処刑されたくない悪役令嬢はヒロインと仲良くなりたいのに、どうして涙目で逃げていくんですか!?
ザッ、ザザッ!
『ミーア=スフィアローズ公爵令嬢っ。貴様との婚約は破棄させてもらう!!』
夢だと断言できる光景でした。
足元はふわふわしていて、周囲はざわざわと揺らめき不透明ですが、かろうじてどこかのパーティー会場のような気がします。
ザザザッ、ザザジジッ!!
『貴様がフォトンにしてきた嫌がらせの数々、第一王子にして未来の覇王である俺様が知らぬとでも思ったか!!』
殺意に満ちた目でわたくしを睨む殿下が叫んでいます。
ぶつ切りに、『いつものように』垂れ流すだけですので詳細まではわかりません。
ですけど、これは……なんだか雲行きが怪しくありません?
ザザ、ザザザッ、ザザザザザザッ!!
『貴様に代わってフォトンを俺様の婚約者とする』
ザザザザザザザザザザザザッ!!
『貴様のような悪女が一時のこととはいえ俺様の婚約者であったなどと不愉快極まりない!! せめて俺様の手で殺処分されることで、その身が犯した不敬の償いとせよ!!』
いや本当、雲行きが怪しいなんて言っている場合じゃないんですけどっ。あの、殿下? どうしてわたくしに向かって剣を振りかぶっているんですか!?
さ、流石に、そんな、殺すなんて、いくら無茶苦茶な殿下でも、ねえ?
ザザザザザザッ!! ザジッ、ザザザザ!!
『さらばだ、悪女』
夢、だからでしょうか。
わたくしの首が斬り飛ばされ、床に転がっていく光景まで見ることができました。
ーーー☆ーーー
「いやあああああ!! こーろーさーれーまーしーたーっ!!」
ベッドから跳ね起きたわたくしはそのまま床に転がり落ちていました。
い、痛いです……。
「うう。夢から帰って、きたんですね」
見慣れた天井、もふもふのぬいぐるみが溢れたわたくしの部屋。そうです、ここはもう夢の中ではありません。現実に帰ってきたんです。
「ですが、あの夢は『未来』です。何の対策もしなければ必ずや訪れる最悪の『未来』なんです」
属性を操る後天的な技術である魔法と違い、先天的に授かる奇跡であるスキル。
選ばれた血筋の持ち主の中でも限られた者しか授かることがない、という性質上、スキルは高位貴族のステータスの一つとされています。
わたくしのスキルは予知夢……のはずです。スキルの能力の詳細を調べる方法はなく、手探りで解明していく必要があるので断言はできませんが、これまでの経験上あの夢が未来に起こることを予言しているのは確かですから予知夢と考えていいと思います。
そうです、あれがわたくしの未来なんですよねえ。
「死ぬ、殺されます。このままだとわたくし、婚約者である殿下に殺されてしまうんですっ!!」
どうにか、どうにかしないといけませんっ。ですが、どうやって?
殿下はまさしく苛烈という言葉にふさわしい人物です。わたくしのことなんて世継ぎを残すために適切な血筋の者としか見ていません。殿下がわたくしに求めるのは子作りの能力だけ。それ以外で関与しようとすれば、即座に罵声が飛んできます。はっきり言って、殿下をどうこうしてあの最悪の未来を回避しようなんていうのは不可能でしょう。
と、なれば。
「フォトンさんといえば例の平民ですよね」
フォトンさんに嫌がらせをした、というのがわたくしが殺された理由です。いやいかに王族の権力が高いとはいえあそこまで問答無用に殺されるほどの嫌がらせってなんだとは思いますし、さらっと殿下がフォトンさんとの婚約を宣言していたのが気になりますが、そういう未来が待っているんですから仕方ありません!
フォトンさん。
彼女への嫌がらせがわたくしの処刑の原因だというのならば!!
「フォトンさんと仲良くなり、わたくしが嫌がらせなどするはずないと思わせること。そうすれば最悪の未来を回避できるはずです!!」
わたくしの経験上、未来に繋がる原因から逃げても事態は悪化するだけです。未来を変えたいならば、積極的に原因に立ち向かう必要があるんです。
フォトンさんに関わらないようにしたって、どこかで『繋がって』しまうんです。そうなってから行動したって手遅れなんですっ。
今、この瞬間から。
積極的に行動しないといけないんです!!
「待っていることです、フォトンさん。わたくしと、絶対に! 仲良くなってもらいますわよーっ!!」
ーーー☆ーーー
「ひい! ごっごめんなさーい!!」
ずたたーっ!! とそれはもう見事な逃げ足でした。明るい髪色をした愛らしい少女、そうです、涙目のフォトンさんがわたくしから逃げているんです。
これ、完全に怯えられていますよね?
「あ、あれー? どうしてこうなったんですか!?」
ーーー☆ーーー
私、フォトンは平穏無事に学園を卒業することを目標に掲げていた。
だってさあっ! ちっとばっか魔法の才能に優れていて、高貴な血筋の人でも少数しか使えないはずのスキルが使えるだけでこんな貴族だらけの学園に特待生枠でぶち込まれたんだよ? もうかんっぜんに浮いているっ。平民ごときが生意気なんだよって嫌がらせがあったって不思議じゃない!
