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第2章 東へ

「東の古城へ行きたいんだが、馬車の定期便なんて出てるかなぁ」

「……東の?」

 狼退治から、1週間後。エリツィオはクリストファルトを連れて商人ギルドへ顔を出した。

「あそこは人喰い魔物が出る恐ろしい森に囲まれてる、誰も住んじゃいないさ。そんなところへ定期便などあるわけないだろ」

「デスヨネー」

 正論を返され、エリツィオは本日幾度目かの溜息をつく。

(どうやっても徒歩しかないのかな?) 

 長距離を移動するのなら馬が便利だが、個人で所有するには金がかかりすぎる。乗合馬車に頼るのがいい。

 とはいえ目的地へ近づくごとに、頼れる宛てもなくなってきた。

「それに、噂の『狼』は東の森から湧いて来たっていうんだろう。ここは森へ最も近い街だから、ますます誰も行きたがらないよ」

「ごもっとも」

 噂を流した本人は、腕を組んで深く頷いた。

 肚を決めて、長期間の野宿に耐えられる用意をするべきらしい。

 『狼』に襲われた者たちが意識を取り戻す前に、2人は街を出た。

 特に『爪』に仕立て上げた大鎚の持ち主が目覚めれば厄介だから。



   ◆



 目的地まで1ヶ月ほどかかる見通しだ。

 人々から恐れられている地域へ踏み込むことになるから、途中に宿があるとも考えにくい。

 元・宿屋の廃墟あたりで雨風を凌げるなら幸い。

 荒れ果てた街道沿いに野生の獣が飛び出したらご馳走だ。

 それ以外は、厳しい野宿を重ねることになる。やむを得ない。


 この大陸の東の果ては誰も知らないが、山脈によって線引きされた部分においての『東の果て』は、深い深い森だ。

 都市同盟の領域内ではあるが、誰も住んでいないと考えられている。

 森の奥にポツンとそびえる古城は『スピリット』の巣窟と噂され、近づく者は発狂して死に至るという。

「むかーしむかし『スピリット』を制御・転換する技術があって、『魔法』って呼ばれてたんだけど。リートの剣も、同じようなモノなのか」

 いつの世にも存在しているという『スピリット』の有効活用技術。

 それが何故、消えたのか。もしかしたら最初から無かったのか。錬金術により文明は発達したけれど、魔法に至る道筋はないのか、或いはそれもいつか発見されるのだろうか。

「僕の生まれ故郷は『魔法』を継承する国だったんだ」

 魔法を生み出す理論は解からない。

 しかし、不思議な力で、人を癒し、砂嵐から土地を守り、オアシスの水は枯れることなく、平穏な日々を送っていた。

「王家と神官一族は、特に強い『力』を継いでいる。僕は神官一族の生まれだったけれど、そっち方面に才能は無かったから軍人として生きることが早い段階で決まってた」

 エリツィオが10の年になる頃、大神官より体質について告知されたのが決定打となり、国を出て本格的に武芸の腕を磨くことになった。

 いつかは故郷へ戻り、魔法とは違う力で人々を守れるように――そう、己へ誓いを立てて。立てた。なのに。

「王女は僕より随分と年下だったけれど、大きな素質を秘めていて、将来を期待されていた。国が壊され、世界の人々から忘れられても……彼女はどこかで生きている気がしてならないんだ」

