夫婦なの?
しばらく全速力で飛行し、追手がいないことを確認すると高度を下げて地面に立った。
お姫様抱っこ状態のセフィリアは、俺にしがみつくように抱き着いている。
怖かったか? まぁ、セフィリアに限ってそんなわけないとは思うが。
密着することで伝わってくる、セフィリアの体温と感触が俺の心音を高鳴らせている。
「あの……、セフィリアさん? 地上に降りたんですけど……」
「ええ、分かっているわ。せっかくイツキが恋人みたいに抱いてくれてるから堪能しようと思って」
フッと軽く笑うと、俺の腕から降りて地面に立った。
「イツキ、顔が赤いわよ? 私と密着して照れているんじゃないの?」
セフィリアは俺に顔を近づけて、不敵に笑う。俺は心臓をキュッと握られたような感じがして、つい目を逸らしてしまった。
「気のせいだよ……」
セフィリアは俺の頬に手を当てて、俺の顔を自分の方に向けた。
「そういえばさっき、この子は俺の大切な人なんだけど、って言っていたわね?」
「それは……、ルイさんにセフィリアのことは任せれてるんだから、当然大切にするよ! セフィリアに何かあったら、ルイさんに何をされるか分からないから!」
セフィリアはさらに顔を近づけて「ふーん、言い訳を必死にして。可愛いね」と微笑む。
また、からかわれているな。不覚にも動揺してしまったが誤魔化そうと話題を変えた。
「あ、アシストさん、なんか解析して分かったことある?」
「この世界は、レジーナよりも大気中の魔力やマナの密度が高いです。そのせいで、レジーナよりも強い魂力のモンスターや人物が多い可能性があります」
「転移に使用された魔法陣には、対象者と意思疎通するための翻訳魔法と、周囲のマナや魔力を集めて対象者を強化するための魔法が組み込まれていたようです。現在の柳津樹の魂力は101769、セフィリア=アーレストの魂力は93650です」
強化する魔法か。もし普通の地球人が召喚されていたなら魂力が二桁のはずだから、強化しないと召喚した意味がないもんな。
「普通の地球人があの魔法陣で召喚された場合、魂力は3万程度まで上がる量のエネルギーが流入したのを確認しました」
「3万か。あの部屋にいた騎士達より弱いくらいだな。そこから育てるつもりだったのかな? まぁ、どうでもいいけど。それにしても、俺の魂力は10万超えちゃったのか」
「超えちゃった、じゃないわよ。ブーストしないで魂力が10万超えた人間なんて、今まで聞いたことが無いわ」
セフィリアは呆れているが、自分の魂力だってほぼ10万だよね。
「アシストさん、時間の流れはどう?」
「解析にはまだ時間が掛かりますが、この世界に転移してきてから既に2時間16分経過しています。にもかかわらず、未だマスターがこの世界に転移ゲート開通して迎えに来ないことを考えると、この世界の時間の流れる速さは、レジーナよりも速い可能性が高いです」
やっぱり、すぐには帰れないのか。この世界のお金も持ってないし、俺達の格好は制服のままだ。どうしたものか……。
周囲は森林地帯。モンスターの気配もちらほらあるが、俺達を脅かすほどの強力な個体はいないようだ。
俺はさらに集中してより広範囲を探る。ここから少し離れたところで、人が魂力の高いモンスターと戦っているな。様子を見に行ってみるか。
念のため姿を消して、木々の間をすり抜けながら駆ける。しばらく走っていると、戦闘音が聞こえ戦っている人の姿が見えた。
二人が一体のモンスターと戦っている。巨大なトカゲ型のモンスターの魂力は……、6万以上あるな。この世界ではあんなのが普通にウロウロしているのだろうか?
