佐渡平定
佐渡の国は本間氏の支配下に置かれているが、それは鎌倉の世にさかのぼる。佐渡守護代として雑太城に入り、全域を支配した。
雑太の本家は衰退し、今は河原田と羽茂の分家が勢力を二分して相争っている。表面上はどちらも上杉家に忠節を誓っているが、面従腹背は戦国の処世術というものであろう。
相争う状況に、両方に詰問の使者を送ったが、互いが互いを謀反人として非難し合い、らちが開かない情勢となっていた。
「樋口よ。貴様の存念を述べよ」
「はっ、物見の報告によりますと、河原田の方が若干勢力が勝っているようでございまする」
「ふむ、ならば羽茂に着くか」
「それがよろしいかと」
春日山城は、八ヶ峰山をそっくりとそのまま城にしたような構造で、中心部には御館城がある。そこを中心に東西南北一里ほどの範囲で砦や小城の防御施設が配置されていた。
中心部の御館城より放射状に道が整備され、兵の進退ができる造りになっていた。
「これは兵糧攻めは無理ですなん」
「そうだね。山一つを丸ごと要塞化してる」
「守るにも兵がいるが、十分な兵がいればまず落とせぬでしょうのん」
「なんとまあ。ここまでよくやったもんだねえ」
軍議に列席してはいるが、客人扱いであり、平三の横に控えているだけの状態だ。
「あれなる樋口とやら、年若きなるも見事なる見識でや」
「だねえ。将来は上杉の重臣になるんじゃないかな」
「儂も左様に思いまするのん」
「どうしてそう思った?」
「目線が違いますでや」
「どう違う?」
「目の前の敵を倒す。それはそれで間違ってはおりませぬ。いかにして勝つか、負けぬための手立てはいかがか、そういったところですのん」
「ふむ、目の前の敵だけじゃ無くて広い目線で物事を考えているってことかな」
「勝って当たり前のいくさに敗れなば、またぞろ国人どもが動き出しましょう。故に、有利なる立場でいくさを進めるにも細心の注意が肝要でや」
ふと気づくと、先ほどの樋口をはじめとする面々が儂らの話をじっと聞き入っていた。
「あ、申し訳ありませんね。軍議の最中だと言うのに」
「いえ、興味深いことをお話されていると思い、ちと耳を傾けさせていただきました」
「左様にござるか」
「織田家中でも最強と名高い柴田様には、拙者の動きはいかように見えましたかな?」
「うむ、見事なる見識にて感じ入っておるでのん」
儂の返答に居並ぶ諸将がどよめきをもらした。
「権六殿、ちと上方の軍法を少し我が家臣どもに教授願えんかのん?」
「いやいや、平三様の神がかった軍略には遠く及ばぬでのん」
「だが、儂と貴殿が戦えば、儂と言うか上杉に勝ち目はないでなん」
「なぜにそう思われるかのん?」
「いくさの規模が違うからでや。先だっての七尾の城攻めでも思い知ったでのん。国衆を総動員してようやっと我らは七尾城を包囲できる。しかし、織田の軍勢は同程度の軍勢を複数動かせるでのん」
「儂が率いておったのは越前、加賀、近江、若狭あたりの軍勢と、能登、越中の国衆の一部でや」
「総勢三万ほどであろうかのん」
「うむ、そのくらいであろうかの。越前で一万五千。加賀、能登、越中で合わせて一万五千」
軍勢の数に再び場がどよめく。
「越後、北信、現実的ではないが上野の兵を引き抜けば何とかそのくらいかのう? 同数の兵で戦って、仮に権六殿の北陸衆を破ったとして、次にそれと同数か、それ以上の軍勢が送られてくるであろうよ」
「真っ向からぶつかる利はありませぬでなん。国境で城を使って防衛すれば援軍の到着まで持ちこたえられようかのん」
「そこでや。我らの家来どもはいまだに鎌倉時代のいくさをしておるでのん。平地に兵を集めて名乗りを上げて切り込む。だがそれに付き合う道理などないであろうが。されば名乗りを上げておる間に鉄砲でズドン。これで終わりでのん」
「そもそも、長島でも石山でも、一揆衆に味方する雑賀、根来の鉄砲衆は名乗りなど聞いてはくれませぬなん」
「貴様ら、よく聞くがよからあず。上方の兵は弱兵だと申すがのん。戦えば我らにも被害が出る。そもそも、弱兵であったとしても倍の兵力と真っ向から戦って勝ちを拾えるとは思えぬでのん」
平三の言葉に諸将は顔色を変えて黙り込んだ。
「そもそも、いくさ場で最も人を殺す武器は何かわかっておるかのん? 弓矢だで」
「来るとわかっている矢ならば腕の立つ者ならば切り払うこともできよう。だが鉄砲の弾ではそうはいかぬ。そこをよく勘案せねばならぬ。いかなる武辺も鉄砲を並べた陣の前では張子の虎とは言わぬがのん。まあ佐渡のいくさでそこはわかるであろうよ」
こうして、軍議とは言えぬような評定が終わり、直江津の湊より軍船が出港した。さすがに大きな船では揺れもましで、そこまでひどい酔い方はせずに済んだ。
そもそも佐渡全域で兵は良いところ千ほど。そこに上杉家の精兵二千と、織田の軍勢五百が乗り込んだ。
河原田衆は奮戦するも、羽茂衆とぶつかったところで側面から織田勢の猛射を浴び、一刻を待たずして壊滅した。
その有様に、上杉諸将の顔色が悪い。もちろん盾を構えて命を賭して挑めば被害は出るであろうが勝つこと自体はできよう。
しかし鉄砲隊に切り込むまでにどれだけの人数を失うことになるかを想像したのか、冷や汗が止まらない有様であった。
河原田城は三千近い兵に囲まれて開城し、直後に羽茂の城も査察を受けて多額の税の着服があったとして改易された。
こうして佐渡上陸から数日で本間一族は排除され、上杉家が佐渡を直接支配することとなった。
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