魔法の威力
車に戻ろうと俺達が歩いていると、人影が近づいてきた。
あの長い青髪に白い鎧は、レハタナさんか……。
「イツキさん、先程は我々騎士団が一方的に攻撃を仕掛けてしまい、申し訳ありませんでした。黒竜騎士団長ハーゲンの独断であり、女王の意思ではないことをご理解ください」
レハタナさんは俺に深々と頭を下げた後、セフィリアに視線を送り問う。
「セフィリアさんの容体は……?」
「気を失っているけど、これはあいつらの攻撃のせいじゃないから大丈夫だよ」
レハタナさんは再び謝罪し頭を下げる。きっとこの人も苦労人なんだろうな……。ハーゲンとか女王とかはどうでもいいけど、この人みたいな真面目で誠実そうな人を困らせるのも気が引ける。
少しの沈黙の後、レハタナさんは顔色を窺うかのように俺に視線を向け問う。
「もう一度女王と会って話をしていただけないでしょうか?」
「いいよ」
「えっ?」
俺が断ると思っていたんだろうか、レハタナさんは驚いて目を丸くしている。
「明日城に行くよ」
「ありがとうございます」
レハタナさんは一礼して去って行った。
口約束だけであっさり引き下がったのは意外だ。よし、今度こそ本当に帰るぞ。俺達はガロードの車に乗り込んだ。
帰りの車内では誰も口を開こうとはしなかった。騎士団長と揉めたんだから、二人ともきっと引いてるよな……。
ガロードの家に着くと、俺はセフィリアを部屋に寝かせてリビングに戻る。
ガロードとリセリアが話し掛けにくそうにしているので、俺から「何から話そうか?」と声を掛けた。
俺の問いに、堅い笑顔でリセリアが応える。
「まさか、イツキたちが異世界の勇者だったなんて……」
「黙っててゴメン。言ったら城に通報されると思ったから」
「ああ、それはいいんだ。それより腹減ってないか? 飯の用意してくるよ!」
ガロードはキッチンに向かう。リセリアは俺の目を見て言う。
「あの……、イツキ達が異世界の人でも、騎士団から追われていたとしても、他にどんな事情があったとしても、私達の恩人だってことには変わりなくて……」
「だから、私達は味方だし、力になりたいのは変わらないからね」
「リセリア、ありがとう」
「うん、じゃあ美味しいごはん作ってくるから待っていてね!」
そう言うと、リセリアもキッチンに向かって行った。
ガロードとリセリア、いい人達だな。俺も二人の助けになれるのなら、全力で協力したいと思った。
しばらく一人でぼーっとしていると、セフィリアが起きてきた。
俺は立ち上がって、セフィリアに近づいた。
「気が付いたんだね。気分はどう?」
セフィリアは微笑み「最高」と答え、俺に抱きついた。
「アシストに確認したら、私の固有スキルも支配者クラスの強度だって。これで私もイツキの正妻候補だよね?」
セフィリアは俺にキスをする。正妻候補と言われても困るが、セフィリアが嬉しそうだからいいか。俺は唇を重ねたままセフィリアの頭を撫でた。
「待たせたな、お二人さん。夕食できたぞー。おっと邪魔したかな?」
「セフィリア、もう元気そうだね。続きは食事後に部屋で楽しんでね」
リセリアに言われて、セフィリアは俺から離れる。
「ええ、そうさせてもらうわ」
テーブルに並べられた料理を四人で食べている。
「明日、女王に会うために城に行こうと思っているんだけど」
「王都へは、直通の列車があるからそれに乗って行くといい。二時間くらいで行けるぞ。明日、駅まで案内するよ」
「そうか、よろしく」
「いやー、それにしても驚いたな。黒竜騎士団長ハーゲン様の魔法を破ってしまったんだからな」
「ハーゲン様のレベルは150くらいだったはずだから、イツキとセフィリアの方が強いのは当然だよ」
ガロードとリセリアが俺達の強さをべた褒めするので照れるな。しかし、二人がする強さの話はレベルの高さのみで、固有スキルの話題は無い。