面倒ごとに巻き込まれるなんてごめんだよ。
私は普通に働いて、普通に誰かを好きになって、普通に家庭を築いて、普通に子供や孫に囲まれて、普通に生きて死にたいんだから!!
スキルという高貴な血筋の中でも少数しか持ち合わせていない力、そして特待生枠。立ち回りによっては平民では手に入らない『大きなもの』を得られるのかもしれないけど、そんなものに興味はない。
私は! 普通に生きていけるならそれだけで幸せなんだからあっ!!
だから。
だから。
だから。
「貴女がフォトンさんですわね?」
その声に、私は振り返る。
そこに彼女が立っていた。
腰まで伸びた金髪がキラキラと輝いていて、凍えるほど鋭利な碧眼が私を真っ直ぐに見据えていて、見るからに高そうな真紅のドレスを自然に纏う同年代の少女。
同性でもつい見惚れてしまうほどの美の極致。
つまりは、
「ミーア、様……ッ!?」
「あら、わたくしのことをご存知なのですか」
「それはもう、はい」
知らないわけないじゃない。
ミーア=スフィアローズ公爵令嬢。公爵令嬢ってだけでも身分の違いが半端ないってのに、暴君と有名な現国王が霞むほどに悪い意味で有名な第一王子の婚約者。
絶対に、何があっても近づくものかと決めていた貴族の一人なのよ。そんな危険人物が何だって私なんかに声をかけてくるのよ!?
「それは嬉しいですわね。あ、そうそう。フォトンさん。貴女のことは調べさせてもらいました」
……、は?
「平民ながらに魔法の才に優れ、魔法を無効化するスキルまでも会得しているのだとか。わたくしの一つ下の学年ですので直接比べられることはありませんでしたが、魔法学の実技だけに限れば全科目で常に一位のわたくしよりも優れているとさえ評されているようですわね?」
はぁぁっ!?
いや、いやいやっ。確かに魔法学の実技は貴族共に舐められないようにと本気で取り組んでいたけど、なんで、そんな、そのせいで公爵令嬢に目をつけられるなら意味ないじゃんっ。
やらかした。ああもうかんっぜんにやらかしたよう!!
「ええ、ええ、平民ながらに本当に素晴らしいことですわ」
平民のくせにってヤツだよ。
わざわざ全科目で常に一位だったって教えてきた上で私のほうが優れていると評されていると付け加えるだなんて、こんなの貴族特有の遠回しなアレじゃん。
やばいやばいやばい!!
なんかもうすっごく冷たい目で私のことを見据えちゃっているよう!!
「そんなフォトンさんにお願いがあるのですが」
「ひっ」
「わたくしに魔法を教えてはくれませんか?」
「ひい! ごっごめんなさーい!!」
気がついた時にはその場から走って逃げていた。魔法を教えてだって? まさかプライドの塊みたいな貴族が言葉通りに教えを請うているわけないし、魔法の練習中の不慮の事故ってことで殺処分されても不思議じゃないって!!
貴族は平民を殺しても罪には問われない。そんな風に国家そのものが回るよう調整されているんだから。
普通に生きて死ぬ。
こんな世界で平民が目指すには大層な夢かもしれない。だけど、それでも! 私は普通に幸せになってやるんだからあ!!
ーーー☆ーーー
「あ、あれー? どうしてこうなったんですか!?」
魔法学の実技だけとはいえ、どんな科目でも常に一位だったわたくしよりも優れている学園創設以来の天才にして異端児たるフォトンさん。
彼女と仲良くなるためのきっかけという側面もありますが、調べていく内に素直に凄いと思ったので魔法を教えてもらいたかっただけですのに、どうして涙目で逃げていくんですか!?
「このままではわたくしは処刑されて……いえ、まだですわっ。何が何でも、絶対に! 仲良しになってもらいますわよフォトンさん!!」
そうと決まれば行動あるのみ、ですわ!!
ーーー☆ーーー
これまでの私の学園生活は良くも悪くも空虚だった。貴族としても平民ながらに魔法はおろか高位貴族の代名詞だったスキルさえも会得している異端児の扱いに困っていたっぽいからね。遠巻きに見ているだけで、積極的に関わってこようとする貴族はいなかった。
だけど、それはこれまでのこと。
安全で、だけど空虚だった日常は一変していた。
「フォトンさん。少々よろしくて?」
「よろしくないよ! ……じゃなくて、ないです!! さようなら!!」
だっ!! と全力で逃げる私に高そうなドレスを靡かせながらそれはもう綺麗なフォームで追いかけてくる令嬢が一人。
まあつまりはミーア=スフィアローズ公爵令嬢よね。凍えるような冷たい目はそのままに、絶世の美女が表情を変えずに追いかけてくる様はシュール以外の何物でもなかった。
「うわあーん! どうして私に構うんだよっ、ですよお!!」
「フォトンさんだからですわ」
くそう!! そんなに高位貴族の代名詞たるスキルを平民ごときが会得しているのが気に食わないわけ? 別に私だって好きで魔法を無効化するスキルを手に入れたわけじゃないのに! 生まれた頃からなぜか使えるだけで、普通の日常を送りたい私にとっては邪魔以外の何物でもないってのにさあ!!
