石動山滅亡
石動山にこもった門徒衆は降伏を拒絶した。
「どうも舐められておるようでなん」
「一向宗の退去を認めた故にございましょうか」
「そもそもあ奴らは退去したとて行く先は無かろうが」
「であれば、寺領安堵を狙っておるのでしょうなん」
援軍を率いてやってきた梁田殿とひとまずの分析をしていた。
野戦は得意ではないが、物見と間者を用いれば織田家でも並ぶものがない凄腕で、諜報と調略に力を発揮していた。
そもそも一向宗の内部崩壊は梁田殿の手柄である。そのことを殿に評価され、北陸の制圧までは儂の与力として力を貸してくれることとなっていた。
「儂は兵を率いることは不得手故に、良き大将をお貸し願いたく」
「うむ、さればここなる勝政を向かわせようず」
「はっ!」
梁田殿より采を預かった勝政は、勇躍して大聖寺の兵二千を率いて出撃した。
野戦に及ぶ機会はないが、兵を挙げて立てこもる末寺を攻め落として回る。そうすることで、敵の士気を削いでいく。
おそらく山の頂上からは、ふもとの末寺が焼かれていることを見ることができているだろう。
そのうえで降伏せぬということであれば、力攻めもやむなしであろうか。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
念仏を唱えながら一向宗徒が寺より出撃してきた。
越中に所領を得ることが内定している佐々内蔵助が勇躍して迎え撃つ。
「撃て撃て撃てえええええい!」
あらかじめ決められていた迎撃する場所に誘い込むと、十字を描くように展開した鉄砲隊が濃密な銃火を浴びせる。
盾を持ってはいるが、片方を防いでももう片方からの銃撃は防げない。
伏せて銃弾を避けたとしても、その次に待っているのは、足軽衆による突撃だ。
「かかれ!」
槍衆が前進して傷つき身動きの取れない一揆衆を掃討していく。この期に及んで降っていないものは筋金入りの狂信者であり、浄土とやらに送ってやるが慈悲と言うものであろう。
「なまんだぶなまんだぶ」
「なまんだぶなまんだぶ」
倒れ伏し、血を溢れさせながらも念仏を唱えることをやめない一揆衆にとどめを刺して回る。
「哀れなる奴ばらでや」
「まことに……」
「儂らはこやつらを殺して回っておるが、地獄に落ちるのかのう?」
「そんなもん、死んで見ねばわからんでや」
「であるなん。しかし不思議なことだで。なんで死んでもおらぬ坊主どもが死んだ後のことを知っておるのかのん?」
「わからんでや。お偉いお坊様には死んだ後も生き返るすべでもあるのでなかろうかのん?」
馬廻りの武者どもも、いささか血に飽いた様子であった。
「おのしら、良きことを言うておるではないか」
戦いが終わり、ぼやきを交わす者どもは儂が現れたと知るや、すぐさま膝をついた。
「うむ、ご苦労。おのしらが今しがた言うておったことだがのん」
「はっ! 油断し曲事を申しあげし由、誠に申し訳ござりませぬ」
「よい。しかしわずかな油断で命を落とすが戦場だでの。真っ向から戦って討ち死には誉であるが、油断して討たれたはちと外聞が悪い故なん」
「ははっ!」
「して、おのしら、面白きことを言うておったのん。死んでもおらぬ坊主どもが死んだ後のことを何で知っておるのかと」
「はっ!」
「まことによき言葉でや。よって褒美を取らす」
「は、ははっ!?」
「おのしの言葉を細作によって広めさせるでや。さすれば生臭坊主どもは返答に窮するであろうが」
「しかし、騙されておる百姓どもにそれがわかりましょうかなん?」
「どこにも賢き者と言うものはおるものでや。必ず効果が出るとは思うておらぬ。どこかで寺と坊主どもに対する不信が出ればそれでよい」
梁田殿と諮って流言を撒いてみると、効果はてきめんに現れた。織田に降れば地獄に落ちると恐怖で百姓たちを縛っていたが、流言に抗し切れない有様を見て目を覚ます者が出てきた。
そうなれば後は雪崩を打ったように、続々と百姓どもが降ってくる。
もっとも筋金入りの門徒衆を先ほどのいくさで討ち果たしていたことも大きかった。奴らは坊主の手先となってほかの百姓たちを監視していた。
功徳を積めばより上の極楽に上がれると信じ切っていたのは哀れとしか言いようがなかった。
そうした者も降る百姓どもに取り巻かれ、袋叩きに遭って息絶える。そうして止める者がいなくなった者が一人二人、または村単位の数十人が一斉に寺を降りてくる。
「逃げる者は逃がしてやれ」
そのまま十日も立てば、寺に立て籠もる人数はわずかな僧兵と、後には引けぬありさまとなった土豪らがいる。
その数は二千を超えるか超えないかと言った有様であった。
これが最後と降伏を促したが、聞き入れる様子はなく、一人の坊主が門外に出てきてわめきたてる。
「おおお、罰当たりどもめ! 御仏よ、なぜに奴らに天罰を与えてくれませぬか!」
一人の坊主が狂ったように袈裟を振り乱し、数珠を振り回し、禿頭のてっぺんまで真っ赤になって叫びたてた。
「殿、あの狂った猿のような有様は見苦しく、見るに堪えませんでなん」
「雲八、慈悲をくれてやれ」
「御意」
山の下から見上げる様な姿勢で、大島雲八は満月のように長弓を引き絞る。
「ふっ!」
呼気鋭く放たれた矢は、山なりに飛ぶと、狂い立てる坊主の眉間に突き立った。
「かかれ!」
その一矢を合図に全軍に攻撃を命じる。
こうして、天平寺もろとも石動山は紅蓮の炎に焼かれ灰塵に帰した。
新作です。
ややハード目のファンタジー作品になる予定です
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