「この世界で強さを計る指標って、レベルだけなの?」
俺の問いにガロードが答える。
「もちろんレベルが同じでも、実戦では技量と経験の差が勝敗をわけるぞ」
「この世界の強さの指標であるレベルは俺達でいう魂力だと思う。基本的な強さを計るのには魂力ともう一つ、固有スキルっていうのがあるんだ」
「固有スキル? 聞いたことは無いな」
「魂力は魔力とかのエネルギーの器で、固有スキルの強度は一度に魔力を放出できる最大量の大きさだと俺は考えている」
「初めて会ったとき、ガロードとリセリアはレベル130くらいのモンスターに苦戦していたよね。モンスターの技量は磨かれた物じゃないし、魔法の練度も低い。固有スキルが発現していれば、レベルが同等か少々高い程度なら簡単に倒せるはずなんだ」
ガロードは顎に手を当て「うーん」と唸る。
「俺達で言うところの祝福とギフトかな?」
「騎士団長は就任するときに儀式をするんだけど、その時に「祝福」っていう特別な力を授かるんだ。あと、女王様は代々生まれつき「ギフト」っていう特別な力があるんだよ」
「一般人でもごく稀に儀式なしで突然祝福が発現したり、ギフトを持って生まれてくる人もいる。そういう人は、大体は城のお偉いさんや騎士団長になっているよ」
「祝福とかギフトを持っている人は、レベルが同じでも強さの格が桁違いなんだ」
多分それがこの世界の固有スキルだろうな。だが、それでも違和感はある。ハーゲンの固有スキルはおそらく境地クラスだろう。にもかかわらず魔法の威力は支配者クラスに匹敵していた。
自分の固有スキルの強度の限界量を、何倍も超えて魔力を放出し魔法を使うことが出来るんだろうか?
そういえば、世界最高位の魔法とか完全詠唱とか言っていたな。
すごく難しい呪文を完璧に唱えることで自分の能力を超えた量の魔力を放出できるようになるのだろうか。あるいは以前、神速さんが使っていたような、固有スキルを強化する魔導器みたいな物があるのかもしれない。
俺が考え込んでいると、リセリアが俺に聞く。
「私にもその固有スキルってのが覚えられるの?」
「えーっと、それは……」
俺が固有スキルを覚えたのは、確か、魂力が1000を超えた辺りで、アシストが「資質に応じた能力が発現します」とか言って自動で身についていたような……。
「個人差によって固有スキルが発現するタイミングにはばらつきがあります。魂力が高くても、願望が希薄な場合は発現しません。なお、箱庭計画の参加者は、魂力が1000を超えた時点で、ユーザーの願望と資質を分析し、固有スキルの発現をシステムが補助しています」
「ゲストモードでリンクしている、ガロード、リセリアの固有スキルの発現を補助しますか?」
アシストさんがそう教えてくれたので、ガロードとリセリアに聞いてみた。
「覚えられよ。覚えてみる?」
「ああ、頼む!」
「うん、お願い!」
二人は目を輝かせて頷いた。なので、アシストさん、お願いします。
「ガロード、リセリアのそれぞれの資質に応じた固有スキルが発現しました。エルピスのサーバーとつながっていないため、詳細は解析できませんが、境地クラスの強度です」
いきなり境地クラスの固有スキルが発現したのか。まぁ、二人は既に魂力も大きいし、実戦経験も豊富だから不思議では無い。
「二人とも固有スキルが発現したよ。また明日試してみて。今までよりも魔法の威力が桁違いに強くなっているはずだから間違っても街中で試さないでね」
「そうなのか? 実感ないな……。ちょっと庭で試してもいいか?」
気持ちは分かるが、上手く加減できるだろうか? まぁ、いざという時は、俺が障壁を展開すれば大事には至らないはず。威力の大きさが分かれば満足するかな……。
「分かった。一回だけね」
四人で庭に出て、俺は魔法で高さ2m程の石柱を作り出した。
「じゃあ、この石柱に軽く火球を放ってみて」
