宗教戦争
長島はもとは七島と言う呼び名であったという。木曽川、揖斐川、長良川の河口付近の輪中が点在する地であり、尾張と伊勢の国境地帯である。
葦が生い茂る地勢は兵を伏せるにたやすく、入り組んだ川は大兵力を展開できない。
長島に集った一揆勢は、二万を数えた。いくさ慣れした尾張、美濃、三河の軍勢は局所では勝つが、深追いすると伏勢にあい、被害を被る。
小舟を使って自在に出入りする一揆勢に手を焼いていた。
北からは加賀一向一揆と朝倉が和を結んだという報が届いた。
「哀れなるなん」
「ですねえ」
殿と喜六様は神妙な表情で言いあう。東は同盟勢力が占めているため、殿は観音寺の北、安土にいることが増えた。稲葉山の城は三十郎信包様が城代を勤めている。
「武士と一揆どもは相容れぬ間柄でや。それを手を結ぶとあってはいずれ朝倉は一揆衆に食い尽くされよう」
「ですねえ。越前も一向宗の勢力は強いので。和を結んだことで大っぴらに布教できます。越前の寺は息を吹き返しますねえ」
「うむ。とりあえず大獄の砦の普請を命じておる」
「賤ケ岳付近を要塞化するわけですね」
「うむ、小谷まで踏み入られては江北を半ば手放すことになるでなん」
「朝倉の勢力は若狭にまで及んでいます。五郎左殿に命じて調略の手はずを」
「うむ」
「小木江の城を修築いたしましょう。長島への最前線となります。また、桑名に在番の滝川殿に支援を」
「うむ」
「三河が荒れております故、流民を動員して空いた寺領に定住させましょう」
「広忠殿の隠居と家康への家督継承を認める沙汰を出す」
「五郎兄上に付けましょうか」
「そのつもりでや」
「そして権六殿」
「は、ははっ!」
「当家は北、西、南に敵を抱えておる。権六には北を任せるでなん」
「はっ!」
「五郎左が若狭を制したのち、越前に討ちいる」
「ははっ!」
「厄介なるは一向宗の後ろ巻きでや。加賀の門徒どもが総動員されなばいかなる数が出てくるか全くわからぬ」
「五万は固いでしょうね」
「……ですなあ」
「権六よ、なにやら苦い顔をしておるが、何か思うところでもあるのかのん?」
「苦戦は間違いないでしょうが、必ずや勝利を殿へ御覧に入れましょうぞ」
野戦で打ち破り、のちに山野に分け入って一揆衆を狩りだしたことを思い出した。
縄を打たれ、数珠つなぎにされた彼らはあかぎれに血をにじませ、寒さに震えながらも念仏をやめない。
念仏を唱え続ければ死したのちも極楽に行けると信じ切っている彼らにかける言葉はなく、現世での望みはもはや死すことしかないと決めた門徒どもは笑みすら浮かべて首を討たれていった。
野戦においても、素肌を晒しろくな具足もない。鍬や鎌を持っていればいい方で、木切れや竹槍を手に完全武装の武者に立ち向かう。
矢が飛来しようが怯まず、銃弾すら恐れない。ひとは本能的に死を恐れるが、現世における絶望と、強固な信仰心で恐怖を塗りつぶされた彼らは、生きたまま亡者と化したようだ。
「権六とて苦戦するか。厳しき話でや」
前途はまだ暗い。しかし暗いからと言って立ちすくんでいれば座して死を待つのみとなる。であれば前に進むしかない。
「難しいからこそ必死で挑むのでありましょう。敵も必死にてありますでなん」
「うむ、油断こそが最も恐ろしき敵にてあらあず。門徒衆一人一人は強くはない。しかし奴らは決して退かぬ。そこが最も恐ろしいでや」
怖い者などないと思うていた殿がわずかに漏らした弱気に逆に身が引き締まる。
「おっしゃる通りにてございますなん。逃げぬ兵が実は最も強い」
「当家で最も勇猛な権六がそこを分かっておるならば負けはすまい。あとはいかにして勝つか、でや」
