我慢できない
冒険者ギルドから車で10分ほど走ると、ガロードの家に着いた。おしゃれで立派な家だな。二人は名のある冒険者で裕福だと言うだけのことはある。
俺とセフィリアは、リビングに通されてお茶をだされる。
「ちょっと茶でも飲んで待っていてくれ。今から俺達が腕によりをかけてランサーフィッシュの肉を料理してくるから」
ガロードはそう言ってリセリアと料理を準備しに行った。
俺がお茶を啜っていると、セフィリアが「そういえば」と前置きして俺に話し掛ける。
「イツキの具現化した剣に私の得意な土と水の魔法を込めて斬ったら、トカゲのモンスターもプリンみたいに簡単に斬れたわ。あれは魔力が混ざったからじゃないの?」
「いや、混ざって無いよ」
「何で言い切れるの?」
「まず、魔力を混ぜるには同じ系統の固有スキルで魔法を使わないといけない。俺とセフィリアなら植物操作を一緒にするとかだと思う。それに、もし二人の魔力が混ざると……」
「混ざると何よ。もったいぶらないで早く言ってよ」
セフィリアは言葉に詰まる俺の顔を覗き込むように顔を近づける。でも、気持ち良くなるとか言えないしな。
「混ざったっていう確かな手ごたえを感じるよ」
「そう、なのね……」
セフィリアは残念そうに俯くが、何かを閃いたのか顔を上げて、ゴソゴソと自分の服のポケットから種を取り出して俺に見せる。
「今から試してみましょう」
多分混ざらないとは思うけど、もし混ざってしまったら大変だ。
「こんなところで魔力が混ざると大変なことになるから、今はやめておこう」
「それもそうね。この家を壊してしまったらいけないし」
うん、まあ、そっちの意味でも大変にはなるね。
二人で少し待っていると、リセリアがリビングのテーブルに次々と料理を運んできて、美味しそうな香りが部屋中に漂う。
「さあ、遠慮なく食べてくれ!」
勧められるままにガロードとリセリアの作った料理を食べる。どれも美味しい。あの魚の肉は上等な牛肉みたいに、柔らかくてうまみたっぷりだ。
「すごく美味しいよ! この街に来れて良かった」
「そうか! そう言ってもらえれば作った甲斐がある」
気の利いた食レポは無理だが、俺が感じたことを素直に言うと、ガロードもリセリアも嬉しそうに顔をほころばせた。
俺とセフィリアは極上の異世界グルメをしっかり楽しんだ。
食事が終わると、リセリアが俺に言う。
「二人に部屋を案内するね」
俺とセフィリアはリセリアに付いて家の中を移動する。リセリアはとある部屋のドアの前に立ち止まって振り返った。
「イツキとセフィリアは夫婦なんだから同じ部屋でいいよね?」
「ええ、同じ部屋で問題ないわ」
リセリアの問いにしれっと答えるセフィリア。いや、問題あるだろ?
