加賀へ
国境付近での戦に勝利し、越前に来寇した一揆衆はその半数を異郷の地で屍を晒した。
捕らえられた一揆衆は、何を問いかけても一心不乱に念仏を唱えるのみで、そもそも話ができなかった。
念仏以外で口にしたのは仏敵や地獄に落ちろとの怨念のこもった言葉であり、その有様を見て、根切りやむなしとなった。
「だから言ったであろうが。あ奴らはもはや現世に望みの無い、亡者がごとく者どもでや」
長島のいくさを知らぬ者どもは、降る者は許してはどうかと具申してきたが、そのような言葉もこの有様を見て出てこぬようになった。
いっそ降る者があったならば、今少し救いようのあるいくさとなろうが、これより先は加賀門徒の本拠である地で、百年近く一向宗が支配している土地である。
九頭竜川を渡り、北上して加賀の地に入った。
「儂は喜六様より、宗滴公のお言葉を聞いたことがあるでや。曰く「犬畜生と呼ばれようが勝つが侍の本懐である」となん」
その言葉を聞いた朝倉景紀は馬上で顔を伏せた。ぽたりとしずくが落ちたような気がするが、そこは見ないふりをしておくが分別と言うものであろうか。
そして、宗滴公のお言葉は、朝倉家における門外不出の家伝のようなものであった。それの内容を知っていたという喜六様の存在に恐れを抱いている。
「宗滴公は偉大なるもののふであった。織田と朝倉には因縁がありはしたが、そのようなことで偉大なる先達より学ばぬということは愚かなることであろうが」
「権六様のおっしゃること、まことに正しきことと思いまする」
織田家中の者どもが真っ先に賛同したこともあり、越前の武者どもも何やらほっとした表情をしている。
「御所様よりのお達しでや。此度、越前は斯波の守護任国となったでや。その上で改めて朝倉の嫡子を守護代に任ずると言われておる」
「なんと!」
「無論、手柄次第である。そこを念頭に置いて励むがよからあず」
「ははっ!」
宗滴公の後を継いだとされる、朝倉景紀は再び頭を下げる。
「儂は宗滴公を師とも思うておる。彼の御仁はまさに名将と呼ぶにふさわしい方であった」
「はっ」
「おのしらを通じ、その軍法を学ぶことができるはまさに僥倖とおもうておるでなん。よろしく頼むでや」
「ははっ!」
朝倉の一門を中心として、越前衆はまとまりを取り戻しつつあった。織田とのわだかまりも残るであろうし、因縁もある。しかし今はそれ以上にだまし討ちを仕掛けてきた一揆衆への恨みが大きい。
「金吾様に恥じぬいくさをするのでや!」
越前衆を鼓舞するために声を上げる。応じる声は周囲に轟き渡った。
国境付近の村は度重なる戦で荒れ果てていた。田畑は雑草がはびこり、焼き払われた家屋の廃墟のみが残る。
見通しの悪い場所では必ずと言っていいほど一揆衆の奇襲を受けた。その戦法自体も幾度となく繰り返されるうちに対応していく。
「慣れたころが一番危ないでなん。敵が手を変えてくることがあらばここらへんであろうず」
間もなく大聖寺というあたりで、正面に念仏を唱えるまとまった兵が現れた。地侍が多く動員されているのであろうか、具足をまとった兵が多い。
三河の一向一揆でも多くの地侍が一揆に身を投じたが、越前にやってきたのは要するに食い詰めた元百姓と言った風情だった。
ほぼ間違いなく口減らしと略奪を目的としていたのであろう。
木の芽峠で破らねば、近江や若狭にも乱入していたと思うと背筋が凍る心地だ。
「利家、家嘉、おのしらは先陣となって敵と当たれ。内蔵助は援護せよ」
「はっ!」「承知!」
「朝倉衆は本陣脇に備えよ。伏勢があると思うて控えるがよからあず」
「承知!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
念仏を唱えながらジワリと歩を進めてくる。
「もっと引き付けるでや。慌てて撃つ者は儂が成敗してくれる」
先陣に出た佐々の鉄砲衆はじわじわと近寄る敵の間合いをはかりつつ銃を構える。
「まだじゃ、まだじゃ。慌てるでないぞ……」
鉄砲の射程ぎりぎりのところからわっと喊声を上げて一揆衆が駆けだす。先陣はぼろをまとった百姓どもであった。
具足すらなく、鍬や鎌を手に、必死の形相で駆けてくる者どもを哀れとは思うが、是非もない。
内蔵助が采を振るうと鉄砲隊が見事な一斉射撃を見せる。
空気を焦がす勢いで飛来する銃弾にひるむことなく、横にいた同輩が倒れたことにも気づかない風で、念仏よりもたらされる熱狂そのままに往生を遂げんと駆けてくる。
「槍衆、構え!」
先陣の長槍隊の槍衾に、近寄ることすらできずに刺し貫かれ、頭上から降ってくる槍身に五体を断たれて息絶える。
足を深く切られ、もがきながらも目をらんらんと光らせてにじり寄る姿に怖気が沸き上がるが、兵たちも必死で応戦する。
数が互角であれば、練度に優る柴田衆は優位に戦いを進める。真っ向勝負では勝てない。相手もそれはわかっているはずであった。
幾たびも仕掛けてきた奇襲も、大物見であろう。ひと当てして此方の戦力をはかっていたと見える。
であれば……。
「敵襲!」
なぎなたを携えた僧兵の一団が本陣に向けて突撃してきた。
「迎え撃て!」
このあたりは奴らの庭だ。この程度の奇襲は予測していた。故に朝倉の一手をこちらに残していたのだ。
「仏敵が!」「地獄に落としてくれようぞ!」
口々に我らをののしるが、脇を突いたはずが迎撃され、そのまま包囲されると見るやすぐに逃げ出した。
この奇襲で本陣が動揺すれば一気に押し切るつもりであったのか、奇襲失敗と見るとすぐに兵が退いていく。
敵が去った戦場では、具足をまとった兵の死体はほとんど見当たらず、使い捨てにされた百姓どもの亡骸が虚空をにらんでいた。
そのまま北上し、もぬけの殻となっていた大聖寺の城に入る。ここを拠点に周囲の掃討を行うため、しばらくこの地にとどまることとした。