「それが旅の理由?」

 口を挟むことなく聞いていたクリストファルトが、ようやく声を発した。

「この10年、僕なりに各地を巡ってきてね。スピリットの集まる場所は、災いも多いがエネルギーを得る場合もある。魔法を操る姫なら……それに、国であるなら」

 彼女の足跡を掴む手掛かりにならないだろうか。

 祖国復興のカギはないだろうか。

 何ひとつ、保証のない旅だった。

「リートは? 『壊体屋』ってのは、どこかから依頼を受けるの? 個人の趣味?」

 自分はこれだけ話したのだから。そう言わんばかりの問いへ、少年は肩を竦めた。

「全てが俺の本意というわけじゃない、かといって抵抗がなければ壊すだけだ。この剣へ適度に餌をくれてやる必要がある」

「……餌」

「ひとの魂ひとつくらいじゃ飽き足らない大喰らいだ」

 クリストファルトは暗い眼差しで、肩からベルトで提げている鉄の塊を小突く。

「その剣のために、君は『壊体屋』をしているのか」

「……。それは考えたことが無かった。なるほど、たしかに」

 明るい日差しの下では、クリストファルトの大きな瞳は思いのほかに表情豊かに動く。

 クルリとした赤銅の瞳は好奇心に満ちていて、口調は淡々としているが口元はいつも楽しげだ。

 瞳の色に合わせた衣服のパーツの上は黒のレザーアーマーで統一されており、浮かび上がる体形はやはり少年そのもの。

 名乗られなければ、これが噂だらけの『壊体屋』だなんて誰も信じないだろう。いや、名乗られたところで信じない。

 体感、しなければ。

「魔法技術は、どうして消えてしまったんだろうな」

 ポツリと、少年がつぶやく。

「君が壊したんじゃないのかい?」

「100年や200年程度の歴史の浅い代物ではないだろ」

「ひゃく」

 いま、なにかサラッと凄いことを聞いた気がする。

「俺が壊したものの中に使い手がいたとしても、技術そのものがなくなるわけじゃない」

「……文化、ってのはそういうものだね」

 エリツィオの故郷だけが、魔法技術を継承しているわけではない。

 西の辺境部族にもいくつかあるらしいと聞いている。

 そもそもが、なぜ魔法技術が表向きには途絶え、継承者しか扱えないのか。その技術が拡大することはないのか。

「『この世界は、かつて神の怒りに触れて崩壊し』……ってヤツなのかな」

 民間の噂、各種宗教の聖典にあるように。

 大陸の歴史は、帝国成立以来の『帝国歴』を用いて語られることが多いが、もちろん大陸自体は更に古くから存在している。

「壊れたという記憶は、誰のものだろうな」

「記憶っていうか、文明にそぐわない『遺跡』の存在から推察された考えなんだろ? 君の剣に浮かび上がったのも古代文字だろ」

「アンタ、読めるのか」

「単語なら、少しだけ。意味はわからない」

「使えない奴だ」

「言うに事欠いて……君ねぇ」

 急ぐに越したことはないが、何かに追われているわけでもない旅路。

 語れることは多くない互いの身の上話や街の噂話が途切れれば、自然と無言の時間も生まれる。

 それもまあ、悪くはない。


「……」

「……ねぇ、リート」

「街に、あんな女がいたか?」

 振り返らないまま、2人は言葉を交わす。

 女――そう、女だ。

 陽炎のように揺らめく何かが、ずっと後ろを付いてきている。

 足音を立てず、影を作らず、ただ、そこの空気がユラユラと揺れている。

 『スピリット』か、と構えたのはクリストファルトが先だったが、干渉を受けないエリツィオも認識していたと知り、別種だと判断する。

 残留思念の塊ではなく確かに存在する不可視のモノ。

(これが『魔法』か)

 姿を隠しながらも、悪意を隠すつもりはないらしい。クリストファルトへ向けられたそれは、茨の棘のように細やかに突き刺さり続けている。

(俺が『壊体屋』と知った上でか。あるいは『狼』に喰われた者の家族か?)

 あの街に、魔法の使い手がいたのだろうか。

 エリツィオの話を聞く限り、『魔法』は部族単位で保護され隠されているらしい。

 が、もし――その部族が、なくなったのだとしたら。生き残りは、他の土地で生きるしかない。

(解体した国の……?)