様子を見ていると、モンスターが優勢だ。戦っている人のうち、一人は出血しており動きが鈍い。もう一人も剣技と魔法を織り交ぜて必死の形相で戦っているものの、決め手に欠けるようだ。
見殺しにしても気分が悪いので助けるか。俺がセフィリアに視線を向けると、コクリと頷いた。
モンスターが、周囲の木々を薙ぎ倒しながら太い尻尾を振り回す。叩き潰されそうになっている人の前に割り込んで、俺は障壁を展開した。
ズシン。と重いものがぶつかって発生する音が響くが、俺の障壁は何事も無かったかのように受け止める。モンスターの動きが止まったところを、俺が具現化した青い大剣を手にしたセフィリアが両断した。
モンスターが消滅したところで、戦っていた二人を見る。
塔にいた騎士たちみたいなピシッとした鎧姿ではなく、冒険者っぽいラフな格好をしている。一人は女性でまぁまぁ美人だ。服に血が滲んでいて深手を負っているようだ。両手を地について息も荒い。
もう一人は男性で、こちらもまぁまぁイケメンか? やはり怪我をしており、片膝を地につけゼェゼェと肩で息をしている。
俺は二人に治癒魔法を掛けて完治させた。二人とも俺達を見て唖然としているようだ。
「あのー、俺はイツキって言います。こっちはセフィリア。俺達、迷子というか……いろいろ困ってまして……」
セフィリアは黙って半眼で俺を見ている。俺は苦笑いを浮かべながらも、男性の方に視線を向けると男性が口を開いた。
「助けてくれてありがとう」
女性も続けて話し出す。
「私はリセリア、でこっちはガロード。あのグレイトリザードを簡単に倒すなんて強いのね」
あのモンスターって、偉大なトカゲだったのか。なぜに英語ベースなんだ? 俺の疑問に、アシストさんが回答する。
「意思疎通魔法が、自動で対象の知識内のオサレワードに変換した模様です」
クッ、俺の語彙力の問題だったのか。と、そんな事よりも色々聞きたいことがある。まずは……。
「リセリアさんと、ガロードさんはなぜこんなところで、モンスターと戦っていたんですか」
リセリアさんは微笑んで俺の問いに答える。
「呼び捨てでいいよ。私達は近にある街を拠点にして夫婦で冒険者をしているんだけど、今は城で重要な儀式があるとかで、多くの騎士が王都に赴いていて不在で……。そこにグレイトリザードが街に近づいてきたから私達だけで戦っていたの」
やっぱり冒険者だったのか……。何ともスパイシーな香りのする響きだが、ひとまず置いておこう。城の重要な儀式って、俺達を召喚した儀式だよな。
俺達の正体がばれたら、城に通報されてレハタナさんとかが捕まえにきそうだな。どうするか……。俺はセフィリアにチラリと視線を送った。
セフィリアは、表情を曇らせて話し出した。
「私達も冒険者をしているのだけど、路銀も食料も付き途方に暮れていたところなの」
ちょっと設定が雑な嘘だな。俺が生温かい視線をセフィリアに送っていると、セフィリアは目を吊り上げて威嚇してきた。
しかし、リセリアとガロードは信じてくれたみたいだ。
「ならば、しばらく俺達が面倒を見るよ。なにせ命の恩人だからな」
「受けた恩はきちんと返さないとね。さあ、早く街に戻りましょう」
リセリアが「あれに乗って帰るわよ」と指差した先には、軽バンみたいな外観の車がとめてあった。ガロードとりセリアがそれに乗り込んだので、俺とセフィリアもその車に乗り込んだ。
ガロードがハンドルを握り、何かの呪文を呟くと、スルスルと車が走り出した。この車はこの世界の魔導器か。
道なき道をしばらく走っていると、舗装された道路に出た。アスファルトやコンクリートではなさそうだが、片側一車線で整備された道路が森の中を通っている。
その道路を走っていると、時折対向車とすれ違うがそれほど数は多く無い。
また、道路と並行して線路が敷いてある。時折線路を走っていく列車の中を見ると、人が大勢乗っていたのでメインの交通手段は鉄道なのかな?
交通インフラが整備されているということは、転移ゲートや転移魔法は一般的ではなさそうだ。
俺が車内から周囲を観察していると、ガロードが俺達に話し掛けてきた。
「強力な障壁魔法と治癒魔法を使っていたが、イツキは高位のヒーラーなのか?」
「そういうわけじゃ無いけど……。この辺は、さっきのみたいな強さのモンスターがゴロゴロいるの?」
俺の問いにガロードは「まさか」と首を横に振って答える。
「レベル132のモンスターなんて、滅多にダンジョンの外には現れないよ。しかし、騎士団が不在の時に限ってあんなのが出るからな、参るよ。イツキ達が来てくれなければ倒せたかどうか……」
レベルにダンジョンか……、興味のそそられる単語が頻出するな。さすがは異世界。
「それにしても、イツキとセフィリアは息がぴったりだっわね。あなた達も夫婦なの?」
「えっ、やっ、ちが……」
リセリアの言葉に俺はなぜか異常にうろたえてしまい、言葉がうまく出せない。セフィリアは俺の腕に抱きつき、笑顔で答える。
「ま、そんなところね」
おい、堂々と嘘つくなよ……。
「ふふっ、仲良しでいいわね。あ、もちろん私たち夫婦も仲良しだよ」
そんな他愛のない話をしていると、高い壁が見えてきた。あれは街を囲っている外壁だな。車の存在に若干萎えたものの、ファンタジーの定番は外していないな、と俺は一人で勝手に頷いたのだった。