「手に入れてやる……」
幸か不幸か、私には高位貴族の代名詞たるスキルがある。いかに公爵令嬢といってもスキル持ちの上に特待生枠の私を単なる平民のようにあからさまに排除することは難しいらしく、魔法を教えてだの一緒に食事をしようだの買い物に付き合ってだの『建前』を用意している。
つまり、『建前』に乗っかることがなければ不慮の事故と体裁を整えた殺しの魔の手を回避できる。
逆に言えば、一度『建前』に乗っかってしまえばそこで終わり。公爵家が誇る暴力によって不慮の事故扱いで殺処分されるのよ。
「私はぁっ! 普通を手に入れてやるんだからあ!!」
高位貴族の代名詞であるスキルなんて知ったことじゃない。
凄まじい権力も財力も暴力だって望まない。普通に、ただただありふれた人間らしく生きて死ぬことができればそれで十分なのよ。
だから私のことは放っておいてよミーア=スフィアローズ公爵令嬢!!
「随分と騒々しいな」
真正面。
立ち塞がるように出てきたのは──
「殿下……ッ!?」
まさかの第一王子だよっ。
暴君と有名な現国王よりもなお苛烈なクソ野郎。第一王子が政治に関与する前までは建前上は法は万人に平等とされていた。まあ貴族相手だと忖度だらけではあったけど、取り繕わないといけないくらいの一線はあった。
このクソ野郎が台頭してからはそんな一線さえもなくなった。
万人に平等なはずの法は貴族優位となっていき、果ては平民を殺害しても貴族にはお咎めなしと法的に定めるまでに至ってしまった。
暴君の息子にしていずれ覇王と君臨するだなんて公言している苛烈極まるクソ野郎。それがこの国の第一王子って奴なのよ。
こんな奴でも半ば実権を握っていて、しかも万物消去だなんてチートにもほどがあるスキルの持ち主。つまりは逆らえば即殺害間違いなしってこと。
そんな奴と関わりなんて持ってもロクなことにはならないってのに、くそう!! どんどん普通とはかけ離れていくよお!!
いや、いやいや! まだよ、諦めたらそこで終わり。今はまだ顔を合わせただけ。この場をうまく切り抜けて、第一王子の記憶に残らなければ『これから』の接点だってなくなるはず。
正でも負でもダメ。
まったくの無関心で素通りされるように立ち回ってやる!!
「貴様はフォトンといったか」
「え、あ、はいっ」
「確か魔法を無効化するスキルを持つ平民だったよな」
しばし考え。
そして第一王子は無感動にこう言った。
「まあ不愉快なことに変わりはない。というわけで死んでおけ」
瞬間。
禍々しい漆黒の閃光──そう、噂の万物消去のスキル──が私めがけて襲いかかった。
「……ッッッ!?」
死んだと、思った。
万物消去のスキルは魔法でどうこうなる力でないのは一目瞭然だったし、私のスキルは魔法を無効化するためにしか使ったことはなかったから。
だけど、感じたのは肌を引き裂く鋭い痛み。万物消去、ありとあらゆる存在を文字通り消し去る力を受けては痛みを感じる暇もないはずなのに。
「え……?」
仰向けだった。
押し倒されていた。
誰に?
こんなにも綺麗な女の人はこの世に一人しかいない。
つまりはミーア=スフィアローズ公爵令嬢。
彼女は私を助けるために飛び込んで、今まさに私を押し倒していた。運良く万物消去のスキルを回避できたから良かったものを、最悪二人仲良く消し飛んでもおかしくなかったのによ。
「ミーア=スフィアローズか。どういうつもりだ? 俺様は不愉快と断じた。ゆえに騒々しさの原因は処分されるべきだ。それとも俺様の決定に逆らう気か?」
「殿下のお気持ちは痛いほど理解しています。しかし、此度の『騒々しさ』の原因は彼女一人にあらず。わたくしも原因の一人なれば、わたくしもまた罰せられるべきかと」
「よく言う。この程度で自分は処分されないと考えてのことであるくせに」
何が狙いだ? と第一王子は問う。
対してミーア=スフィアローズ公爵令嬢はあの苛烈極まる第一王子を真っ向から見据えて、こう言い放ったのよ。
「わたくしは彼女に魔法を教えてもらいたいのです。それこそはしたなくも追いかけ回してでも。それだけの価値が彼女にはあると考えての行動でございます」
「……、ふん。くだらない言い訳だな。この俺様に隠し事をするなど万死に値するが、貴様の血筋を考慮して今回だけは見逃してやろう。次はないと知れ」
その言葉と共に第一王子は去っていった。
完全に姿が消えたことを確認したミーア=スフィアローズ公爵令嬢もまたゆっくりと立ち上がる。
「申し訳ありません。わたくしのせいで迷惑をかけてしまいましたね」
「いや、その、別に。貴女のせいってわけじゃないよ。……です」
「そうですか。そうおっしゃっていただけるのなら幸いです」
そう言って、ミーア=スフィアローズ公爵令嬢もまたこの場から去っていった。
──思えば彼女は追いかけてはきても強要はしてこなかったよね。
第一王子の苛烈さは突き抜けているにしても、平民相手に貴族が『お願い』で留めているだなんてありえないことなんだし。
それに、助けてくれた。
いやまあ我ながら単純だけどさ、案外悪い人じゃないのかもしれない。
それはともかく、もう追いかけ回してこないようお願いしないとね。今回のような展開はごめんだしね!!
