分かって、なにしてるのか気になって来てみたの。『盗み聞きしちゃった。ゴメンね』のあたりから二人の話聞いていたんだけど……」
それ最初からだよね……?
「柳津君、私のこと好き……なの?」
桜花さんは俺の右腕を抱きしめ、胸を押し付ける。柔らかな感触といい香りが俺に襲い掛かる。
すると鳴海さんも対抗しようとしたのか、俺の左腕に抱き着こうとするがパチンと弾かれる。接触制限だ。
「なんで私だけ弾かれるの?」
鳴海さんは目に涙を浮かべ訴える。それを見た桜花さんが煽るようなことを言う。
「私たちは接触制限を解除した仲なの。解除しないと、できないようなことをした仲と受け取ってもらって構わないわ」
いや、俺は構うけどね。心のなかで叫ぶ。
「くっ!?」 鳴海さんは慌ててインターフェースを操作しだす。
音声アシストが聞こえ視界にアラートが表示される。
「鳴海陽那から接触制限変更の申請を受けました。許可しますか?」
「レベル3→レベル1 警告!! お互いに自由に触れるようになります Yes/No」
鳴海さんは語気を強めて俺に言う。
「樹! 許可しなさい!」
初めて下の名前で呼ばれて、しかも命令されてしまった。迫力に押されYesを選択する
接触制限が解除されると同時に、鳴海さんは俺の左腕に抱き着く。こちらも柔らかなものが押し付けられる。まさに甲乙つけがたい。
俺は想像もできないような出来事の連続に、思考が停止していた。
憧れの人。好きだ。片思いだ。そんなことを口では言ってはいたが、実際には遠くて手が届くはずないと心の奥では諦めていた。そんな美少女が今、俺の腕に絡みついている。しかも二人も。
人生のラック値を、ここで全部使いきってしまったんじゃないだろうな? もう明日死んじゃったりして。
しょうもないことを考えながら無言で呆けていると、桜花さんが俺の右腕を抱きしめるのを緩める。
「女子二人に迫られて、対応に困っているみたいね。今日のところはこれくらいにしておくね」
そして、俺の耳元に口を近づけ囁いた。
「今度から私のこと、結月って呼んでね? 呼び捨てでいいよ。樹」
コクコクと俺は頷く。
それを確認した後、桜花さんは俺から離れ「おやすみなさい」と笑顔で手を振りながら部屋に戻って行った。
桜花さんがいなくなると、鳴海さんも俺の腕を放した。
「私のことも下の名前で呼んで。さんはいらないから」
俺は再びコクコクと頷いた。
「じゃあ、私も行くね。おやすみ、樹」
鳴海さんは手を振りながら、部屋に戻っていった。
嵐のような出来事が過ぎ去り、俺はしばらく放心状態でロビーのソファーに座っていた。
両腕に残る感触と温もり、耳に残る可愛い声、鼻腔に残る女の子の香りを反芻して、時折くねくねと悶えるのだった。




