加賀平定
手取川のいくさでは徹底的に追撃を行った。長年にわたる調略が実を結び、よほど寺に近いところでなければ一揆衆に協力することはなくなっていた。
それどころか、積極的に協力してくるところもあり、とある村から上がってきた落ち武者狩りの戦果で、一揆衆の大将である杉浦の首が上がってきた。自ら懇意にしていた庄屋のもとを訪れ、水を所望したところ寄ってたかって打ち据えられそのまま討たれたという。
「恃みとしていた百姓に裏切られたか……哀れなる最期だでなん」
「己が所業が跳ね返ってきたということにござりましょうがのん」
「うむ、利家の言うことは正しいのん。おごれるものは久しからず、ということでや」
加賀門徒のすべての差配を取り仕切っていた杉浦の討ち死には一揆衆に多大な影響を与えることは間違いない。
「しかしさても凄まじき形相でなん。こやつは極楽とやらに行けたであろうかのん」
ふと口から出た言葉であったが、かなり手厳しい皮肉となっていたことに気づいた。
宮部継潤が苦笑いを浮かべていることでそれに気づくことができた。
「柴田様、ここは手を緩めるところにあらずと勘考いたしまするに」
「ふむ、杉浦の死にざまを喧伝するか」
「左様にございまする。一揆の中でも重きをなしていた杉浦が、懇意にしていた村でだまし討ちにあったと聞けば尾山御坊も疑心暗鬼にて自落するは必定にございましょう」
「うむ、良き考えでや。すぐに細作をだすがよからあず」
「はっ!」
宮部の策は劇的な効果を表した。疑心暗鬼に駆られた尾山御坊は村の統制を強化しようとして失敗し、かえって離反を招いた。各地で一向宗に対する反乱が起き寺が焼き討ちされていく。
その中で、寺に不当にため込まれていた財貨が発見され、一向宗への不信は頂点に達した。
こちらが手を下すまでもなく、尾山御坊はこれまで手足のように扱ってきた百姓たちに取り巻かれる有様になっている。
「寺に使いを出すでや。退去するならばそれ以上の攻撃は行わぬとなん」
「よろしいので?」
「うむ、ただし行先は石山のみでや。それ以外のところに行こうとするならば直ちに討ち果たすとも伝えよ」
「……なるほど。これは妙手にてございますな」
宮部は納得した様子で、途中で降ってきた寺の住職を呼び出すと、因果を含めて寺に向かわせた。
「これ以上の戦いは無駄な死者を出すだけで無益である。寺を取り巻く者どもは我らが必ずや解散させよう。万が一、御身に何かあった場合は、寺を含め村は保護することを約束しよう」
これは言外に、断ればそのすべてがひっくり返るぞとにおわせている。尾山御坊は焼き討ちされ、一人の残らず一揆衆は討ち果たすと告げているのだ。
越前での戦いより、織田軍は一貫して一揆衆は根切りにすると報じ、またそのようにしてきた。
ここで尾山御坊だけが見逃されるゆえんは本来ない。
「かしこまってございまする」
僧は一礼すると、単身尾山御坊に乗り込んだ。そのまま一晩が立ち、夜明けとともに帰還すると、直ちに取り巻いている百姓どもを解散させよと告げてきた。
「よからあず。仮にいくさに及ぶにしてもあ奴らを巻き添えにすることになるからのん」
百姓たちも織田様の言うことであればと聞き入れ、それぞれの村に帰還した。その際には、銭と食料を渡し、必ずや復旧の手を差し伸べると約したことで、庄屋たちは涙を流し、此方を伏し拝んできた。
その様子を、使者となった僧が複雑な表情をしてみている。
「我らはどこで間違ってしもうたのか……」
翌日、大手門が開かれた。だまし討ちを警戒し、周囲を見渡しながら歩くものが多いが、仮にそれをすれば死兵と渡り合うこととなる。それに、そこで殲滅できればよいが、失敗した場合はかたくなになった門徒が籠る城を攻め落とさねばならない。
「手出しは無用でや。小松の湊に船を用意しておる。敦賀まで向かいしのちは北陸往還を下り、近江を通りて石山まで向かうがよからあず。手形は儂の名で用意した。万が一だまし討ちにするものがあらば、儂の名を汚したものとして、家中の如何なるものであろうと儂が討ち果たすでや」
金丁を打って約すと、僧たちのまとめ役である下間頼旦らはいまだ疑心の目を向けていたが、それでもここは生き延びることが先決とばかりに頷いて見せる。
「ああ、それと、降りたくなったものはいつでも申し出るがよい。ここな梁田に伝えるがからあず。織田は今働き手が足りぬでなん。それとおのしらが信仰に自信があるであろう故あえて言い渡すのであるが、もし降りたいと言うものが居っても引き留めは無用に頼むでや。無論万が一のことであったるがのん」
その言葉も疑いのまなざしを向けられたが、儂は平然としていた。隣で宮部が含み笑いを必死にこらえている。
尾山御坊の開城に伴い、ここに百年近く続いた加賀の一向一揆は終結を迎えた。
尾山御坊に籠っていた門徒たちは五千ほどであった。彼らは小松より南の織田領を見て驚きを隠せなかった。
荒れ果て、焼け野原となっていた加賀北部とは違い、田畑は青々と実り、世話をする百姓たちも穏やかな顔で暮らしている。
港そばの市には近隣の産物が並べられ、つぎはぎの無い服をまとった近隣の住人が銭を払って品物を買っていく。
支給された路銀で、蕎麦をすすった一揆衆は滂沱の涙を流した。
「これはまやかしで、我らを騙そうとしているのだ!」
叫ぶ坊主の声は空しく響き、一人の百姓の心にも届かなかった。
降りたいものは構わぬと最初に言われたが、このことであったかと坊主達は思いいたるが、時すでに遅し。
目の前で豊かな暮らしを見せられ、わずか数年前までは同じ境遇であったはずの彼らがそれこそ、自らが夢見た暮らしをしていることに心が大きく揺さぶられる。
その後は櫛の歯が抜けるように百姓たちは一揆より抜けていった。最後に石山に着いたときには百に満たぬ数であったという。




