馬揃え
なろうコン参戦しました。
織田が上洛を目指していることは諸国でも周知の事実となっていた。東の憂いは今川、北条と結んで武田をけん制し、武田はその対応に手いっぱいになっている。
甲斐で戦っている間を縫って信濃に侵攻してきた上杉輝虎の手によって善光寺平は長尾の手に落ち、武田の戦力は分散を余儀なくされていた。
「小谷で浅井の先代が挙兵しました。備前殿(長政)が城を出た際に締め出したつもりであったようにございますが……」
「偽降であったるか」
「はっ、城主面してふるまおうとしたところ、備前殿の腹心に捕らえられたそうで」
「朝倉から受けた恩はわからぬでもないがのん。それは私事であるでや。御所様に付き従い、天下のことを成すは公のことでや。そこを取り違えてはならぬのん」
「まこと、おっしゃる通りにございまする」
「十兵衛よ、そなたも我が私事にかまけて天下のことをおろそかにすると思うたのならばいつでもそれを正すがよからあず」
「はっ、承知いたしました」
東に備えていた十兵衛が稲葉山に来ているのは、上洛の際に先陣を申しつけられたからである。細川與一郎殿と昵懇の仲であり、御所様からの受けもよい。
今では美濃衆の中でも特段の位置を占める立場となっていた。美濃衆は殿が直接率いることとなっているが、副将格として十兵衛が呼ばれているのである。
十兵衛との話がひと段落したころ合いで喜六様が報告を上げてきた。
「兄上、諸国の物見や細作が稲葉山の城下を探っています」
「うむ、取り締まろうにもなかなかに難しきことでなん」
「いいえ、逆です。反間の計を用いましょう」
「申せ」
喜六様は秀麗な見目にそぐわぬ悪辣な策を弄する。そして今回の策は……殿が大笑いしてしばらく起き上がれなくなるようなものであった。
「馬揃えをいたしましょう」
馬揃えとは、出陣する前の将兵が、主君の前にそろって挨拶をする儀礼である。
「うむ」
「御所様の正義を天下に知らしめ、兵たちの士気を盛り上げるために盛大に執り行うのです」
「ほう」
「無論、天下に宣するのでありますゆえ、隠し立ては致しませぬ。斯波の分国すべての者に観覧の許可を出しましょう。何なら都より公家の皆様を招くのもよいかも知れませぬ」
「つまりじゃ、織田の力をあえて見せつけよと申すのじゃな?」
「東国のえびすと言われておりますので、公家の皆様を招くことでその誤解を解くこともできましょう。そうですね、父上と面識がある飛鳥井卿などはいかがでしょうか?」
そのあたりで殿は大笑いを始める。
「く、くくくくくく、ぶわはははははははははは!!!」
「されば上杉殿と昵懇の近衛卿は剛毅なるお人柄と聞き及んでおりまする。越後の謀反を鎮圧に向かったときには、共に先陣でいくさに及んだとか」
儂の言葉に、喜六様はにっこりと微笑んだ。
「それは良い。当家の精兵を見られれば、さぞや安堵されることにありましょう。天下静謐のために」
あまりに白々しい言い回しに殿が再び吹き出した。
敵の想像を超える武力を見せつけることによって戦意をくじく。同時に内部を引き締める効果が期待できる。
殿の武力を実際に目にすることによって敵わぬということが実感できるであろう。同時に、庇護されるべき民百姓は、強い領主の姿に安堵するであろう。
斯波の分国内では一銭斬りの威令が行き届きつつある。同時に領主にも過重な税を禁じ、関所の数を大きく減らすことによって物流にかかる負担を大きく引き下げた。
税率を下げても商業で上がる税はそれを補って余りある。
農作業の合間に草鞋を作り、片手間で作れるソバなどの雑穀が売れることで領民はどんどんと豊かになる。
喜六様は行商人に命じてうわさを流させた。
曰く織田の殿様のおかげで商売が自由にできるようになったので、こうして売り買いに来ることができる。
関銭が安くなったので、物の値段を下げることができた。みなの暮らし向きが良くなったのは殿様のおかげである。
そして殿様が変われば元に戻ることが心配であると。
行商人はほぼ喜六様の影響下にある。喜六様の被官となって、関銭の減免や税の軽減を受けているのである。
それだけの利を受けているので、物の値段を下げても十分に商売が成り立つ。そして彼らは諸国の情勢を探り、それを報告する。平穏無事であるとの報告であっても褒美がもらえるし、重要な情報をもたらした者には城下に店を出すことが許されるなどの大きな報奨があった。
もたらされた報で禁を破っていた土豪が根切りになり、殿の威令が行き届くようになった。
「井ノ口で馬揃えが行われるそうじゃ」
「御所様がご出陣の前に前祝をするそうでなん」
「祝い酒がふるまわれるし、誰でも見物に行っていいらしいぞ」
「御所様を見ることができるのかや。末代までの語り草になろうず」
行商人を通じてうわさが流された。同時に高札によって布告も出される。
騒ぎを起こした者は斬刑に処すなどの告知も出されたので、大きな混乱は起きなかったが、諸国よりの見物人が詰めかけ、道々は人によってあふれた。
領内の寺社には銭を出して見物人を宿泊させるように命じ、それによってもたらされた収入で寺社も織田の恩恵を受ける。
「御所様の命に従い、これより不遜にも将軍を名乗る足利義栄と、その与党どもを討ち果たす。これは義戦でや!」
「「おおおおおおう!!」」
「皆の者、よくぞはせ参じてくれた。その忠節は義輝が心に刻みおく。手柄を立てれば大いに報いようぞ。励め!」
殿が気勢を上げ、武衛様と共に御所様よりお言葉を賜られる。
郊外に切り開かれた広場では、諸国の兵が御所様の前に立ち並び、激励を受ける。
見物にやってきた公家たちは、壮麗な軍装に身を包んだ織田の兵を見て感嘆のため息を漏らす。
数千の兵の軍装をそろえるだけでも相当の資金がかかる。さらに諸国より集ってきた見物人にも祝いの酒や食事をふるまった。
大軍を動かすには恐ろしいほどの金がかかる。兵糧や給金だけでも膨大になり、毎日のように恐ろしいほどの物資を消費する。
腕自慢の武者たちが剣や槍の腕を競い、弓鉄砲の技を見せた。
明智十兵衛が見せた鉄砲の技前は、鉄砲が届くぎりぎりの距離に置かれた五寸ほどの石が十五個置かれており、そのすべてを打ち落として見せた。
それもいちいち狙いをつけるのではなく、弾込めを行う補助の足軽を一人付けて、連続して射撃を行うのだ。
早合を用いることによる連続射撃は、それまでの鉄砲の常識を打ち破るものであった。
美々しい装束をまとった騎馬武者が馬場を駆け巡る。選りすぐられた駿馬は素晴らしい速さで駆け抜ける姿に、御所様は立ち上がって喜びを表された。
「ぬん!」
殿の馬術は諸国より選りすぐられた騎馬武者の中でも群を抜いており、一直線に駆けられたかと思うと、馬場に置かれた障害を避け、飛び越え、駆け抜けつつ投げられた槍はすべて的を貫いた。
この馬揃えの情報は諸国に広がり、織田に通じる土豪が目に見えて増加した。殿は武辺を見せられ、その名を大いに挙げた。
儂? 住人の武者に取り囲まれた状態から全員を叩き伏せただけで、いつものことであるが、なぜか割れんばかりの拍手を受けて面映ゆきこととなったのう。
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