そうと決まればと私はミーア=スフィアローズ公爵令嬢を追いかけるように走り出した。何事も早いに越したことはないしね!
ーーー☆ーーー
「こっこわっ、怖かったですわぁっ!! わたくしったら何をやっているんですか自殺行為にもほどがありますわぁっ!!」
殿下、まったく、何なんですか、もう!! 普通騒々しいからって殺しにきます? 暴君にも程がありますっ。
しかし、はぁ。
わたくしも半端者ですね。
あのままフォトンさんが殺されていればあの最悪の未来を回避できたのでしょうが、考える前に身体が動いていました。
……貴族であれば平民を殺しても無罪である、というふざけた法を筆頭に殿下の横暴は国中に伝播しているとわかっていて、それでも何もできないわたくしが今更何をという話なのですが。
「ですが、それでも……フォトンさんが殺されずに済んでよかった、それが本音なのですから仕方ありませんわね」
ぶるっ、と今更のように震えが走ります。
恐怖に足元が揺らぐ心地がします。
誰もいない校舎裏まで移動したわたくしはずるずると崩れ落ちるように地面に座り込んでいました。
あの時はもう無我夢中でしたので何とか我慢できていましたが、こうしてひと段落ついた途端に恐怖が追いついてきたんです。
ほとんど賭けでした。
普通にフォトンさん諸共殺されていてもおかしくはありませんでした。
スフィアローズ公爵令嬢という価値を全面に出して、それでも『だからどうした』と断じる可能性だって十分あるのが第一王子という怪物なのですから。
次はない、と第一王子は断言しました。
フォトンさんが関わっていようがなかろうが、どのような小さいことであれ殿下に逆らえば『次』は問答無用で処分されるということです。
ですから、早く!
あの夢のように処刑されないようフォトンさんと仲良くならないといけないんです!!
ーーー☆ーーー
それを、フォトンは耳にしていた。
『こっこわっ、怖かったですわぁっ!! わたくしったら何をやっているんですか自殺行為にもほどがありますわぁっ!!』
凛々しく、格好いい令嬢が年頃の女の子のように泣き叫ぶのを。
そして。
『ですが、それでも……フォトンさんが殺されずに済んでよかった、それが本音なのですから仕方ありませんわね』
むき出しの、彼女の想いを。
「はぁ。参ったわね。もっと高位貴族らしく偉そうにしてくれれば遠慮なく突っぱねられるってのにさ」
もしかしたら。
フォトンが考えているような物騒な目的あって近づいてきているのではないのかもしれない、と考えてしまっていた。
「本当、参ったわね」
ーーー☆ーーー
「フォトンさん、魔法を教えてくださいませんか?」
「いいわよ」
「…………、へ?」
ぽかんと口を開いていた。
あの絶世の美女が呆気に取られていたのよ。
どうせいつものように断られると思っていたんだろう。うん、あのミーア=スフィアローズ公爵令嬢のこんな顔が見られるなら賭けに出ても良かったかもね。
──私の見立てが間違っていて、全部が全部演技だったってなれば不慮の事故扱いで殺処分される。普通を望むのならば『とりあえず』拒否しておくのが安全ってものよ。
だけど私は賭けに出た。
実は危険な相手ではないかもって程度ならわざわざ危険を犯すことなく安全策として逃避を選んでおけばいいものを、なんでなんだろう?
多分。
あのむき出しのミーア様を見たからかもしれないんだけど、その辺をうまく言語化できそうにはなかった。
「う、うう」
「ミーア様?」
「やったですわぁっ!! ありがとうございますフォトンさぁん!!」
「わ、わわっ!?」
勢いよく、だった。
あのミーア=スフィアローズ公爵令嬢が突っ込んできたかと思えば、私のことを抱きしめ、ん、んん!?
なんで、こんな、はぁ!?
頬が熱い。
なんかドキドキする。
美人はずるい、ずるすぎる!!
「で、でもさ、なんで私なの? 公爵家の力があれば私なんかに頼らずとも魔法の腕を高める手段はいくらだって用意できただろうに」
「かもしれませんわね。そもそも魔法を教えてほしいというのは単なる『建前』ですから」
『建前』という単語に私が心臓を跳ね上げているのに気付いていないのか、気付いていて無視しているのか、ミーア=スフィアローズ公爵令嬢は言う。
「正直に言えば魔法を教えてもらうのではなく食事でも買い物でもちょっと散歩をするだけでもいいんです。フォトンさんと一緒に何かをできるのならばそれだけで十分なのです」
なぜなら、と。
耳元に口を寄せて、同性であっても見惚れるのが当然のミーア=スフィアローズ公爵令嬢は甘い吐息と共にこう続けたのよ。
「仲良くなるためのきっかけとなるなら何だってよろしいのですから」
「……っ。な、仲良くって、なんで私なんかと」
「……? フォトンさんだからこそ仲良くなりたいと望むのですわよ?」
ああもうっ。
本当なんなのよう!!