「なら、この部屋を使って」
セフィリアは、戸惑っている俺を気にも留めず、手を引いて案内された部屋に入る。部屋にはダブルサイズのベッドが一つ。
俺、セフィリアと一緒のベッドで寝るのか? セフィリアに視線を向けるが、まったく気にしていないのか涼しい顔をしている。
「ついでに、お風呂も案内するね」
次に、リセリアに風呂を案内された。個人の家にある風呂にしては大きいな。
風呂に入るなら、アイテムストレージから着替えを出さないとな……。するとアシストさんが俺に告げる。
「現在エルピスのサーバーと切断されているため、アイテムストレージは使用できません」
ああ、そうだった。「そういえば、俺達着替えを持ってない」とリセリアに伝えた。
「ガロードの服で使っていないのがあるから、それを使えばいいよ。セフィリアには私の服をあげるね! いっぱいあるから私の部屋まで来て選んで」
俺はガロードの服を貰い、セフィリアはリセリアの服を貰った。どれも新品ばかりだ。なんか悪いなぁ……。
ともあれ着替えも準備できたし、風呂に入るとするか。
脱衣所で服を脱ぎ始めたところで、セフィリアが入って来て俺にニッコリと笑いながら言う。
「一緒に入ろ?」
「や、やめておく……」
「何照れてるの? 女の子の肌なんて見慣れてるでしょ?」
「セフィリアのは見たことないよ!」
「ならこの機会にしっかり見ないとね? あの三人もスタイルいいけど、私も負けていなから確認してね」
俺は、ゴクリと生唾を飲み込む。この世界に来てからはセフィリアは俺を頻繁にからかうな……。
俺に構うことなくセフィリアはさっさと服を脱いでしまった。特に体を隠すこともなく堂々としている。セフィリアがさっさと風呂場に入って行ったので、俺も仕方なく一緒に入ることにした。
セフィリアは、前かがみになって両手で隠している俺の姿を見て、不敵に笑い「隠さなくてもいいよ。自信無いの?」と言うので仕方なく隠すのをやめる。
「お、大きいのね……。背中流してあげるからこっちに来て」
俺の身体を見るなり一瞬目を見開いて動揺したように見えたが、俺だって心臓が高鳴りっぱなしだ。
セフィリアの柔らかい手で、背中を撫でられるように洗われると気持ち良くて身震いしてしまう。俺は我慢だ、耐えろ、忍耐だ! と、ひたすらに心の中で唱え続けていた。
「次は私の背中を洗って」
俺は言われるまま、セフィリアの白く滑らかな背中を優しく洗った。セフィリアも時折身震いしながら「んっ」とか声を上げるものだから、このまま後ろから抱きしめてやろうかと何度も思った。
どうにか襲い掛からずに無事に洗い終わることが出来たので、二人並んで湯船につかる。
風呂に入り体はさっぱりしたが、セフィリアの白い肌をしっかりと見てしまい悶々としているのだった。
貰った服を着て二人で部屋に戻ってきた。部屋の中央付近に設置されている一つの大きいベッドを見て、俺はセフィリアに聞いた。
「一緒のベッドで寝るの?」
「何を意識してるの? 大きいベッドだし別にいいでしょ?」
「俺がセフィリアには襲い掛からないって思ってる?」
「前に言わなかった? イツキが迫って来ても私は拒まないって」
セフィリアは俺に微笑みかける。ああ、ヤバい。セフィリアが可愛すぎで失神しそう。
しかし、完全に遊ばれてるな。こっちに来てからやけにグイグイくるような気がする……。このままじゃ俺の理性が崩壊するのも時間の問題だ。何とかしなくては。
セフィリアはベッドの真ん中で横になり、俺はベッドの端っこに寄ってセフィリアに背を向けて瞼を閉じた。
* * *
深夜、どこからか声が聞こえてきたので目が覚めた。
ガロードとリセリアの声だ。かなり激しくお楽しみのようだ。
俺は横になったまま、セフィリアの方を見ると起きていて、俺とばっちり目が合った。
別に悪いことをしている訳でもないのに、俺は鼓動がドクンと大きく跳ね上がるのを感じる。「二人とも凄いね……」などと口走りつつ、大気の支配者の能力で、空気の振動を止めて音を遮断する膜を室内に展開する。
二人の声は聞こえなくなったが、セフィリアはジッと俺を見つめている。なんか気まずい。
