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大友の暴挙

 京でキリスト教徒の存在が将軍家の後ろ盾において認められると、堺には公然と南蛮船が入港するようになった。

 これまでも商人が出入りしていて、明の白磁や絹ほか、弾薬の材料となる硝石を買い付け、代わりに銀を支払っていた。


「兄上、取引に当たって銀の相場を上げましょう」

「ほう?」

「明に行けば日ノ本の数倍の値付けとなっているようです」

 いったいどうやって調べたのかはわからぬが、喜六様のこう言った進言はまず誤ることはない。

 今井宗久ら堺の商人に命じて取引をあらためさせたところ、相手の商人は驚きの表情をしつつも受け入れたそうだ。


「ぼったくられてたんですねえ」

「まあよい。今後の取引が公正なものとなればの」

 このいきさつで喜六様は千里眼をお持ちじゃと商家では恐れられることとなった。

 もともと領内で産物を作り、取引に乗せることで織田の財貨を倍にもした。詳しくは勘定方を司る平手殿しか細かい数字はわかるまいが、平手長政殿の太刀の拵えが良くなっていたり、着物の質が良くなっていると市が申しておるように、相応の報奨を得ているのであろう。


 近江の情勢も落ち着いてきており、南伊勢の北畠も織田とよしみを通じることとなった。

 互いに国境の関や砦は残っているが、領内では身分を保証された商人は自由な通行を保証される条約を結んだ。

 伊勢神宮の門前町が賑わいを取り戻し、伊勢湾の東西は安泰となったため商人の往来が大きく増えた。


 将軍家の威光に従うと称して、丹波の赤井、波多野ら有力な国人が二条御所に参向し、丹波、丹後の諸勢力は臣従した。


 順調に進んでいると思った矢先、ちとまずい情報が飛び込んできた。

 西の大友義鎮が乱心したというのだ。

 将軍家を通じて誼を持っていたのだが、当代の御所様がキリスト教の布教を許可したと聞き、自ら洗礼を受けてドン・フランシスコと名乗った。

 それだけならばまだいいのだが、「地上の楽園を作る」と言い出し、寺社の打ちこわしを始めて、その所領をすべて教会に寄進するなどとやりだした。

 

「あちゃあ……」

 喜六様が頭を抱えている。その理由はすぐにでもわかった。西から来る南蛮船の商人らが、大友のことをほめたたえているのだ。彼らからすれば、自らの勢力拡大を大いに助け、さらに拠点まで無償で提供してくれる。

 じつにありがたい存在であろう。

 

 さらには、豊後における寺社の扱いと、九州の協会にいる宣教師の所業が伝わってきた。

 大友のもとにいる宣教師の名前はカブラル。インドでは現地住民を、神より見放された民として大いに弾圧し、自らと肌の色が違うということを、神の怒りにふれ地獄の業火に焼かれた証などと言いたてた。

 もともとが異教徒を認めない教義と相まって、それに染まった義鎮は神職や坊主たちを弾圧する。

 仏教徒の家臣はそのやり口に反発し、最初は諫言していたが、ついには武力蜂起に及んだ。

 御所様も、キリスト教の布教は許可したが、積極的に保護はしていない。ほかの寺社らと同列に扱うようにと書状を出したが、聞く耳を持たなかった。

 

 堺にほど近い石山本願寺では、西から逃れてきた坊主や門徒らを受け入れ、大友の所業を耳にした。

 

「宗門の危機である!」

 本願寺法主の顕如はそう宣言し、京の公家らを連絡を取り合った。仏僧は基本的に関所で止められることはない。それゆえに、情報の拡散は速かった。

 弾圧を受け、キリスト教にとってかわられるのではないかとの恐怖は宗派を問わず畿内の神社仏閣を満たしたのである。

 

「寺社には安どの書状を出している。そのことを反故にすることはない」

 御所様を通じて布告を出したが効果は薄かった。幕臣や国人たちにもキリスト教の洗礼を受けるものが出てきているのだ。

 自らの所領だけでは飽き足らず、僧を追放するものなども現れた。

 無論、ただの信仰上の理由だけではなく対立構造などがあり、因縁もあった。ただ、その当事者でなければ、キリスト教にかぶれた殿さまが坊主を追い出した、としか見えないのである。


 そして火の手は東の方から上がった。


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 三河国の本証寺が門徒をあおって一揆に及んだ。

 加賀より坊主が派遣され、門徒をまとめる手助けをしているとの情報が入ってきていた。


「三河を門徒の持ちたる国とするのでや!」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

「進めば極楽、退かば無間地獄が待っていると思え! 往生したくば仏敵を一人でも多く地獄に落とすのでや!」

 

 三河は真っ二つに割れた。もともと一向宗に帰依する武士は多かった。いくさ場のこととはいえ、人を殺める所業を繰り返すことで、死後の地獄行は確実である。そんな思いの中で、ひたすら念仏をすれば悪人とて救われる。

 難しい説法もいらぬ、ただ祈るだけでよいという教えは無知な百姓や土豪の心をつかんだ。


 寺に集った一揆衆は万を超える兵となって岡崎城に向けて進んだ。対抗して兵を集めようとするも、その兵がすでに一揆衆として向こうの陣営についている。

 東三河からの援兵を得て何とか態勢を立て直し、馬頭原の合戦で何とか勝利をおさめたが、大将である松平広忠殿が負傷した。

 代わって指揮を執った嫡子の家康殿は、陣頭にて配下の三河衆に向けて一喝し、彼らは主家と戦うことを厭って門徒宗から離脱したという。


 三河の一揆は何とか収まったが、守護代の松平広忠殿が重傷を負い、首を取られる寸前までいった事実は、諸国の門徒宗を大いに力づけた。

 こうして燎原の火が燃え広がるように、寺社の反抗が始まったのである。

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