石動山の戦い
石動山はかつて北陸を中心に七か国に影響力を持ち山岳信仰の修験者たちの聖地となっていた。
南北朝のころ、当時の守護に焼き討ちされ、一時衰亡するが、再び加賀、能登、越中に大きな影響力を持つほどに復興している。
加賀一向一揆が勃興した時は、他宗派の寺社は真っ先に焼き討ちにあっていたが、石動山天平寺は影響力を残し、陰然たる勢力を保った。
「加賀一向宗は所詮烏合の衆よ、養老の世から七百年の歴史を誇る当山に織田とて手は出せぬ」
「そうじゃ、長島や比叡山も攻められず居るではないか」
そんなさなか、一報が届いた。これはあえて使者を見逃したことによるものであった。
「長島が落ちた!?」
長島願証寺は、一揆の多勢をもって長島城を攻め落とし、そこを拠点としていた。迷路のように入り組んだ水路を利用して天然の要害を成していた様は、宋の梁山泊を彷彿とさせる構えであった。
織田軍はまず大きく兵を展開し、関船を出して河口を封鎖した。そうして小競り合いを繰り返しながら徐々に包囲の輪を縮めていく。
一揆衆はそれでも楽観していた。織田の繰り出す兵力は三万とも五万とも言われ、それだけの兵力を長期間長島に展開できるはずがないと思っていたからだ。
「おかしい、どうなっておるでや」
長島城の矢倉から見る景色は盛んに炊煙を上げる寄せ手の姿で、けん制の鉄砲や矢の攻撃は衰えることがない。
「なぜ数の少ない此方の兵糧が先に尽きるか……?」
城から少数の兵を出し、物陰に隠れて奇襲を繰り返していたが、堅固な陣を築かれさらには鹿砦、柵を連ねて通行が遮断されだした。
河原に広がる背の高い葦は切り払われ、視界を確保したうえで徐々に攻め寄せる。
それでも川の中を潜って参陣してくる門徒もいて士気は衰えていないはずであった。
「織田に降ったものは田を与えられて暮らしておるそうじゃ」
「加賀の門徒も高田派に鞍替えすると許されたと聞くぞ」
「城に駆け込むときに織田の陣所を見たが、矢玉兵糧はいまも積み上げられていたでなん」
どこからともなくうわさが流れ出し、徐々に士気が下がっていく。
目の前で握り飯をほおばる兵と、わずかな粥しか与えられない我が身を思うと意気が上がるわけがない。
そうこうしているうちに、一人抜け、二人抜け、ついには砦を守る番衆が丸ごと降るという事態が発生した。
結果、このままでは支えきれぬと判断し、城を明け渡せば石山までの退去を認めるという条件に応じ、長島一向宗は降伏した。
あとは加賀門徒の時と同じで、織田の分国の繁栄を目の当たりにした百姓どもはまるで雪が溶けて消えるように去っていき、石山にたどり着いたのは百にも満たぬ数で、さらにその坊主が去っていった百姓どもを罵ったため、諸国の門徒宗は筋金入りの長島門徒が降ったという話に動揺した。
能登方面は利家の支援の下、畠山義慶と長連龍の両名が中心に北上を続けている。頼みの綱である石動山は織田軍主力の越前衆が向かい身動きの取れない状況となっていた。
越中より一揆衆が駆けつけ睨みあいとなっているが、数においての優位はより多数の一向一揆を討ち破ってきた越前衆の前では蟷螂之斧と言われる有様であった。
「内蔵助、先陣を任す」
「あい分かったでや!」
「神保殿の越中衆は内蔵助の介添えを頼むでや。旧臣などがいたら降るよう呼び掛けていただきたい。応じぬものは討ち果たして構わぬでなん」
「はっ!」
「恨みは何も残さぬでや。ひとたび貴殿に歯向かった者でも此度は許してやるがよからあず。二度目はなきがのん」