「……根切りしかございませぬ」
「やはりそう思うか」
「門徒は坊主どもの手足にすぎませぬ。枝葉を払って、根を断つ。そうして本願寺という大樹を斬り倒す」
「最も多くの門徒を抱えておるは本願寺ゆえか」
「最大勢力を倒さば、あとはこちらになびくものも出てきましょう。六角をつぶした時と同じにございます」
「然り」
「されば、北の加賀門徒は儂が平らげましょうぞ。殿は長島を攻められませ」
「うむ、半介を大将として摂津に在番させる。馬廻りより将を選抜しあやつに付けるでなん」
「半介ならば守りを得意としておりますからなん。適任かと」
「うむ、あやつに任せれば間違うことはなかろうでや」
丹羽五郎左は丹後の一色からの援兵を得て佐柿の城に入ると、周囲の城を取り抱えていった。
越前寄りの援兵を数度にわたって破り、その戦いぶりは鬼五郎左の異名を得るほどであったという。
これによって江北の諸郡は浅井長政の攻勢を支えきれずに奪還される。
一方、南では悪戦苦闘が繰り返されていた。
狭隘な地形で大軍を展開できず、一揆勢の伏勢によって撤退を繰り返す。おびただしい数の一揆衆に取り巻かれ、部将格の武者に討ち死にが出ている始末であった。
与力として長島のいくさに参陣してるが戦況は芳しくない。
「退けい!」
四分五裂の有様に殿が撤退の命を下す。
「親父殿、旗色悪しきだわ」
「うむ、ここは我らが支えるでなん」
「任せよ!」
山中から筵旗が湧き出るように現れ、念仏を唱えながらじりじりと迫ってくる。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」」
「くっ! こやつらは化け物か!」
首元を大きく切り裂かれ、血を流しながらも表情一つ変えずに歩を止めない野良着の男。
竹槍を手に目をらんらんと光らせ、身を守ることもせずに突っ込んでくる。
「まともに取り合うな、弓衆! 放て!」
身体に矢が突き立った程度ではひるまずに前に出てくる。
「槍衾組め! まん丸になりてしのぐでや!」
振り下ろされた槍身に肩から腹まで斬り裂かれ、断末魔を上げる。顔面に矢が突き立ってそのままばたりと倒れる。
三か所を槍に突かれ、血だるまになって力尽きる。
いくさ場におけるあらゆる死にざまがここにあった。
自ら槍を振るって敵をなぎ倒す。並みの武者であればここで怯んで逃げ出すが、すでに死人と化した門徒どもは次々と前に出る。
「親父殿! そろそろ息が続かんだわ!」
「おう、利家よ、敵を蹴散らせ。その隙に下がろうず」
「任せい!」
雄たけびを上げて縦横無尽に槍を振るう姿に味方が一息つく。
「退け!」
槍衾を敷き、交互に敵を食い止めつつ徐々に下がる。久六が必死に防戦の指揮を執る。
「ぐうっ!」
飛んできた一本の流れ矢が久六の肩に突き刺さった。
「親父!」
「ふん、死にはせんが……ちょうどよい。玄番、貴様が指揮を執れ」
脇に控えていた玄蕃盛政が采を預かった。
「分かったでや! 親父を後方に下げよ! これより儂が指揮を執る!」
何とか虎口を脱したが、長年儂に仕えてくれていた久六の傷は重く、肩の筋を傷付けてしまって槍を持てぬようになってしまった。
「ふん、玄蕃が思うた以上に使えるようになっておったでや」
「ようやってくれた。観音寺城代として本拠地の守りを任す。また佐久間の家督は玄蕃に継がせ、禄の安堵をいたすでなん」
「すまんのう。儂はここまでであったわ。権六は天下に向かってひたすら駆けるがよかろうず。儂はお主をずっと見ておるでなん」
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