西の彼方より来るもの
四国に三好の勢力を押し込め、畿内には御所様に表立って逆らう勢力はいない、かに見えた。
発端はとある法論であった。
「ぐぬっ! そこになおれ! 叩き斬ってくれる!」
「言葉で敵わぬから力ずくで言うことを聞かせるか! そのおごり高ぶった考えこそが腐りきっているというのでや!」
キリスト教が伝来してすでに十数年。九州では貿易の利を得るため、キリスト教を保護する大名たちもいた。
最も巨大な勢力を誇るのが、大友義鎮である。
大内家が大寧寺の変で混乱し、さらに続く厳島のいくさで主力を喪失した。この勝利で勃興した毛利元就に大内家は中国地方の所領を奪われる。
大内家の当主義長は義鎮の実弟であった。その縁をたどり、毛利の軍を撃退して北九州の諸国を併呑することに成功した。
そうして広がった国力をキリスト教の支援につぎ込んだ。それはまさに傾倒と呼ぶほどののめり込みようで、旧来の仏教を信ずる家臣たちからの諫めにも一切耳を貸そうとしなかった。
それによって大規模な反乱が起きる。そのことを我らは聞き及んでいた。そう、知っていたのだ。
宣教師の名前はルイス・フロイスと言った。彼らの教えは唯一人の神を信じることにあった。
日ノ本の教えは万物に神が宿るという考えだ。仏教も多くの仏がいる。
「うーん、一神教と多神教はそもそも折り合わないんだよねえ」
喜六様がよくわからないことを言いだした。
「いかなる意味にござりますか?」
「うーん、なんというかね。あちらさんにもこっちで言う神々はいるんだけど、ただ独りの神様がほかの神様と敵対して、すべてを打ち破ったみたいな感じかな?」
「天津神と国つ神のような感じなので?」
「そうだねえ。対立構造が神様と人に対して、人を滅ぼそうとする悪しきものみたいな。だから危いんだ」
「……一つしか価値を認められぬと」
「そうだね。それを言い出したら日ノ本の坊主どもも似たようなのは多いけどね」
「一向宗の本願寺と高田のようなものですなん」
「仏の解釈一つで殺し合いを始めるからねえ。戒律で殺生を禁じてるんじゃなかったっけ?」
喜六様は乾いた笑みを浮かべている。そもそも経典すら自らの欲を満たすための建前なのであろう。
「ふむ、であるか」
喜六様の言葉を聞き入っていた殿が口を開いた。
「彼らは劇薬です。受け入れるならば相応の覚悟が必要ですよ」
「それで、腐りきった坊主どもはそのままとどめおくか?」
「それはそれで問題ですよね」
「危うきは仕方あるまいが。それを恐れて立ちすくむことこそ悪しきにてあらあず」
「はあ、やっぱそうなりますよね。兄上らしい」
苦笑いを浮かべる喜六様に、殿も笑みを浮かべる。
「我は我としか言いようがないのん」
「ですね。では彼らを受け入れますか?」
「うむ、御所様にもご相談をせねばな」
殿より挙げられた提案は、京の有力者を真っ二つに分けた。とはいえ、大多数の意見は反対に回る。
祟りがある、罰が当たると寺社は言い出し、それを信じ込んだ民衆は不安に駆られる。
明確に織田の傘下に入っている寺社は安堵を約束されているので動揺は少なかったが、結局は利権を奪われることに対する反発がある。
ただし、それを真正面から言ってしまえば様々な建前に障ることとなり、言い回しはともかく様々な腹の探り合いが飛び交った。
「いやあ、普段は儂を下賤者として見下す坊主の皆さまが儂を木下殿と呼んできたときはなにやら背筋に寒いものが走りましたぞ」
「奴らもあせっておるでなん」
藤吉郎も苦笑いを浮かべていた。どこぞの寺に招かれもてなしを受けたのだという。
こちらに取り入り、なんとか現状を維持したい。そういう態度を見せてくるのはまだよい。激烈に反発し、伴天連どもを追い出せと強硬に主張してくる者も又多かった。
その急先鋒が朝山日乗である。彼は殿の宿所である妙覚寺にやってきて舌鋒を振るった。
「やつらは悪しき意図をもって日ノ本に参っておるのです」
「彼らは自らの教義を広めんと、わずかな見返りすら求めずに命を賭して海を渡ってきておるけなげなる者でや」
「見返りを全く求めぬというのはかえって怪しくございませぬか?」
「悪しき意図があったるにせよそれはいまだ見えぬ。在りもせぬ疑いをかけて濡れ衣を着せるはいささか器量が狭いとなるでなん」
「何かあってからでは遅いのです!」
「ふむ、なれば伴天連と貴様が法論を交わせ。貴様が勝たば伴天連は悪しきものと言うことが分かろうず」
「そ、それは……」
「なんじゃ、貴様のいうことは口先だけであるかのん?」
今、畿内で最も大きな力を持つのは殿である。ここで引き下がれば日乗自身の権威を自ら否定することとなる。
ひと月のち、妙覚寺にてルイズ・フロイスとロレンソ了斎という日ノ本の信者がやってきた。
ロレンソは琵琶法師であり、仏教においても熟知している。この時点で勝負は決したなと感じた。
孫子に曰く、彼を知り己を知れば百戦するも危からずと言う。日ノ本の坊主はキリスト教について全く何も知らない。未知なるものを恐れ、自らの権威が貶められることだけを恐れている。
敵を知らぬということは恐ろしきことだ。故に殿は常に情報を集め、些細なことまでも報告を得る。
これも孫子に書かれていることであるが、いくさをする時にはまず細作を大事にせよと言っている。
敵と渡り合うとき、目を閉じる阿呆はおらぬ。敵情を探らず挑むということはそれに等しい。
そして、吹っ掛けた問答をすべて論破された朝山日乗は、殿の佩刀に手を伸ばそうとして小姓衆に取り押さえられるという醜態をさらした。
この一事をもって殿は伴天連とキリスト教を保護すると布告を出し、セミナリヨという南蛮寺を立てる許可を出した。
キリスト教に入信した大名や国人が資金を出したという。
この状況を危機と見た寺社は織田に対する不満を表し始める。延暦寺は外部に誼を通じ、浅井の先代久政は叡山に多くの寄進を行い、同じく朝倉も大旦那と呼ばれる彼らの保護者を自任していた。
また奈良の寺社も不穏の向きを表し、一向宗徒の多い摂津、河内、紀伊、さらには織田の分国である尾張、三河、伊勢などでも寺に人が集まりだす。
そうやって領主に重圧をかけ、要求を通すことは寺社の常とう手段でもあった。そして、その情勢にひるむことなく、目をらんらんと光らせる我が殿は、ひそかに家臣に命を下し、警戒を強めていた。
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