儂が笑みを浮かべ、寛容を示すよう伝えると、氏張殿はぶるりと身をすくませた。
「かしこまってございまするに。織田様、柴田様の御恩は終生この胆に刻んでござるゆえ」
「殊勝なる心がけにあらあず。されば、内蔵助と共に存分に手柄を立てられよ」
「ははっ!」
神保氏張率いる越中衆は、即座に出陣した。
「殿、あれでは手柄を立てねば死ぬしかないと言うておるようなものだがや」
「実際に死ねとは申さぬが、そのくらいの気合は欲しいものでなん」
内蔵助より先に敵中に切り込まねばならぬと意気込んだ神保氏張は、一番槍の功を上げる。
内蔵助の手勢が攻勢を仕掛けると脆くも崩れ去り、石動山に向けて敗走した。
「氏張殿のいくさぶり、この眼に刻んだでや。殿に言上し篤く報いようぞ」
「ははっ!」
儂の前に平伏し、いくさ前とは別の理由で身を震わす氏張殿に周囲の神保近臣たちももらい泣きをしていた。
越中門徒衆が野戦で大敗を喫したと聞いた石動山はついに動きを見せる。加賀、能登、越中の門徒宗をまとめ上げ、一向門徒を先陣に三万の兵を繰り出してきた。
「ふん、あ奴らを見よ。足並みがそろわぬこと見苦しいでや」
味方は敵の半分だが、負ける気が全くしない。
「陣立てもてんでバラバラにございますな」
「内蔵助、おのしならどこを狙うかや?」
「ふむ、さればあのあたりを」
内蔵助が指さす先は、おそらく加賀、能登の門徒宗のかたまりの隙間であった。
「なるほどのん、良き采配だでや」
「先陣をお任せくださるか?」
「先の段を率いよ。五千を預ける」
「ははっ!」
「中段は朝倉衆じゃ。景紀殿、金吾様の悲願である一向宗討滅の仕上げでや」
「かしこまっておりまする!」
興奮のためか、何やら言葉遣いがおかしいがそこを指摘しても益はなし。その勢いのまま当たってもらうこととした。
中段の中心には、朝倉家の嫡子である愛王丸が馬にまたがっている。
「若の前で恥ずかしきいくさはできぬぞ!」
「手柄立てて金吾様に見せるでや!」
「おうとも!」
「玄蕃、敵が崩れなば我らも前に出る。本陣備えの先鋒はおのしでや。久六の子として恥ずかしくなきいくさを見せよ」
「おう!」
佐々成政の采が振られ、先陣が敵の前段、加賀衆と能登衆のはざまに一直線で錐のように突き込んだ。
同輩の前田利家が城持ちの大名となって、追いつこうとする気迫はすさまじく、敵の先陣を突破していく。
本来は互いに支援するべきであろうが、機先を制され、さらに指揮系統も適当な烏合の衆にはそのような緻密な戦いはできず、ただ蹴散らされるに任せている。
「頃合いでや。中段、越中門徒に当たれ!」
敵は先陣を一向門徒たちに任せていた。それは良い。ただ失敗したのは国ごとにまとめて横に配置したことだ。
横に広がる鶴翼の構えは兵数に優る敵においては正しい考えであるが、それは横の連携が取れていればの話であり、ただ前に進んで目の前の敵を踏み潰すことしかできない百姓の集団では、その隙間にくさびを打って分断し、あとは個々に叩けばよい。
「かかれ、かかれ、かかれええええええええええええええええええええええい!」
内蔵助が先陣で兵を鼓舞する声がこちらまで響いてくる。幾多の戦場を戦い抜き、歴戦のつわものの声だ。
「行けい!」
佐久間玄蕃が自ら槍を持って疾駆する。中央に配された加賀門徒はすでに四分五裂の有様で、玄蕃の突撃を受けて脆くも崩れた。
その有様を見た石動山の門徒衆は戦う前から崩れていく。
わずか一刻にも満たぬ戦いで、石動山の戦いは終わった。