ガロードは両手のひらを石柱に向けて「火球」と気合を入れて言った。
マズイな、魔力を込めすぎている。俺は火球が石柱に着弾した瞬間に魔刃のオーラの障壁で筒状に囲って、魔法の威力が周囲に広がらずに空に逃げるようにした。
俺の作り出した障壁の中で炸裂した火球は、石柱を容易く粉砕した。轟音を伴い火柱が勢いよく天に昇って行き、夜空を明るく照らす。
あまりの威力に驚いたのか、ガロードとリセリアの目は点になっていた。
「俺が障壁で囲わなかったら、この辺一帯が焼け野原になってたよ。威力の調整が出来るようになるまでは、人気のない山奥で練習してね」
「あ、ああ。分かった」
「確かに、人気のある所では練習できないね……」
二人とも分かってくれたようでなによりだ。
「俺達はちょっと疲れているから、風呂入って寝るよ」
別にたいして疲れてはいないが、早くセフィリアと二人きりになりたいからな。
「ああ、色々とありがとな! おやすみ」
「しっかり楽しんでね。お二人さん」
……リセリアは俺の思惑に気が付いているようだ。
ともあれ、俺はセフィリアと一緒に風呂に向かい、二人でイチャイチャと身体を洗い合う。
昨日とは違いお互いに遠慮なく肌に触れ合って、心身ともに完全に準備が出来上がっている。早足で部屋に入ると俺はすぐに音を消す膜を展開し、二人でベッドになだれ込んだ。
「ちょっと、いきなり挿れるの?」
「ごめんね、でも我慢できないよ」
「ふふっ、言ってみただけよ。本当は私も早く欲しかった」
俺達はお互いの名を呼び合いながら、きつく抱き合い、唇を重ね、繰り返し深くつながった。
* * *
二人は抱き合い、互いの呼吸を感じながら指先を絡めていた。
「あのセフィリアが俺の腕の中にいる」
「急にどうしたの?」
「だってさ、最初会ったときのセフィリア、すごい態度だったでしょ? だから、美人だけど怖い人なんだろうなーって思っていたから」
「もう、そんなことを蒸しかえさないでよ!」
「はは、でも今はこんなに可愛い女の子だって分かってるよ」
俺はセフィリアにスリスリと頬ずりをすると、セフィリアは「はいはい」と俺の背中をポンポンと叩いた。
「私は幼いころに境地クラスの固有スキルが目覚めてからは、周りの誰よりも強かった。大人数人がかりで倒すようなモンスターも私一人で倒していた」
「シエラスの学校に入学してからもそれは変わらず、私は学校の頂点に君臨していたのよ」
「なんかイメージしやすいな」
「ある日、既にシエラス内でも有数の企業になっていたエルピスの社長ルイ=キサラギが優秀な生徒をスカウトすると学校に視察に来て……、自分を最強だと思っていた当時の私は勝負を挑んだの。でも、軽くあしらわれて負けちゃった」
「あー、その時からルイさんの強さって異常だったんだ……」
セフィリアは微笑み頷いて続ける。
「その時に社長に気に入られてエルピスに入って、社長直々に指導をしてもらって強くなったし、仕事も覚えた。さらには副社長にも任命されたわ。だから私は、社長の一番のお気に入りだと思ってた」
「それなのに、箱庭計画が始まった頃から、イツキとかいう地球人をよく褒めるようになって……。聞けば、二人も、三人も恋人がいる男だと言うし。そんな浮ついた奴に、私の社長が興味を持つなんて許せなかった」
「だから、俺と勝負をしたかったのか。やっぱり可愛いなー」
再び俺はセフィリアにスリスリと頬ずりをした。
「でも結局、その浮ついた奴の毒牙に掛かって堕とされちゃった」
「セフィリアさん、言い方! あと、堕とされたのは俺の方だからね!」
セフィリアは「ふふっ」と微笑む。
「ねぇ、イツキ。休憩はもう充分でしょ? 私、まだ物足りないわ。回数を重ねるごとに良くなってる。だからもう少し欲しいな」
セフィリアが甘えた声で俺を誘う。当然断れるはずもなく、今夜も遅くまで楽しみ続けるのだった。