 安直な点繋ぎだが、ならばそれはエリツィオの知人ということになるまいか。

 だとしたら……


「ひゃっほぉおおおおおう!!!」


 後方に気を取られ、周囲全体の警戒が薄れていた。

 前方より接近するゴキゲンな叫びが馬の足音と共に響いてくる。

「盗賊かっ」

 馬を駆る賊は、騎士か傭兵崩れと相場が決まっている。なまじっか武芸の心得もあるだけに面倒だ。

「収穫帰りのようだ、放っておけ」

「!? なおさら放置はできないだろっ」

 エリツィオは街道の端へ下がる同行者へ振り返る。

「俺は加減ができない。下手な噂を生みたくない。やるならアンタひとりでドウゾだ」

「あー、あー……デスネ」

 『狼退治』で一攫千金を得たというのに、ウソでしたなんて痕跡を残すのはマズイ。

 青年は街で買い求めた武器のひとつ、小ぶりの弓を取り出す。

 緩やかな坂になっている街道を登ってくる、馬の頭が覗く。

 キリリと引いた弦を、そのタイミングで放った。矢は馬の胸元へ刺さり、先頭の一頭が悲鳴を上げて前足を高々と上げる。賊が振り落とされた。

「全部で5人だ」

「へぇへぇ」

 盗賊団の情報は街で聞かなかったが、それは今まで雇用していた傭兵たちの仕事だったからだろう。

 担う傭兵が居ない現在、知るすべもなかった。

 2、3……文字通り矢継ぎ早に落としていく。

 あの馬を生け捕りに出来たら移動も楽になるのだが、悠長なことは言っていられない。

 彼らの『収穫』とはなんなのか、それは自分たちにも利するものなのか……

「女の子!!?」

 最後尾を行く賊が、小脇に少女を抱えていた。着衣を乱され、白銀の髪の隙間から色白の肩がむき出しになっている。

「リート! さすがに拾い上げるくらいはできるだろ!」

「指図をするな」

「拾い上げて下さいお願いします」

「今夜の干し肉、俺の分は倍にしろ」

「おのれ育ち盛り」

 仲間を倒され、激高した盗賊騎士が速度を上げて迫ってきている。

 投擲された小斧を避け、エリツィオは立ち位置を変えながら狙いを定める。

 馬が暴れ賊が振り落とされた時、リートが少女を助けやすいよう計算する。

 血は流れていないから、殺されてはいないハズ。

 下衆な輩は、その場でオタノシミして捨てることもあるだろうに、持ち帰るのなら彼女の命を奪わない理由があるのだろう。

 ならば。


(……今!)

「走れ、エリツィオ!!」


 エリツィオが矢を放つと同時に、クリストファルトが叫んだ。

 矢は馬上の男に命中し、ずるりと落ちた。

 力を失った腕から少女が解放される。

 クリストファルトが舌打ちしながら、彼女を救出する。

 それを見届け、エリツィオは――背後から襲い来る熱波に押しやられ、宙へ飛んだ。



(魔法!!)