訳がわからない。
見えてこない。
平民のくせに高位貴族の品格を示す指標の一つであるスキルを持っていることが許せず、秘密裏に殺処分するっていうなら『らしい』。私が知っている貴族ってのはそんなものだから。
だけど、違う。
嘘を言っているようには見えない。本気で、ただただ私と仲良くなることが目的であるとしか思えない。
困る。
それなのに、嬉しくも思っちゃっている。
本当私ってばどうしちゃったのよ!?
ーーー☆ーーー
結論を言えば不穏な何かなど何もなかった。
魔法を教えてってのは言葉通りの意味で、不慮の事故なんて起きることはなかった。
いや、でも何もなかったってのはちょっと違うかも。
いきなり抱きついてきた時もそうだけど、もう純粋に距離が近い!! すぐに肩が触れ合うし、吐息が耳をくすぐってくるし、何かといえば触ってきて、もう、もうもう!!
全体的に距離が近すぎる!!
何? 貴族ってそんな感じなの???
「フォトンさんっ。もういらっしゃっていたのですね。申し訳ありません、お待ちしましたか?」
「いやいや。ミーア様は待ち合わせ時間ちょうどに来たんだから謝ることないって。私がちょっと早く来すぎただけなんだし」
王都の大通りが交差する噴水がある広場で私はミーア=スフィアローズ公爵令嬢にそう答えていた。
そう、私のような平民が公爵令嬢と学園の外で待ち合わせをしていたのよ。
魔法を教えてもらうのではなく食事でも買い物でもちょっと散歩をするだけでもいい、と彼女は言っていた。その言葉の通りに魔法を教えたその日に休日一緒に遊びませんか? というお誘いを受けた。
高位貴族と関わったってろくなことはない。
わかっていて、それでも断らなかったのはなんでなんだろう?
しかもろくに眠れず、結局待ち合わせの一時間前には待ち合わせ場所に来ている始末。本当何をやっているんだか。
「それでは、フォトンさんっ。……これからどうしましょう?」
「あれっ、何か予定があったんじゃないの!?」
「その、フォトンさんと何かしたいと思っていただけで具体的な予定までは考えていなくて……えへへ、困っちゃいましたね」
照れ隠しの笑みに頭がくらっとする。
私は何かを振り払うように首を横に振って、誤魔化すように口を開いていた。
「それじゃあ、とりあえずその辺歩こっか?」
ーーー☆ーーー
はっきり言うとわたくしには友と呼べる相手はいません。
スフィアローズ公爵令嬢という価値に対して媚を売るか、敵対するか。周囲にはその二つしかいませんでしたから。
両親からして女であるならより良い男と結びつき、家の勢力を増すための道具として女を磨けなんて言葉をかけられた記憶しかないくらいですしね。
わたくしには誰かと仲良くなる方法というのがわかりません。そもそもわたくし個人を見てくれる人などおらず、誰も彼もがスフィアローズ公爵令嬢という価値にしか興味がなかったんですから。
フォトンさんはスフィアローズ公爵令嬢という価値には見向きもしないどころか、逃げ出す始末。となればそれ以外の何かでもって仲良くなるしかありません。
というわけでして。
仲良くなる方法がわからないならば調べればいいと、わたくしは一冊の本を購入しました。
『気になるあの子との距離を縮める超絶指南目録』。この本によると何はともあれ気になるあの子と二人きりで『何か』をすることが大事であり、その『何か』の間にさりげなく近づいたり、相手の身体に触れることで自分を意識させるべきらしいです。
魔法を教えてもらっていた間にも実践しましたが、やはり一度では足りないでしょう。フォトンさんにわたくしを意識してもらい、距離を縮めて、そして仲良くなるためにも頑張っていきましょう!!
「フォトンさん」
「う、わっ……な、なんっなんで手を繋いで、なんで!?」
「繋ぎたかったからですわ。フォトンさんが嫌だとおっしゃるなら離しますが」
「その、それは……べっ別に嫌ってわけじゃないけど」
「それはよかったですわ」
ええと、確かあの本では──
「わっひゅう!? な、なななっ、繋ぎ方っ、そんな、なんで指を絡めて!?」
「嫌ですか?」
「い、嫌ってわけじゃないけどっ」
「それならこのままでお願いします」
「う、うん」
「フォトンさん。これなどフォトンさんに似合うと思うのですが」
「なにこのひらひらしたの。私にこんな可愛いの似合わないって!」
「……? フォトンさんは可愛らしいですわよ」
「ばっ! 真顔で何馬鹿なことを言い出しているのよ!?」
「わたくしは馬鹿にしたつもりはありません。本気で、心の底からの本音を口にしただけですわ」
「う、ううっ」
「というわけで、ささっ。絶対に似合いますので、こちらを着てみてくださいな!!」
「ああもう! わかったわよっ。着ればいいんでしょ着ればあ!!」
「はいあーん」
「ぶふっ!? なん、なに、はぁ!?」
「ですから、あーんですわ」
「いや、だって、こんな、周りに人がいるしさ!」
「そんなの気にする必要ありませんわよ。ですから、さあ」
「わかった、わかったからっ。だからそんなに顔を近づけないでよ!! ドキドキするから!!」
「それでは、あーん」
「あ、あーん」
「お味はどうですか?」
「は、はは。味なんかわかるわけないじゃん!!」
本で得た知識を活用して距離を縮めるという目的はあったかもしれない。
ですけど、それ以上に胸が温かくなる心地がしていました。
ええ、ええ、こんなにも楽しいと感じたのは今日が初めてでしたから。
ーーー☆ーーー
わーけーがーわからないっ!!
