壁を超える
セフィリアとのイチャイチャを邪魔されて非常に残念ではあるものの、ここは切り替えてありがたく朝食を頂くとする。
ガロードとリセリアが用意してくれた朝食を食べながら四人で談笑していると、リセリアが俺に質問をした。
「イツキとセフィリアはこれからどうするの?」
「俺の仲間が迎えに来るまでこの街にいようと思うんだけど……」
「いつ頃迎えに来るの?」
「それが、正確には分からなくて……。長くても三カ月以内だとは思う、もしかしたら明日くるかもしれない」
「そうか、なら仲間が迎えに来るまでこの家で暮らすといい」
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
「よし、決まりだな。今日は何する? 街でも案内しようか?」
「セフィリアが強くなれるように鍛錬したいんだけど、俺達が思いっきり鍛錬すると街が壊れるから壁の外に行こうと思う」
「二人とも、物凄く強いのにまだ強くなりたいの?」
リセリアの言葉にセフィリアは首を横に振る。
「私はまだイツキの足元にも及ばないわ」
セフィリアは薄っすらと笑ってはいるが、なんとなく陰があるように感じる。
「二人の鍛錬か……、面白そうだな。俺もついて行っていいか? 車で人の少ない所まで連れて行ってやるよ」
「あ、私も行く! お弁当作るからちょっと待ってね」
くそ……、セフィリアと二人きりになりたかったのに。仕方ない、街の外に出たら二人で鍛錬してくるとか言って、ガロードたちと離れて速攻でセフィリアに襲い掛かってやる。
そんなことを思いながらセフィリアをチラリと見た。彼女は思い詰めた顔をしていた。
「社長が迎えに来てくれるまでに、何としても支配者クラスになっておきたい」
セフィリアのあまりに真剣な顔つきに、俺の中で湧き上がるスケベ心は収まった。
* * *
ガロードの運転する車で街から出て、しばらく走っている。山道を登っているようだな。
「ここなら誰も来ないだろうから、思い切り鍛錬できるぞ」
到着した場所は、確かに人の気配は無い。ここなら多少地形が変わっても良さそうだ。俺とセフィリアは周囲の木々を見下ろす高度まで飛翔した。
「じゃあ、早速始めようか」
「よろしくお願いします」
俺と向かい合うセフィリアは、いつにも増して気迫が満ちている。
セフィリアは固有スキル、植物操作の境地を使い魔力を込めた茨の束をを俺に向けて放つ。
槍のように突いたリ、鞭のようにしならせて打ち付けたり、高密度の魔力を込めた薔薇の花びらを散らせて爆破したりと多彩だ。
俺も負けじと火魔法で応戦する。俺達の放つ魔法がぶつかるごとに山肌が削れて、地形が変わっていく。
「イツキ、本気を出してくれないと、鍛錬にならないでしょ?」
セフィリアに煽られて、ちょっと本気で火球を放つと着弾地点に火柱が上がり衝撃波が広がる。セフィリアは幾重にも茨を束ねてガードするも、吹き飛ばされてしまった。
俺は慌ててセフィリアの元に飛んで行くが、セフィリアはそれが気に入らないようだ。
「これぐらい何ともないわ。もっと本気で追い込んでくれないと、固有スキルを成長させられないでしょ?」
「そんなこと言われても……、俺にはセフィリアを本気で攻撃するなんてできないよ」
「それでもお願い!」
俺にすがって懇願するセフィリアの可愛さに負けて、俺は「分かった」と返事をして鍛錬を続けた。
三時間は鍛錬しているだろうか。セフィリアも息が上がってきた。
「腹減ったろ? 昼食にしよう」
ガロードが言うので、休憩することにした。リセリアが車から弁当を持って来てくれたので、適当な木陰に座って四人で食べる。
「イツキもセフィリアも魔法の威力が異常だよね。騎士団随一の魔法の使い手、黒竜騎士団長のハーゲン様より強いかもよ?」
「私は全力だったけど、イツキはあれでもかなり手加減している」
「イツキ達の国にはイツキみたいな強い奴が沢山いるのか?」
「いいえ、ほんの一握りしかいないわ。その中で私が超えたいと思う人が三人いる」
三人って陽那と結月とアサカだよな。固有スキルの成長に拘るのもそのせいなのか。
