四国の若武者
観音寺城の天守より北を見やると、降り注ぐ日差しが琵琶湖の水面で弾けて輝いていた。
先のいくさでは、明智十兵衛と藤吉郎が見事な働きを見せ、三好一党を叩き潰した。
念のため後詰の用意をしていたものの空振りに終わってしまったが、彼らの手柄を聞いて殿はご機嫌斜めならずと言う様子であった。
「御所様には軽挙な振る舞いはお控え願いたい」
先陣で刀を抜いたことを聞き及び、詰問状を出して問い詰めたという。本来なら無礼な振る舞いと取られておもおかしくないが、理由が理由であったため細川與一郎などはそれを盾にとって御所様に迫ったという。
四国はいま荒れていた。阿波、讃岐を押さえていた三好一党が畿内で大敗し、有力な将領が多く討たれた。
連枝衆からも討ち死にが多く出たことはその勢力の減退を招くことであり、これが機会と反旗を翻す国人が多く出た。
そんななか、土佐で父の跡を継いだばかりの若者が大きく勢力を広げていた。
初陣のいくさで真っ先に敵中に突撃し、先駆けの武者を一突きで討ち取ったと聞く。
「長曾我部元親か。また先が楽しみな武者がでてきたでなん」
土佐東部はすでに元親が制した。土佐西部を領する守護一条家とは今のところどうこうするつもりはないようで、むしろ混乱する讃岐や阿波に手を伸ばしつつあるという。
そして、かの若者は弟の親泰を派して御所様に挨拶をしたいと申し出てきた。こちらの陣営に入ることで、三好征伐の名分を得ようとしている。
たまたま殿が上洛している時期に当たり、儂もお供を命じられていたため、謁見の際にはその場にいることが許された。
「長曾我部宮内少輔元親の弟、香宗我部親泰と申します。此度はご尊顔を拝し奉り、まことに恐悦至極にございまする」
緊張しているのか堅苦しい表情で挨拶をする姿に、御所様は苦笑を漏らす。
「良い、楽にせよ。儂に随身してくれると聞いておる」
「ははっ、守護一条家の代理としてまいっておりまする。守護様よりの書状はこちらにて」
「うむ、確かに。されば御身の兄に命ずるとしよう。将軍家に仇なす三好の凶徒どもを征伐せよ。阿波、讃岐については切り取り次第とする。また土佐守護代に任ずる」
ここから様々な交渉が待ち受けていると思っていたのであろうが、御所様は彼らの望みをその場ですべてかなえて見せた。
言われた内容をはじめは理解できず、そして自らの任を果たすことができたと理解した親泰は、座ったままへたり込むという器用なことをしてのけた。
「うむ、励むがよい。期待しておるぞ」
ここで切り取り次第を約したが、実は三好義継より降伏の打診が入っている。彼は三好の家督を継いだが、実際には元管領の細川晴元が権力を握っていた。
晴元討伐を条件に阿波一国安堵の条件で話がまとまりつつあるのだ。
無論長曾我部の方でもある程度の情報は察しているのであろう。京見物などしていかれよとねぎらいの言葉を尻目に、韋駄天のような勢いで国元に帰って行った。
「十兵衛、かの親泰はよく情勢を理解しておるのであろうなん。並みの者であれば有頂天になって京見物をしたあげく、金よりも貴重な時を浪費したであろうからのう」
「まさにそう思いまする。あとは彼らの器量次第、手柄次第ということでありましょう」
「うむ、それでだ、長曾我部と縁を結びたく思うがのん。貴様に任すゆえ取り計らえ」
「ハハッ、かしこまってございます」
「まあ、それは急がずともよい。それよりもじゃ」
「はっ!」
「国元に久しく帰っておらぬであろうが。儂の帰国に伴い本領への帰還と休暇を命ずる」
「いや、しかし、それは……」
「ここに上申があっての。貴様の働きを基準とされてはたまらぬと同輩どもから苦情が入っておる。貴様、喜六の教えを忘れたのかや?」
喜六様の教えとは、何のことはない。休暇をしっかりとれとの仰せであった。
殿と喜六様がとある普請の指揮を執ったとき、殿は陣頭指揮で不眠不休で働かせ、喜六様は無理をさせず、休憩を取りつつ進めた。
最初は殿の方が大きく作業を進めていたが、工期が後になればなるほど能率が落ち、結局喜六様の方が先に普請を終えた。
さらに出来栄えにも大きく差ができており、適度な休みを入れることは仕事をするにあたって有益であることが示された。
「はっ……」
「張り切るのもわかるがのん。まだ先は明確に見えておらぬ。張りつめ続けた弓弦は切れる。時には緩めることも大事である。嫁と下呂にでも行ってくるがよい。ついでに跡継ぎもなん」
「はっ、お心遣いありがたく」
「貴様の働きも同じく同輩どもから聞き及んでおる。天下に並ぶことなき奉行であるとなん。褒美の目録は下呂でしか渡さぬゆえそう心得よ」
殿はニッと笑みを浮かべると十兵衛は平伏したまま肩を震わせていた。
「さて、権六よ。すまんが十兵衛の肩代わりと頼むでや」
「ははっ」
十兵衛の仕事の肩代わりを儂に命ずるは、その地位が儂に並ぶものとなったことを意味する。
ひとまず、各地で散発する規模の小さな一揆や反乱を討伐するところから始めた。
「儂は十兵衛ほど甘くはないでなん。殿の慈悲を理解せぬ奴ばらは閻魔大王に挨拶させてくれる」
甲賀郡の反乱はもともと六角に近しい土豪が起こしたものであった。
使者を送ったところ害しようとしたため、儂自らが出陣することとしたのである。兵の数はあえて少なくした。そうすることで相手はこちらを侮って真っ向から立ち向かってくる。
さすがに知恵は働かせたようで、近隣に加勢を頼み、此方の倍ほどの頭数はそろえてきたが……一撃で粉砕した。
「儂の首を取って手柄にせい!」
久しぶりに槍を振るい、敵兵を討ち取っていく。その姿に恐れおののいた敵は逃げ散る。
降る者は罪を問わぬと布告し、実際に所領を安堵して見せると、甲賀郡の土豪は先を争ってこちらに降った。
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