 背を焼かれ、地に叩きつけられた肩の痛みを感じながらも、エリツィオの思考は唐突な爆発に向けられていた。

「おい! 大丈夫か!!」

「君は、その子を連れて先に行け! 半日先に廃墟の宿屋がある。そこで合流だ!!」

「おまえは」

「魔法術者に用がある」

「メシは」

「えええええい、もってけドロボウ!!」

 武器以外の荷物の入った袋を投げつけ、エリツィオは立ち上がると同時に爆心地へと駆けて行った。



   ◆



 揺らぐ空気に、黒いものが混ざり始める。女の衣服だ。

 爆炎の魔法を使用した反動で、姿を消す術に綻びが出ている。

 体の痛みを忘れ、エリツィオは術者を追った。投げナイフで足止めすることは可能だが、それはしなかった。

 それまで男2人の旅へ付かず離れずの距離を保ち続けただけあり、女は身体能力も悪くないらしい。足が速い。

 追いつけそうで、追いつけない。

 術の綻びは次第に広がり、豊かなボディラインがはっきりとわかる黒装束に、波打つ金の髪まで見えたところでエリツィオは反射的に叫んだ。


「――姫!!」


 女の足が止まる。歪んだ空気が正常に戻る。

 顎のラインで切りそろえられた金髪が風に揺れ、宝石のようなグリーンアイだけが動くことなく青年を見つめ返した。

 20歳手前であろう、美しい娘だった。

 確信を抱き、エリツィオはその場に膝をつく。

「ずっと、貴女を捜していました。アルフォンの子・エリツィオです。……僕のことをお忘れですか」

「誰? あなたに用はないの」

 赤い唇が、氷のように冷たい言葉を紡ぐ。

「僕に用が無いのなら、狙いは彼ですか? 貴女にとって、彼は」

「あなたに用はない。わたくしから何も教えることはないわ。ここまで付いてきた実力は認めてあげる。だけど、それだけ」

 細い指が、ツイと青年へ向けられる。

 パシュッと小さな音をたて、指先から針のような氷が飛ばされた。

「あなたは勘違いをしているわね。わたくしの名はファティア、『姫』などではないわ」

 氷の針を叩き落そうとしたエリツィオの手の甲に、針は深々と刺さり融解した。体内へ浸透し、深い眠りへと彼を落とし込む。

 倒れ込んだ青年の身体へ、音無く雨が、降り始めていた。



   ◆



 少女は衣服の殆どを乱雑に裂かれていたが、肌には傷1つなかった。

 確認を終えて、発育途上の少女の柔肌へクリストファルトは毛布を掛けてやる。

 銀髪の少女は、今も眠りに就いたまま。目を開ける気配はもちろん、うめき声も身じろぎもしない。

 精巧な人形ではないかとすら考えたが、胸へ直に触れれば心音はしているし、体温もある。

 襲われた精神的ショックで気を失ったままなのだろう。


 エリツィオが言ったとおり街道を進んだ先には廃屋があり、かび臭いがベッドもある。

 少女が目を覚ましたら混乱するだろうが、盗賊のアジトよりはマシであろう。

「遅いな」

 自分たちを襲った相手を深追いするなど。しかも手負いの身で。

 あのまま返り討ちに遭っただろうか。有りうる。

 クリストファルトは魔法に関する知識は乏しいものの、生半可な術者ではないことくらいわかる。

(アイツの関係者だとしたら追うのは妥当だし、そこで何が起きたって関わりようがない)

 食料も路銀も、投げ渡された荷物の中にある。クリストファルトが旅路で困ることはない。

 窓辺へ立ち細かな雨を眺めながら、少年は同行者の到着を待った。

(南の……魔法部族、砂の国、か)

 壊したら、全ては消えるのだと思っていた。

 今までのモノがそうであったように。

 クリストファルトがそうだった、ように。


 ――りーと


 昔、昔の話だ。

 エリツィオと同じように、彼を呼ぶ声があった。

 やくそく。ずっといっしょ。

 やわらかな、あまい乙女の声。繋いだ手のひらの温度。

 クリストファルトが、忘れたことはない。

 その記憶も、有するのは今は自分ひとりだけ。

 あらゆるものを壊し、解体し、そこに宿るスピリットを吸収する『破壊の剣』。

 その使役者にクリストファルトを望んだのが彼女であるということも、今は自分しか知らない。

 仕方がないと、受け入れていた。そういうものである、と。

 だけど、もし……

 もし、覚えていてくれる誰かが居たのなら。

 嬉しくない、わけがない。

 自分たちを襲った魔法術者がエリツィオが探していた『王女』だったら……彼の旅の目的は終わる。

 否。

 術者は襲ってきた。砂の国の王女だとしたら、狙いはクリストファルトだろう。

 2人が手に手を取って、ここを襲撃する可能性もある。そちらの方が大きい。

 少年は、壁際のベッドで眠る少女へ視線を流す。相変わらず、起きる気配はない。

 巻き添えにするのは忍びない。

 クリストファルトにはクリストファルトの旅の目的があり、それはエリツィオに無関係の事だ。

 当たり前のように青年の到着を待っていたことにこそ驚きを覚え、クリストファルトは出立の用意を整えた。

 少女の傍らに少しの水と食料を置いて。




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