越後の国
「権六が船酔いとはねえ」
げんなりと甲板で寝転んでいると、ふと目の前が陰ったかと思うたら、喜六様と平三が儂を見下ろしていた。
「このざまでは佐渡についても戦えませぬな」
「ぐぬ、面目ない。だが、上陸さえすれば……」
やれやれとばかりに肩をすくめられるが、起き上がることもできぬありさまでは説得力の欠片もなかった。
「佐渡だけど、雑太の本家がほぼ名目だけになっているんだっけ?」
「でありますな。川原田と羽茂の両家が相争っておりますが、どうもそこを付けこまれたようでございましてな」
「そこまでわかっているなら手を打てばよかったのでは?」
「ですなあ、しかし多忙に任せて後手後手に回ってしまいましてのう」
「なるほど」
多忙と言うは嘘ではないであろうが、佐渡を引き締め直すことができないほどではなかろう。
もともと本間氏は鎌倉時代に守護代として佐渡に入ったと言われている。
であれば長年続いた支配体制は強固であるとみていいだろう。
そして、互いに勢力争いをして本家が没落した。勢力はほぼ二分されている。
「二虎競食の計ですな」
つらい、つらいとばかり考えておると起き上がる気力もわかなかったのが、いくさのことを考え出すとむくりと身体を起こすことができた。
起き上がった儂の姿にか、それとも言葉の中身かはわからぬが、平三が驚きの声を上げた。
「なにっ!?」
まだ若干頭がふらつくが、揺れにも体が慣れてきた気がする。
「権六、無理はいかんぞ」
「なに、少し心持を変えてみたがや」
「……いくさ場にいると思うようにしたか?」
「うむ、佐渡をどう攻めるか、喜六様にはすでになにがしかの策があろうがのん」
「買いかぶりですよ」
「今の佐渡の情勢は喜六様のお言葉によって始まっておるでの」
「金山のことですか」
「上杉が佐渡に手を出そうとするのであれば、あやつらは結束して徹底抗戦の構えを見せよう。であれば、相争わせて弱体化したところを一気に攻め滅ぼす」
「まあその通りなんですが、そこまで露骨に言わないでくれません?」
「言葉を濁してどうするか。儂の采一つで人が死ぬでの。さればそのことだけは忘れぬようにしておらねばならぬ」
「その覚悟は立派ですけどね」
「儂はすでに織田に降ると決めた。建前上は御所様にではあるがのう。足利幕府は事実上滅んでおる」
「そうですね。少なくとも兄上が副将軍の座に就き、その家臣が管領として各地を治めることが発令されました。君側の奸と呼びたければどうぞって感じですが」
「結果を示しているではないか。少なくとも応仁の乱よりここ百年、主上の宸襟をここまで守ったものはいなかったでの」
「世の者どもは高転びに転ぶさまが楽しみとか言っておりますけど」
「ないな。少なくとも驕った様は見受けられぬ。むしろそう見せかけて油断を誘っておるのではないかの?」
「うん、あなたが味方でよかったですよ。少なくとも情報に対して感情をさしはさまないのは難しい。けれどそれができないと結局見込みが甘くなって誤りますから」
「いくさをしておると、自分に都合のいい情報が来れば飛びつきたくなるものでのん。されど、それが敵が仕組んだものであったら破滅である」
「軍神と呼ばれる御身の強さはそこでしょうね」
実に学ぶところが多い話であった。孫子にも間者を大事にせよと記されている。彼を知り己を知れば百戦して危からずとはそういうことであろう。
勝つことは命題であるが、それを満たすにはまず負けないことだ。引き分けでもよい、まず負けないための状況を作り上げることが先である。
そうこうしているうちに直江津の湊に着いた。
東北と畿内を結ぶ中間地点として栄えている。青苧は越後の名産で、質が良く畿内でも高く売れている。
「いやあ、先日の上洛で青苧を主上に献上できましての。ことのほかお喜びいただけましてのん」
越後の財源とも呼べる青苧の交易はこういう努力によって支えられているのは間違いないであろう。
北信の善光寺平を押さえたことも大きい。ここで力を付けては再び独立を許すことになりはしないか?
ふと疑念がよぎったが、喜六様は儂を見てにっこりと微笑んだ。
「ところで平三殿、干拓と言うものをご存じで?」
「ふむ?」
お互いの目がギラリと光った。
「農地に適さない湿地がほら、そこら中に広がっておりますな。そこの水を抜き、土を入れて埋め立てます。または川の流れを変え水が入らないようにする」
「いや、簡単に言いまするが、どれだけの費用が掛かるやら。時も恐ろしくかかりましょう」
「ええ、少なくとも僕の生きている間はその結果を見ることはかないませんねえ」
「では……」
「ですが、次世代の子供たちに実り多き土地を残すことができましょう」
「むむ」
「関東管領の名分を得て、遠く関東まで遠征する理由は、勝手をする国人を監視下に置くことと、食わせるためでありましょう。少なくとも遠征していれば現地で食料を補給できる」
「……いかにも」
「平三殿が主導したとは言わぬが、人買いが多く来ることもその一環でしょう」
「……うむ」
「自らが治める土地を守るは武士の役目にて、守れぬ相手が悪い。それは一つの真理です。ただそれは、勝者の理論です」
「何をおっしゃりたい?」
「たとえ話ですよ。仮にですが流行り病で平三殿が急に身罷ったとします」
その一言に平三の近習たちが立ち上がった。それを手で制する。ギラリとした殺気がこちらに向けられていることを感じる。
先ほどの、外に出て行って奪うことで自国の民を食わすということは事実で、少なくとも珍しいことではない。何なら人減らしも兼ねているのであろう。
非道な行いではある。少なくとも好き好んでやっておるわけではない。その苦汁を目の当たりにしている側近たちからすれば、からかうかのような言葉に激高してもおかしくはない。
「平三殿が強き故に越後は何とか治まっている。その蓋が取れれば……再び四分五裂のありさまとなりましょう。出稼ぎすらできなくなりますからね。そうなれば?」
「奪う側であった我らが奪われる側に回るか」
「国内で食っていけるだけの収穫があればよい。越後は広大で、人も多いですが、その割に農地が少ないことが所以ですけどね」
「あの湿地を田に変えられるということはそういうことか。うむむむ」
「金山を手にするのはそういう意味もあります。如何?」
「ええい、乗った!」
してやられた、と先行きが明るくなったことの半々で平三は破顔していた。
「まずは織田の天下を確立するお手伝いをしていただきますが、出稼ぎの分の人出を干拓事業に当てましょう。金山の収入が安定するまでは、僕が資金を貸し付けます」
「貸付であるか。その方が良かろうのう」
「ええ」
ガシッと手を握り合う二人の姿を見て、近習たちは涙を流していた。
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