「セフィリアの強さでも騎士団長に匹敵すると思うけど、もっと強い人が三人もいるのね……」
リセリアの言葉に、セフィリアは長いまつ毛を伏せてぐっと拳を握り締める。セフィリアは相当思いつめているようだ。なんとなくその場の雰囲気が重くなったので、俺は話題を変えるためにガロードに質問をした。
「この国の人達は、みんな魔法を使う時に呪文を唱えているの?」
「もちろんだ。イツキたちの国では魔法を使うのに呪文を詠唱しないのか?」
「ああ、誰も呪文を唱えたりしないよ。イメージして魔力を放出すると魔法が発動するんだ」
りセリアは俺の話を食い入るように聞いており「興味深いわね」と、漏らした。
「俺からすると呪文を唱える方が興味深いよ。呪文を唱えて魔法を使って見せて」
俺の要望に応えてリセリアが呪文の詠唱を始めた。
俺はリセリアが呪文を詠唱している様子を集中して観察した。
何を言っているのか全く分からない。これは俺達に何かの意思を伝えるものではないので意思疎通魔法は翻訳しないのだろう。
どこの国の言語とも言えないような、ややこしい言葉に難しい発音だ。すらすらと言えるようになるには、かなりの練習が必要そうだ。
リセリアが呪文の詠唱を終えると、火球が手のひらから打ち出され付近にあった岩に命中してそれを砕いた。
なんで呪文を唱えると、魔法が使えるんだろう? すると、頭の中でアシストさんが解説する。
「呪文を唱えると魔法が使える。という強力な固定観念が魔法を発動させていると予想します」
システムのアシストがあれば、ガロードも魔法をイメージだけで使えるよね?
「可能です。ガロードの魂と、この端末をゲストモードでリンクしますか?」
そんなことできるの? うん、お願い。
「ガロードの魂とゲストモードでリンクしました。魔法行使アシストのみ有効にしています」
俺の頭の中でアシストとやり取りをした後、俺はガロードに言う。
「俺達の使っている道具で魔法を使う補助をするから、呪文を詠唱しないで魔法を使ってみて」
「そう言われてもな……」
長年、心身に染み付いたイメージは簡単には払拭できないか。俺は付近にある岩に向かって手のひらを向け、「火球」と呟き火球を放った。もちろん岩を砕く程度で収まるように魔力を押さえている。
「イメージしながら同じことをやってみて。今なら「火球」の一言だけで魔法が使えるように補助しているから絶対に出来るよ」
ガロードは半信半疑といった様子で岩に向かって手のひらを向ける。そして「火球」とボソリと呟く。すると火球が飛び出して岩に命中した。
「おお、信じられん! 呪文なしで魔法が使えた!」
「何度もやってると、コツが分かってきて補助無しでも魔法が使えるようになるよ」
その様子を見ていたリセリアが元気よく「私もやりたい!」と手を挙げた。
「分かった、リセリアも補助するよ」
俺はリセリアの魂もゲストモードでリンクさせた。
「魔法を自在に使うには、強いイメージと願望が大事なんだ。しばらく二人で練習していて」
「分かった! やってみる!」
二人は目を輝かせて練習を始めた。
さて、俺達は魔力が混ざるか試してみるか。
俺と結月の魔力が初めて混ざったのは、俺が魔刃のオーラで刀を具現化できるようになってからだった。
多分、同系統で尚且つ支配者クラスの強度の固有スキル同士じゃないと、魔力は混ざらないとは思うが……。
「セフィリア、花の種持ってる?」
「ええ、持っているわ」
「二人で魔力を送って、その種を操作してみよう」
セフィリアは頷き、種を握る。俺は種を握ったセフィリアの右手を両手で覆うように重ねる。
二人同時に魔力を込めると、俺のイメージどうりに茎が伸び花を咲かせた。でも、魔力が混ざった時の気持ち良さを感じない。セフィリアは種を握る右手を震わせて呟く。
「私の魔力が種にしみ込まない……」
「やはり支配者クラス同士じゃなと無理か……」
セフィリアは肩を落として落ち込んでいる。ちょっと泣いてるのか?。
「私は……、弱い……」
こんな時、どんな言葉を掛けたらいいんだ?