「ねぇ、イツキ。私達もしない?」
セフィリアは俺に近づき手を握って囁く。俺の鼓動はさらに一段激しくなる。
「からかってるの?」
「私がイツキとしたいって言ったらどうする?」
「どうする、って……。ほら、そういうことはお互いに好きじゃないとしたらダメと言うか……」
セフィリアは俺の手を握る力を強めて、真っ直ぐに俺の目を見つめる。俺はその視線を逸らせなかった。
「私はイツキのこと、好きよ。イツキは私のことが好きじゃないの?」
「でも! 俺にはもう恋人が三人もいて……」
「そんなこと聞いてないわ。イツキは私をどう思っているの? はっきりと答えて」
「……好き」
俺の呟きに、セフィリアの口元が緩む。
「はっきり聞こえないわよ? もっと大きい声で言って」
「俺も、セフィリアが好きだ」
「ふふっ、ようやく素直に私を好きと言ったわね。だいたいイツキの態度は見え見えすぎるのよ」
「でも、俺には……」
セフィリアは俺の唇に人差し指を当てて言葉を遮る。
「前にアサカ達と反省会したときのことを覚えてる? イツキは庭に出ていてって、言われていたわね」
「ああ、覚えてる」
「その時、イツキに好きと言わせることが出来たら、恋人として認めるってあの三人と約束したのよ」
「は?」
「だから、私のことも我慢しないで可愛がってもいいんだよ」
俺の身体に覆いかぶさり、人の域を超えているのではないかと思う程の可愛さで、微笑むセフィリア。
「いや、でも……」
「だいたいねー、イツキは私の前であの三人とイチャイチャしすぎなのよ! 私一人だけお預けなんてひどいと思わないの?」
俺はセフィリアの香りと、素肌が触れ合うことで伝わる体温と感触に、理性を保とうと必死だった。
「ちょっと待って……」
「言葉とは裏腹に身体の方は、その気になっているみたいだけど?」
セフィリアのしなやかな手で握られ、俺の理性はついに崩れ去った。
「ああ、そうだよ! 俺はずっと前からセフィリアのことが大好きだった。でも、陽那と結月とアサカに悪いと思って、それを認めないようにしていたんだ!」
「抱きしめて、キスして、その先だって! 本心ではそう思っていたのに、ずっと押し殺してた!」
俺はのしかかるセフィリアを抱きしめて転がり、セフィリアの上になった。そのまま唇を重ね、夢中になってお互いの唇を擦りつけ合った。
「でも、もう我慢できない。セフィリアが悪いんだからな……」
「いいよ、イツキの好きなようにして」
セフィリアは俺の頬に手を当て艶やかに微笑む。
それから俺達は、お互いの肌の温もりに、時を忘れて溺れるのだった。
* * *
朝になり目が覚がさめた。俺の腕の中でセフィリアが微笑んでいる。ああ、ついにセフィリアと一線を越えてしまったんだな……。
「そういえばさ、できたりしないのかな?」
「ちゃんと防御フィールドの避妊設定はしてあるから問題ないわよ」
「さすがセフィリア、今からもう一回しよ」
「もう、仕方ないわね」
笑顔で応えるセフィリアの身体に、俺は手を這わそうとした。
「イツキー、まだ寝てるのかー? 朝飯の準備が出来たぞー」
ガロードの呼ぶ声に驚いて、俺達は飛び起きた。
「くそ……、ガロードめ」
「ボヤかないの。これからはいつでもしていいんだよ」
セフィリアは微笑みながら俺の頬を指でつつく。ああ、なんて可愛いんだ! このまま攫って二人きりになって一日中イチャついていたい。
今までセフィリアへの気持ちを抑え込んでいた反動か、俺の中で我慢できないほどの衝動が暴れ回っていた。
「イツキ、すごい顔になってるよ。何か良からぬことを考えてない? 夜まで我慢出来たら好きなだけさせてあげるから、今は我慢しようね」
セフィリアは幼い子供をあやすように、俺の頭を撫でる。
嫌だー、どうしても今すぐにしたいー。こんなの我慢できないよ! どうすればいいんだ!?
「鳴海陽那、桜花結月、アサカ=クレハの顔を思い浮かべれば収まると予想します」
俺の頭の中でアシストさんが三人の名前を出した瞬間、反射的に背筋が凍えるのを感じ、俺は落ち着きを取り戻すことが出来た。
俺達は乱れた服を整え、部屋を出たのだった。




