女王
翌朝、ガロードの車で駅まで連れて行ってもらった。
駅は大きく人も多い。やはりこの世界の交通手段としては列車が主流なのかな? 俺とセフィリアなら全速力で飛べばすぐに王都に着くだろうけど、今回は列車に乗ってみることにした。
頭端式のホームには乗り場が六つあり、黒や茶の落ち着いた色の列車が並んでいる。電車みたいなパンタグラフは無いし、汽車の煙突も無い。多分、ガロードの車みたいに魔法で動かしているんだろう。
俺とセフィリアは、行先が王都になっている列車に乗りこんだ。
列車内のシートの配置は進行方向に向かって着座する横座席タイプだ。中央に通路があり、一列が左右に二人ずつ座れるようになっていて、それが一つの車両に12列設置してある。日本の電車と変わらないな。
俺達は空いているシートに二人並んで座った。指を絡めて手を繋ぎ、肩をくっつけている。
セフィリアと好きなだけイチャついてもいいと思うと、昨夜あんなにたくさんしたのに、また俺の身体は熱を帯びてしまう。
とはいえ、他にも乗客がいるし、こんな所で堂々とイチャつくわけにもいかない。触れ合う部分から伝わってくる体温を味わうだけで我慢する。
セフィリアは俺に頭をもたれさせて言う。
「支配者クラスに成長したからかな? イツキの考えていることが手に取るように分かるんだけど……。また、えっちなことを考えているんでしょう?」
「げ、バレてる。今まで無理に自分を押し殺してた反動かも。物凄くセフィリアとイチャつきたい」
「また今夜、いっぱいしようね」
セフィリアは俺の頬に軽くキスをした。その後、何かを小声で呟いて、嬉しそうに口元を緩めた。
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も。それより、私も支配者クラス成長したのだから、イツキと魔力を混ぜられるようになったの?」
「ああ、きっと混ぜれるよ。後で試してみよう」
「ここで試さない?」
「ここでは無理だよ。列車が壊れてしまうだろうし。周りに誰もいない所でやろう」
セフィリアと魔力を混ぜたらきっと驚くだろうな。今から楽しみだ。
「イツキ、顔がだらしなく緩んでいるわよ? いくらえっちで頭が一杯だとしても、魔力を混ぜるのは真面目にやってね」
「もちろんだよ。任せておいて!」
付き合いたてカップルみたいな、ラブラブな雰囲気で会話を続けていると、列車は王都の駅に到着し、俺達は列車から降りた。
王都の駅の改札を出てふと考える。俺はこのまま城にのこのこ歩いて行けばいいのだろうか? 城門で衛兵とかに止められないのかな?
そんなことを考えながら駅から出た。駅の前はロータリー状に道路が敷かれていて開けた印象だ。周囲を見回すと大きな建物が並んでおり、ニルムダールと同様に多くの人でにぎわっている。
ロータリーの一角に、数名の騎士を引きつれたレハタナさんがいた。周りの人達はその一角をジロジロ見ながらも、避けて通っていた。どうやら、迎えに来てくれていたようだ。
「イツキさん、セフィリアさん、お待ちしておりました」
俺達がレハタナさんに近づくとお辞儀をしながら言った。
馬車が用意されていたので俺とセフィリアは乗り込む。車や列車があっても馬車を選択する辺り、レハタナさんは良く分かっている。
騎士達は馬に乗って城に戻るのか、ファンタジーな雰囲気が出ているね。
しばらく馬車の中で揺られながら王都を見物していると、城に着いたので馬車から降りる。
眼前に白く巨大なファンタジー建造物がそびえ建っている。ある種の威圧感すら感じてしまう程の立派で美しい城だ。
レハタナさんの案内で俺達は城内を進んだ。
俺は物珍しさにキョロキョロ見回した。豪華絢爛な内装に、さすがファンタジーな城だと感激していた。内部は広くて案内が無かったら迷うな。一応オートマッピングはしてるが。
そしてたどり着いた応接室の前のドア。中には既に女王がいるらしい。レハタナさんは同席しないようで、一礼するとどこかへ行ってしまった。
俺がドアをノックすると「どうぞ」と声が聞こえたので「失礼します」とドアを開ける。
部屋に入ると女王がいた。騎士とかお付きの人がいるだろうと思ったが、女王一人だった。女王は微笑みながら手をソファーの方に動かして、俺達に座るように促す。
女王と向かい合って、テーブルを挟んでソファーに座るとメイドさんが入ってきて、いい香りのする紅茶を入れてくれた。
女王は優しい微笑みを浮かべ、俺達に軽く頭を下げた。
「来てくれてありがとう」
「いえいえ」
女王は優雅な動作で紅茶を一口飲んだ後、話し始めたので俺は一通り聞くことにした。
「まずは、なぜ異世界の勇者を召喚して試合をすることになったのかを説明させて下さい」
「我が国アイラスタニアと、隣国グレンガルドは、その昔幾度となく戦争をしていました」
「今から120年前、相手国を亡ぼすために強力な破壊魔法を開発して、お互いにそれを使ったために、両国が滅亡の危機に瀕してしまいました。その時の惨劇を教訓として、以降は戦争はしないと取り決めています」
「その代わりに4年に一度勝負をして、勝った方がその後4年間は国同士の交渉を有利を進めることが出来ると約束を交わしました。今年がその勝負の年で、どちらが異世界からより強い勇者を召喚できるか、という勝負に決まったのです」
「いにしえより王家に伝わる、異世界から勇者を召喚する魔法は禁呪であり、余程のことが無いと使用できず、また使用するにあたっては大掛かりな儀式をするために莫大な費用が掛かります。しかし、前回の勝負に勝ったグレンガルドの意向なので、従うほかはありませんでした」
「グレンガルド王国側は、三カ月も前に勇者の召喚に成功しています。現在は召喚された勇者のレベル上げや、技と魔法の鍛錬をしていることでしょう」
俺は女王の話を黙って聞いていた。戦争をしないためにというのであれば、致し方無い気もするが、異世界から強制的に人を誘拐するってのどうなの?
