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北陸平定

 安土にて政務を執っていると、加賀の利家より報告が届いた。

 一向宗の残党が石動山に集い、一揆をおこそうとしている。越中、能登の門徒宗は宗派は違えど再び百姓の持ちたる国とすべく桟道の勢いである。

 謀反を起こし、国主を追放した旧臣たちは、すでに一揆に討たれた。一揆に賛同せぬ村は焼かれ、越中国境のふとうげの砦に村井又兵衛が入りにらみを利かせているという。


「なんとも哀れなる成り行きだでなん」

 書状を見て思わずため息を漏らす。背中に張り付いて儂の肩越しに同じものを見ていた市が同じくため息とともに言葉を返してきた。


「仕方ありませぬわな。そもそも己が欲に走って順逆をたがえた愚か者でありましょう」

「うむ、さすれば、自らが同じ目に遭ってもやむなしと言うことかや」

「こうしたらよい、ああしたらよかったというのは後になってからいえる事でありましょう。その場その場にて最善と思われることを成しても、いつどこで破滅につながる道を選んだかなど誰にもわかりませんわなも」

「お前の申す通りでや。先のことはわからぬが、それでも悔いなきようやるしかないでなん」

「ええ、ところで修理亮への補任、まことにおめでとうございまする」

「おう、これまでと名乗りは変わらぬがのん。主上に認められたるは喜ばしきことだで」

「ええ、それでご出陣はいつ頃のご予定でございますか?」

「うむ。国元には使者を走らせた。というても久六が万事抜かりなく手はずを整えておるはずじゃ」

 庭先では、三人の娘と息子が駆けまわっていた。

「あの子らがいくさ場に立つところは見たくないと思いますわなあ」

「うむ、先陣にて槍を振るうようなことはないであろうがのん。ただ、いくさがいかに悲惨なものであるか。それを知らずして太平の世を迎えると」

「そこはそれ、わっちらが心配しても始まりませぬわ。あの子たちが自らの手柄次第で乗り越えるべきことでしょう?」

「ははっ、これは一本取られたでなん。お前の申す通りだわ」


 数日後、殿に暇乞いをしたのち、北国往還を手勢を率いて北上する。

「権六が手柄を待っておるでなん」

「はっ! 能登、越中を平らげしのちの働き場を期待しておりますでや」

「貴様一人で日ノ本を平らげる気かのん。貴様の武辺はすでに日ノ本に轟いておる。あとは他の者に分けてやってはどうかや?」

「考えておきまする」

「「わははははははははははははは!!」」

 ひとしきり笑ったあとは一礼し、大手門を出る。安土留守居の家来衆が見送りに出てきた。


「市よ、北庄にそなたの部屋をしつらえてあるでなん。近いうちに参るがよい」

 加賀を平定したいま、越前に戦火が及ぶことはまずなくなった。嫡子である権六は母のもとを離れて久六が指南役となって稽古をし始めている。

 今も儂の隣で必死に馬にしがみついていた。

「はい、では近いうちにまいりますわな」

「おう、待っておるぞ」

 

 北庄で集結していた越前衆を伴うと、さらに北上する。数は一万五千。鍛え抜かれた精兵ぞろいである。

 加賀はまだ平定されて日が浅いので、警戒を緩めずに進んだ。不穏の向きは見えないが、此度のいくさは北陸管領として一筋の瑕疵も許されぬ。


「殿、いささか気負いすぎてはおりますまいか?」

 隣を歩く佐久間勝政が声をかけてきた。

「そう見えるかや?」

「はっ、普段よりも厳めしき顔つきにて、小姓どもが怯えておりまするでなん」

「ここはいくさ場でや。敵は見えずともなん。しかし、あまりに張り詰めて敵が見えたときにへたばっておってもつまらぬのん」

「されば物見を出し、戻るまでの間に一服させるのがよろしいかと」

「よからあず、そのように差配せよ」

「承知いたしました」


 小姓頭の毛受勝照が竹筒に水を入れて持ってくる。

「殿、今日は日が照っておりまする。これを」

「おう、すまぬな。おのしもしっかり水を飲んでおけ。喜六様が、人は汗をかき過ぎると死ぬと言うておったでなん」

「はっ!」

 喜六様が考案された塩飴を口に入れて水を飲む。塩味と程よい甘みが口に広がり、わずかに感じていた疲れを癒してくれる。

 兵たちにも支給されており、思い思いに飴をほおばり水を飲む。物見が戻り、異常はないと報告を受けると再び北上した。


「親父殿、壮健そうで何よりだわ!」

「うむ、おのしも城主として貫禄が出てきたではないかのん」

「いやいや、足らぬところばかりで家来どもに助けられておるでや」

「うむ、そこを分かっておればよい。自分の力だけで殿さまでござると座っておられるのではないことをよく勘考せよ」

「うむ、しかし、聞くとするのでは大違いであらあず。儂が殿様のように見えるようになったるはやはり儂一人の力ではないのん」

 部下の成長に目を細める。こやつはより大きくなっていく。それを実感できた。


「して、情勢はいかがでや?」

「うむ、能登は国境沿いを切り取りつつあるだわ。間もなく羽咋を落とせようでなん」

「見事なる働きじゃ」

「越中の石動山には数万と言われる門徒が集っておる。なかなか細作が奥まで入り込めぬでなん、実態がよくわかっておらぬ」

「ふむ、大物見を出すかや」

「一向宗と同じように見えるが、あれほどまでの統制はないように見えるがのん。おそらくは杉浦のごとき大将が居らぬゆえであるか」

「されば、そこまでの苦労はなかろうず。一戦して破ればそれまでじゃ」

「油断はできぬ。策はいくつも用意すべきであろうがのん」

「利家とも思えぬ、分別の効いた言じゃのう」

「儂とて家来どもを無駄死にさせたくないでや」


 ある程度の方針を固め、尾山城の広間でいくさ評定をすることとした。

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