弱いと自覚している者に対して「そんなことないよ」と言ったところで慰めにもならないだろう。
高みを目指す者に対して「今のままでも充分強いからそのままでもいい」なんて言えるはずもない。
セフィリアが頑張っているのは知っているから「もっと頑張れ」とも言いたくはない。
セフィリアは俯き、目に溜めている涙がポロポロと零れ落ちる。彼女にかける言葉が見つからず、俺はただ黙っていた。
しばらく沈黙が続いたが、セフィリアは顔を上げて俺に懇願する。
「やはり、イツキが私を厳しく追い込んで」
「……分かった」
セフィリアの要求通りに厳しめに手合わせをしたが、どうしても俺にはセフィリアを本気で痛めつけるなんて出来なかった。
日も暮れかけて、ガロードが俺達に声を掛けに来た。
「二人とも、そろそろ帰ろう」
俺はガロードに返事をした後、セフィリアに声を掛ける。
「今日はここまでにしよ。また明日頑張ろう」
暗い表情のセフィリアは、無言で頷き歩き出した。
その時、森の奥から多数の鎖が出現し、セフィリアに巻き付いて拘束した。突然だったことと、かなりの速さだったので、俺は全く対応できなかった。
「くくく、油断したなクソガキ。女を無傷で返して欲しかったら貴様も大人しく拘束されろ」
あの塔にいた大声おじさんか。大勢の騎士達も次々と姿を現した。近くにいることに全く気が付かなかった。高度な隠密魔法が使えるようだな。
リセリアは、大声おじさんを見て驚いているようだ。
「なんでこんなところに黒竜騎士団が!? しかも黒竜騎士団長のハーゲン様まで!」
こいつが騎士団最高の魔法の使い手なのか。だとしたら、たかが知れているな。
「またあんたか……。その子は俺の大切な人だって言ったよな?」
俺はハーゲンに向けて、怒りと魔力を込めてプレッシャーを放った。
「何だその目は? 女の命が惜しくないのか?」
「セフィリアに傷一つでも付けたら許さない」
「許さなかったらどうだと言うのだ? その女を拘束している魔法は世界最高位の拘束魔法であり、この俺様が完全詠唱した魔法だ。いかに異世界の勇者といえども抜け出せまい!」
確かに今のセフィリアでは抜け出せないだろう。だが俺が全力で魔力を開放すれば破れる自信はある。
俺が魔刃のオーラで刀を具現化して鎖を断ち切ろうとすると、セフィリアは苦しそうに声を搾り出した。
「イツキ、待って……、あなたならこの程度の魔法、簡単に解除できるのよね」
彼女は魔法の鎖に締め上げられて、とても苦しそうだ。焦燥感から刀を握る手に力が入る。
俺が「ああ」と返すと、彼女は顔を苦痛に引きつらせながら口を動かす。
「アサカ達も……、抜け出せるよね?」
「それはそうかもしれないけど、今はどうでもいいだろ!?」
「どうでもよくない! 今の私じゃアサカ達みたいにイツキを愛してるなんて言えない!」
セフィリアは燃えるよう眼差しで、俺を見つめる。
「私の願いは、イツキに愛されるに相応しい力を得ること! こんなの自力で解除して見せる!」
「私はセフィリア=アーレスト。エルピスの副社長であり、筆頭戦士。敬愛する社長の右腕……。この程度の魔法ごときに屈するわけにはいかない!!」
セフィリアの、魂の雄たけびが響いた。
その瞬間、セフィリアから放出されている魔力量が急激に増加した。
彼女の足元から複数の茨が天に向かって伸びたかと思うと、拘束している鎖を薙ぎ払い、引きちぎる。
茨から感じる魔力量はこれまでのセフィリアのものとは段違いに大きい。
自力で拘束を解いたセフィリアは、その場に倒れ気を失ってしまった。
俺はセフィリアに駆け寄り抱き上げて、MP回復をした。
「おめでとう。ついに壁を越えたんだね」
拘束魔法を破られたハーゲンは、うろたえ尻もちをついている。
「そんな……バカな……」
俺はハーゲンの頬をかすめるように閃光の魔法を放った。
「今、俺は気分がいいんだ。見逃してやるからさっさと消えろよ」
「ク、ソ……」
ハーゲンは俺を睨みながらも、騎士達を率いて去っていった。
俺は唖然としているガロードとリセリアに向いた。
「何て言うかゴメン、後できちんと説明するよ。とりあえず帰ろっか」
ガロードとリセリアはコクコクと頷き、停めてある車に向かって歩き出した。