「余程のことねぇ……」
おっと、つい言葉を漏らしてしまった。俺の呟きに女王は一瞬目を伏せて、再び俺を見る。
「……アイラスタニアとグレンガルドの関係は長い間良好でした」
「ですが、先代のグレンガルド国王は半年前に急逝され、新国王に代替わりしてからはその関係も変わりました。無茶な要求も増え、何かと張り合うようになったのです」
「今回の勝負にしても、先代のグレンガルド国王なら禁呪を使ってまで勝負をしようなどとは言わなかったはずです」
これは、アレだな。バカ王子が国王になったとかそういう類の話だろうか。急逝ってことは先代の王は暗殺されてたりして……、異世界の勇者的には、おバカな王様をお仕置しないといけない流れか?
そんな妄想をする俺に構わず、女王は話を続けた。
政治的には険悪な雰囲気ではあるが、両国には経済的、文化的に交流があり民間レベルの関係は良好であることや、国同士の勝負といっても殺伐とした雰囲気ではなく、イベントとして定着しており両国ともお祭りのように盛り上がるということ。
試合の日時は七日後、場所はグレンガルド王都の特設会場で行われる、といった説明を受けた。
一通り話し終わったところで、女王がスッと立ち上がる。
「イツキさん、セフィリアさん、どうかお願いします。アイラスタニアを代表する勇者となって、グレンガルドに召喚された勇者と試合をして下さい」
女王は俺達に頭を下げる。一国の主が頭を下げるとは……。小市民の俺としてはビビってしまうじゃないか。
……ルイさんがこの世界に転移ゲートを開通して、迎えに来てくれるまで特にやることも無いし、別にやってもいいか。
「分かりました。でも、勝てるとは限らないですよ」
俺の返事を聞いた女王は表情を緩めた。
女王は「ありがとうございます」と礼をしてソファーに座った。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「何事ですか? 今は勇者様と話をしているのですよ」
「緊急事態です」
「入りなさい」
騎士がドアを開けて入ってきて、女王の耳にゴニョゴニョと何かを言う。
女王の表情が変わり立ち上がる。
「申し訳ありません。30分ほどで戻ります」
女王は応接室から出て行った。
メイドさんたちは既に下がっているので、部屋でセフィリアと二人きりになってしまった。なんか気が抜けた。
「なんかトラブルかな……」
そう言いながら、俺はセフィリアの方に倒れ太ももに頭をのせて、膝枕の状態になった。
セフィリアの太ももを、頬と手のひらでさすって柔らかい感触を味わっていると、セフィリアは俺の髪を手櫛で梳かすように優しく撫でる。
「イツキって甘えん坊だよね」
「そうかなぁ」
セフィリアの顔が近づいて来て、俺の唇に口づけると、甘い吐息が入り込んできた。たまらず俺は彼女の頭を抱いた。
二人きりの室内に、熱のこもったキスをする音が響いてなんか卑猥だ。
俺は起き上がってセフィリアに抱きつき、ソファーに押し倒した。
「こら、こんなところで……。女王が戻ってくるわよ」
「30分後って言ってたから少しなら大丈夫」
「ダメよ、今は我慢しなさい」
口ではそんなことを言いつつも、セフィリアの両腕は俺の首を抱いている。俺は手をセフィリアのスカートに――。
ガチャリ。ドアが開いた。俺達は即座に反応し、ソファーにビシッと座りなおした。
「お待たせして、申し訳ありません」
女王様って、やけに腰が低いよな。いや、そんなことよりも見られたか? 見られてないよな?
女王はスタスタと歩いて、俺達の向かいのソファーに腰掛けて、ニッコリと微笑む。なんか怖い。
「お二人はとても仲がよろしいようですが、夫婦なのですか?」
セフィリアは即座に「そうですが?」と答える。噓つきだね。
「ならばいいのです。この国では婚前交渉は重罪ですから」
「なっ!?」
俺はつい驚いて声を上げてしまった。イチャついているところを女王にしっかり見られてた……。
「ところで、私には相手の嘘を見抜く能力がありまして……」
なんだって……? 俺がぎくりとすると、アシストさんが解説する。
「計測の結果、女王の固有スキルは境地クラス相当の強度があります。そのため、相手の思考をある程度読めるものと思われます」
境地クラス以上の固有スキルがあれば、ある程度相手の思考を読める。俺とセフィリアは支配者クラスなので、境地クラスの相手なら、意図的に読まれないようにブロックもできるが……。完全に気が緩んでた。
「もう一度聞きます。お二人は夫婦なのですか?」
女王様、これはもう確信してるよね。俺達、重罪人になっちゃった……? 二人して返答に困っていると、女王は意外なことを言い出した。
「まだ、結婚していないならすればいいのですよ。国の代表たる勇者が未婚で淫らな行為に及んでいては国民に示しが付きませんから」
「は、はぁ……」
「国を挙げて結婚式を執り行います」
「え、ちょっと……」
俺はうろたえたが、セフィリアは嬉しそうだ。
「ありがとうございます。女王様♡」
何やらセフィリアが浮かれている。結婚か……。まぁこの世界で、だからな。元の世界に戻ればノーカンだよな。