なんなの? なんであんなに距離が近いの!?
お陰で心乱されてばっかりだよっ。
ここまできて不慮の事故で私を殺処分するだのなんだのと考える気はない。ないんだけど、じゃあどういうことなんだって話だよねっ。
ミーア様に褒められたからってひらひらした可愛らしい服を着ちゃっているし、昨日なんて公爵令嬢を平凡な平民の家に招いてお泊まり会だったしね。なんでこうなった!?
「なんなんだよう」
と、私がそう呟いた時だった。
目の前から滲み出るように『それ』は現れた。
「ッ!?」
人の形をしてはいるけど、全身を黒衣で覆っている上に目元などの微かに覗く箇所までも深い闇で覆われて人間であるかどうかからして識別不能な『それ』。
そいつはざらざらと不快な音を掛け合わせて人の言葉に集約していく。
『分岐点はすぐそこよ』
「は?」
『選択は二つに一つ。大陸を征服する「魔王」の伴侶として贅を尽くした日々を選ぶか、たった一人を助けるために輝く未来を捨てるか。王族主催のパーティーにてスフィアローズさんの末裔を見殺しとするかそれとも救うか、後悔のないよう選択すると良いわよ』
「スフィアローズさんの末裔だって? ちょっ、それってどういうことよ!?」
『結局アタシは直接結末に関与できるだけの力を、もう一度ぶん殴るだけの力を維持することはできなかった。だから、せめてあの人が見た最悪の未来、アンタがぶち壊してくれることを祈っているわよ』
「いや、だからッ!!」
言いかけて、私は気づく。
現れた時と同じように黒衣の『それ』が姿を消していることに。
「何だってのよ……」
ーーー☆ーーー
フォトンに関する調査報告書に目を通していた第一王子は口元を不敵に歪めていた。
「失われし『聖女』の末裔、か」
遥か昔に人類を滅亡寸前にまで追い込んだ『魔王』を討伐したパーティーの中でも『勇者』と『賢者』は血筋を残すことなく『魔王』に殺されたことが確認されているが、唯一『聖女』だけが記録に残っていなかった。
そう、遥か過去のことゆえに詳細な記録は残っていないが、一説にはあらゆる不浄は聖なる彼女を穢すことはなかったとされる『聖女』。その血は途切れたものとされていたが、最近発見された遺骨の一部とあるスキルでもって照らし合わせることでフォトンとの血の繋がりが証明されたのだ。
まさか平民に紛れて『聖女』の血が受け継がれてきたとは幸運以外の何物でもない。
お陰であんなにも価値ある女が手付かずで放置されているのだから。
「覇王の血を後世に伝える肉袋としてはたかが公爵令嬢よりもふさわしいな」
フォトンが誰かと敵対していれば、そいつを殺すことで二人の婚約を彩る演出とするのも一興だったが、手頃な敵対者については調査報告書に記されてはいなかった。
「しかし、そうなるとスフィアローズ公爵令嬢のほうはもういらないのか」
脳裏に浮かぶは『騒々しさ』の原因の処分を妨害してきたミーア=スフィアローズ公爵令嬢の姿だった。あの時はまだ利用価値があったから次はないと猶予を与えたが、新たな婚約者が見つかった以上もう彼女に価値はない。
であれば。
わざわざ次まで待つ必要もないと彼は結論づける。
……あの時ミーアが割って入らなかった場合、『聖女』の末裔であるフォトンを殺していたのだが、そのことに感謝するのでもなく、あくまで己の意思に逆らう不愉快な存在は排除するべきだと一蹴するからこそ彼は現国王以上の暴君なのだ。
ーーー☆ーーー
「ミーア=スフィアローズ公爵令嬢っ。貴様との婚約は破棄させてもらう!!」
「…………、え?」
王家主催のパーティーでのことです。
スフィアローズ公爵家の人間、そして殿下の婚約者として参加せざるを得なかったわたくしは突然の宣言にぞっと背筋に冷たいものが走るのを感じていました。
婚約破棄?
ですけど、どうして!? フォトンさんとは仲良く……なれているかはちょっとわかりませんが、少なくとも嫌がらせをしていると勘違いされるような関係ではないはずです!!
それなのに、どうして婚約破棄などという話になって、いえ、その、それだけなら大歓迎なのですが、ええっと、ですけど!!
「だからもう貴様は不要だ。この場で殺処分するが、構わんな?」
「ッ!?」
な、にを?
理由すらない? いえ、ですけど、それはっ。
「いくら殿下でもスフィアローズ公爵令嬢という価値を何の『建前』もなく潰すのは難しいと思いますが」
「おっと、そういえば宣言を忘れていたな」
言って、苛烈極まるその男は指を鳴らします。それを合図にぞろぞろと何人かの兵士が赤黒いシミが目立つ包みを持ってきました。
「俺様に流石にやりすぎなどと逆らった父上をはじめとした国家上層部は殺処分した。これからは俺様の意思がこの国の法と知れ」
その宣言と共に。
包みから投げ出されたのは国王をはじめとした国家上層部の頭部で……。
「うっ、ぷ!?」
思わず口を押さえたわたくしを殿下はニヤニヤと笑って眺めていました。
わかりません。
実の父親さえも殺しておいて、どうしてそこまで楽しげに笑えるんですか!?
