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加賀門徒

 一向宗の支配は実に苛烈なものであった。武士の圧政から民百姓を救うとの名目であったが、実際には上が入れ替わっただけで、年貢が安くなることもなく、何かあれば徴兵されて、帰ることのない者が相次いだ。

 むしろ、武家の支配のころの方がまだましと考えるが、破門などと言われてしまえば逆らうことはできず、地獄に落ちると言われてしまえば恐怖から考えることをやめてしまった者も多かった。


「宮部善祥坊と申す」

「うむ、遠路はるばる大儀でや」

 近江より派遣されてきた与力の宮部継潤は延暦寺で学んだ学僧の経歴がある。知略に優れ、江北三郡の返上に伴い、織田家の直臣となることが内定していた。

 比叡山はいま浅井の兵を中心とした軍に取り巻かれている。その包囲作戦は、宮部の策によって進行していた。


「善祥坊の策は緻密にして遺漏なし」

 無論山麓のすべてを取り巻くことはできないが、主要な街路を押さえるだけでも効果がある。

 比叡山を山城と見立てての兵糧攻めは効果を発揮しつつあった。

 そのうえで、加賀に派遣されてきたのは、僧と言う立場からの一向宗への対策であり、信仰の在り方を修正するためでもあった。


「近江の情勢はいかがでや?」

「はっ、叡山は十重二十重に取り巻かれ、干上がりつつあり申す。間もなく降伏か、滅亡かどちらかを選ばねばならぬところとなりましょう」

 ニッと笑みを浮かべるこの男は、僧よりも武士の方が向いているのであろう。蓄えた知識を武略に振り向け、策謀を巡らす姿は、漢の陳平を彷彿とさせるものであった。

「うむ、おのしが知略のほど、殿より伝え聞いておる。加賀の村をまずは頑迷なる一向宗の教えより解き放ちたいのだわ」

「長きにわたる尾山御坊の支配で村は疲弊しておる様子。まずは儂の伝手で僧を招き、村を回らせましょうず」

「うむ、越前にも復興のため多大な銭が投下されることとなっておる。加賀にも同様の手を差し伸べたいものだわ」

「越前は朝倉の支配が長かったゆえ、朝倉の一家衆も残っておりますればそこまでの混乱はありませぬ。加賀で食い詰めた者どもを出稼ぎとして越前の復興普請に差し向けましょう」

「なるほどなん。さすれば織田の統治を彼らは見知ることとなるか」

「はっ、儂の同輩で石田正継なるものが居りましてなん。彼のものは計数に優れ、また農事に知見があり申す」

「浅井殿の家臣ではないのか?」

「それがいくさにはからっきしゆえに、儂と同じく織田様の直臣となることが決まっておりまする」

「なるほどのう。おのしの推薦で越前復興に派するように伝えよ。儂からも添え状を出そうず。ほかにも見どころがあるものが居るならば同様にせよ」

「ははっ! かしこまってございまするに」

「これよりいくさは槍を合わせるだけではないのじゃ。これまで千かそこらの数で争っていたのが、万を超える数がぶつかり合うようになる。そうなれば、その数を飢えさせずに養う石高が重要になろう」

「これより北上するにあたり、越前をその根拠地とするわけにございますな」

「うむ、まずは三年で越前の石高を朝倉のころよりも引き上げるでや」

「それを成しうる力が織田家にはある、と言うことにございまするな」

「うむ、食い詰めた兵など一揆衆よりもたちが悪いでなん。大将の采配に遅れず従うことが肝要である。そのためにはしっかりと食わせ、恩賞も与えられねばならぬ」

「……浅井の殿は英断を下されたことがよくわかり申した。江北三郡よりももっと大きなものを手にされるでありましょうなん」

「手柄次第でや。殿はそのことをずっと守ってこられた。働く者にはより多くの禄を下されるでなん」

「働きがいのある事、まことに嬉しく思いますのん」

 善祥坊はパッと明るい笑みを浮かべる。

「うむ、励むがよからあず」


 比叡山より落ち延びてきた僧たちが大聖寺に現れたのはひと月ほどのちのことであった。

 そして同時にやってきた梁田広正に大聖寺を引き継ぎ、儂自身は越前へと帰還する。

 梁田殿は尾張のころより殿に付き従う馬廻りであった。間者を扱うことに優れ、情報収集に功績があったと聞いておる。

 最前線に置くのは試金石の意味合いもあるのであろうか。

 加賀国境の砦には佐久間玄蕃を置き、いつでも後詰ができるよう態勢を整えておくこととした。


「東も治まったゆえに、拠点を近江へと移すでや」

 以前より近江での宿所としていた安土の城を大きく修築することとなった。浅井より接収した佐和山城には丹羽五郎左が入る。小谷城は解体され、ふもとの今浜に城が築かれることとなった。国友村を巻き込み大きな縄張りがされることとなっている。

 今浜の城主には木下藤吉郎が任命された。


「儂がここまでこれたのは、殿の御恩もありまするが、引き立ててくださった先達のおかげにございまするに。よって苗字をあらためたく」

「うむ、許す。なんと名乗るでや」

「家中で双璧を成す譜代の丹羽、柴田両家よりいただき、羽柴と」

「ほう、貴様らしいのん。両名には我より申し伝えるでや」

「かしこまってございまするに」

「一つ任を与える。権六より江北の国人で、推挙のあった者どもでや。こやつらを率い、越前復興の奉行となれ」

「はっ!」

「越前守護代は権六とする。貴様も近江半国守護代でや。また近く、儂に昇官の沙汰が来ておるが、恐れ多き故辞退いたす。ただそれでは主上が収まらぬと言われおる故、働きのある家臣に官位を授与する許可をもろうたでや」

「は、ははっ?」

「羽柴藤吉郎秀吉」

「はっ!」

「近く任官の沙汰をいたす。楽しみにしておるがよい」

「あ、あああああああああああああ!!」

「ふん、これを使うがよからあず。いい年をして顔がぐちゃぐちゃではないかや」

 人目をはばからず号泣する秀吉に、殿は懐紙を差し出された。押し頂くようにそれを受け取ると目元をぬぐう。

 感情の大波が引いた後は、自らの任の重さに思いいたってか気色をあらためる。


「されば、これより仕事にかかりたいと思いまする故、御免!」

 秀吉は、一礼すると風を巻いて走り出す。

「おう、サル殿が筋斗雲に乗って飛び出していったるでや」

 その素早さに半ば呆れた殿は、苦笑いを浮かべていたという。

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