「うっかり全部消し飛ばさないようにと苦労した甲斐あって、中々綺麗に残せたものだろう?」
「どう、して……殿下は何がしたいのですか!?」
「決まっている。俺様は未来の覇王だ。この大陸を、いいや世界を征服し、全てを俺様の好きに踏み躙ること。それが覇王たる俺様の望みだ!!」
だから、と。
苛烈を極めた怪物はわたくしを見据えてこう続けたのです。
「俺様が不愉快だと感じた貴様は殺処分する。というわけでもう死んでおけ」
その時。
パーティー参加者の高位貴族の面々は恐怖に足をすくませて黙っているだけでした。
その時。
いくらスキルを使えても本質は平民であるフォトンさんはあの夢と同じようにパーティーには参加していませんでした。
その時。
処刑される未来を回避できなかったのは悲しくて、本当に怖くて仕方なくて、ですがそれ以上に……殿下は問答無用でフォトンさんを殺そうとしていたので、フォトンさんと婚約を結ぶわけがなく、『こんなもの』に巻き込まれることがないのだと安堵していました。そうです、あんなにも回避したかった末路を迎えていることよりも、わたくしはフォトンさんのことを気にしていたんですよ。
その時。
腰の剣を抜いた殿下をわたくしは真っ向から見据えていました。万物消去のスキルがある以上抵抗は無意味。であれば、せめて、最期くらいはみっともない様を晒すことなく、ええ、こんな奴に命乞いなどして喜ばせてなるものですか。
ですから。
ですのに。
ブォンッ!! と殿下の振り下ろした剣が空振りに終わります。そう、横から突っ込んできた彼女がわたくしごと床を転がったことで斬撃を回避したんです。
彼女は顔全体を恐怖に真っ青に染め、汗でびっしょりで、ガタガタと震えていて、それでも──涙を浮かべながらもわたくしを真っ直ぐに見つめていました。
つまりは、フォトンさん。
この場にはいないはずの彼女はこう言ったのよ。
「大丈夫?」
「え、ええ。それより、どうしてフォトンさんがここに? いえ、そんなことはどうでもいいですわ。早く逃げて……ッ!!」
「ちょうど良かった」
殿下が。
剣を片手に歩み寄る怪物はわたくしではなく、なぜかフォトンさんを眺めながら、
「フォトンよ。貴様は俺様の婚約者としてやる。ありがたく思えよ」
…………、は?
「殿下、何をおっしゃっているんですか!?」
「決まっている。俺様にふさわしい女に俺様の血を後世に残す名誉を与えてやっているんだろうが」
そういえば、ですよ。
あの夢でも殿下は『貴様に代わってフォトンを俺様の婚約者とする』などと言っていたような……。
わたくしは何かを見誤っていたのでしょう。
あの夢を回避するために必要だったのはもっとずっと別の何かだったに違いありません。
ですが後悔してももう遅いんです。
わたくしが何かを見誤ったがためにわたくしはおろかフォトンさんまでこんな男に一生を縛られてしまうんです。
「選択は二つに一つ、か」
「フォトンさん?」
その時。
なぜだかフォトンさんは小さく笑みさえ浮かべていたんです。
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
王族主催のパーティー。
そして、第一王子からの求婚。
うん、これがあの黒衣の『それ』が言っていた分岐点なんだろうね。
万物消去のスキルさえあれば人としての良心さえ捨ててしまえば軍勢だろうが何だろうが消し飛ばし、大陸を征服することだって可能だろう。それこそ遥か昔の「魔王」のようにね。
大陸を征服する「魔王」の伴侶として贅を尽くした日々を選ぶか、たった一人を助けるために輝く未来を捨てるか。
もっと言えば殿下に逆らうことなくミーア様を見殺しとするか、殿下に逆らってでもミーア様を救うかの二択。
第一王子と婚約することも、第一王子に楯突くことも、どちらも普通とはかけ離れている、とそこまで考えて私は口元が緩むのを感じていた。
「選択は二つに一つ、か」
「フォトンさん?」
「くっだらない。どこが二つに一つよ。こんなの一つしかないじゃない」
立ち上がる。
浮かぶ涙を指で払い、こちらに歩み寄ってくる第一王子と向かい合う。
「フォトンよ、その女は殺処分が決まっている。先程の件は見逃してやるが、次はない。ゆえにそこをどけるがいい」
「私は普通に生きて死ぬと決めている」
「あん?」
「つまりこういうことよ」
言下に私は思いっきりクソ野郎の顔面に拳を叩き込んだ。多分殴られるなど考えてもいなかったんだろうね。面白いくらい呆気なく吹き飛んだものよ。
「なっ何をやっているんですかフォトンさん!?」
「普通のことだけど?」
「王族ぶん殴るのは普通ではないと思うのですが!?」
「何を言っているのよ。大好きな人を助けるために戦うのは普通のことに決まっているじゃない」
「っ」
そこで。
クソ野郎がゆっくりと起き上がってきた。ちえっ。一撃で決められれば良かったんだけどな。
「貴様……次はないと言ったぞ」
「かもね。だから?」
「もういい。殺処分決定だァああああ!!!!」
瞬間。
漆黒の閃光、つまりは万物消去のスキルが襲いかかってきた。
だから。
だから。
だから。
ーーー☆ーーー
例えばの話をしよう。
ミーアは自身のスキルを予知夢と定義した。その理由は夢で見たものが未来のものであると経験してきたからに他ならない。
そう。
スキルの能力の詳細を調べる方法はなく、手探りで解明していくしか方法はないのだから。
それは平民ながらにスキルに目覚めたフォトンも同じこと。
バッッッヂィン!!!! と。
フォトンの腕の一振りで漆黒の閃光が霧散する。
「な、ん……っ!?」
例えばの話をしよう。
フォトンの周囲には魔法を扱うことができる人間がいた。ゆえに魔法を無効化することで自身が持つスキルの存在に気づく機会があった。
だが、スキルを持つ人間は平民の周囲にはいなかった。ゆえに確かめる機会はなかったのだ。
自身のスキルが魔法だけを無効化するのか、それともスキルを含めたあらゆる奇跡を吹き飛ばすものかを、だ。
「スキルが無効化できるかどうかの賭けに私は勝った。だから、だから!!」
その一点に全てを賭けた。
スキルが無効化できなければ呆気なく死んでいただろうに、ミーアを──大好きな人を助けるのは普通だと選択したフォトンは賭けに勝ったのだ。
ならば、後は決着をつけるのみ。
「これで終わりよ、クソ野郎!!!!」
拳が飛ぶ。
今度こそ第一王子の意識は寸断された。
ーーー☆ーーー
ざっざざっ。
『「勇者」や「賢者」はやられた。だからって破滅を受け入れられるわけないよね。アタシだけならまだしも、大好きなスフィアローズさんを死なせるわけにはいかないからねっ!!』
ザザザザザッ!!
『あらゆる存在を消し去る「魔王」の必殺とあらゆる奇跡を吹き飛ばす「聖女」の必殺、どちらが上か勝負しようかあ!!』
ザザザ、じじっ、ザザザザザザッ!!
『ぶ、ばぶっ……。ちえ。魔法やスキルを無効化したって肉弾戦でもめちゃ強なんて反則だよねえ……。軍隊まるっと失ってようやく殺せたとかもうさあ』
ザザザザザザ!!
『アイツそのものは殺せたけど、アイツの力が遥か未来に……。スフィアローズさんがそう言うならそんな未来が訪れるんだろうね』
ザザッ、ザザザッ!!
ザザザザザザザザザッ!!
『大丈夫っ、そんな心配することないって。未来にだって普通に頑張って、そんなクソッタレな結末をぶち壊してくれる誰かはいるだろうからさ!! あ、何ならアタシがもう一回ぶん殴ってやってもいいしね!!』
ザザザザザザッ!!
ジジ、ジザザッ、ザザザザザザ!!
『大好きだよ、スフィアローズさんっ!』
ーーー☆ーーー
「……今のは、何の夢だったのでしょう……?」
目が覚めたわたくしはそう呟いていました。
予知夢にしては未来の光景とは思えないほどに古びた光景だった気がします。では単なる夢? ですが、スフィアローズさんと声をかけていたあの女の人はどこかフォトンさんに似ていたような……。
それに、『魔王』や『勇者』といえば過去の存在のはずですが。
「わたくしのスキル、予知夢とは少々異なるのかもしれませんね」
ーーー☆ーーー
あの後はトントン拍子に話が進んだものよ。
国家上層部のほとんどは第一王子の手で殺されたけど、従順に従うフリをして反撃の機会を窺っていた第一王女が現在実権を握っている。
何せ第一王子は私が殴ったことでぶっ倒れていたからね。『処分』するのも簡単だったってこと。
暴君と有名だった国王や自身を未来の覇王と自称するくらいの独裁クソ野郎だった第一王子よりはマシらしく、女王と君臨した第一王女は貴族であれば平民を殺しても構わないといったふざけた法律の改変をはじめとしてこの国を正常化するために奔走しているみたい。
まあ万物消去さえも無効化する私のスキルに目をつけた第一王女から『わたしのものになりません?』と言い寄られているのが厄介ではあるんだけど。
「フォトンさん、ご機嫌よう」
「ん。おはよう、ミーア様」
とはいえ、うん。
こうしてミーア様と一緒の日々を守り抜けたんだから別にいっか。
「そういえば一つ聞きたいことがあるのですが」
「ん?」
「フォトンさんが第一王子に立ち向かう時、大好きな人を助けるために戦うのは普通のことと言っていましたよね?」
「ぶふっ!? な、なんっ、なん!?」
いきなり何をぶっ込んでくるのよこの人は!? いやその別に嘘ってわけじゃなくて、まあ本音っちゃ本音なんだけど、ああいうのは一時のテンションのアレソレであって後から振り返られるとこっぱずかしいものなんだけど!?
「わたくしもフォトンさんのこと大好きですわ。一緒にいてこんなにも心が温かくなる人はフォトンさん以外にいませんもの」
「……っ、……!!」
「ですので、フォトンさんさえよろしければこれからもそばにいてくれると嬉しいですわ」
参ったわね。
ああもう本当参ったわね!!
「もちろん、構わないわよ」
いつから私はこんなにもミーア様に心惹かれていたんだろうね。