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藤吉郎の嫁取り

 歴戦の日野衆を退けた藤吉郎の功績は、殿より大いに褒詞を受けた。援軍が敗れたことにより、亀山の兵は士気をへし折られ、降伏のきっかけとなったことは間違いない。


「藤吉郎、見事なる大将ぶりであったでや。必ずや殿に言上し、褒美をもらってくれようでなん」

「ははっ、ありがたきお言葉にございまするが、此度のいくさで勝ちを拾うことができたのは、まず先鋒の蜂須賀小六の采配と前野将右衛門の武辺にございまする」

「うむ、したが彼の者どもが力を発揮したは大将の手柄と言うものでや」

「はっ、身に余ることなれど、謹んでお受けしますでなん」

「よからあず。して、その手元の書きつけは何でや?」

「はっ、儂が目にした先のいくさで手柄を立てた者どもにございまする。お殿様に褒美をいただいたならば、よく働いた者どもに報いてならねばと」

「良き心がけであらあず」

 その書付を見ると、おびただしい数の人名と、いかに働いたかが書き記されていた。

 ただ書いたものでないことはすぐにわかる。目付けをしていた馬廻りたちからも同じ報告が上がってきているからだ。


「藤吉郎よ。おのしゃあこれをいかにして書いたでや?」

「はっ、日頃よりともに働きし朋輩故に顔と名前は見知っておりましてなん。彼のものは機を見るに敏なりと思い、またほかの者は粘り強き性格をしておりまする。それらのことを頭に置いて見ゆれば、やはりその才に応じた手柄を立てておりますでのん」


 共に働いたというだけで、すべての者を把握することは難しい。才気ある者だけに絞っても百は下らぬ。その者どもの顔と名前を覚え、いかなる能を持つかを把握するなど、とても人知の及ぶ範囲でなかった。


「藤吉郎よ。おのしゃあ大した男だわ。武辺は人にかなわぬかもしれぬが、その才は殿の大いなる助けとなろうがなん」

「いやあ、儂のできることなどたかが知れておりますで」

「おのしと同じことができるものは天下広しと言えど、ほかに居らんであろうがのん」

 ぽかんとした藤吉郎は自分がどれだけとんでもないことをしているのか理解していないようであった。


 亀山城を落とし、北伊勢はほぼ制圧した。鈴鹿峠のふもとには砦を築き、近江からの侵攻に備える。

 長野は北畠の後援を受け、こちらに対抗する姿勢を見せているが、沿岸の湊を押さえられたことによってじり貧となっている。


 そして清須の城で藤吉郎と共に殿に戦果の報告を行った。


「以上にございまする。また、藤吉郎自身が記した手柄の書付がこちらにて、目付の裏付けがとれぬものもありましたが周辺で戦っていた兵の話を聞くに、偽りは書かれておりませぬ」

「よからあず。藤吉郎にまとめて金子をわたす故、そなたがその者どもに褒美を与えよ。まあ、あれじゃ。その程度のせこい偽りを藤吉郎がするわけもなかろうず」

 殿は基本的に疑り深い向きがある。その殿にここまで信頼されるとは、藤吉郎がいかに陰日向なく働いているかわかろうと言うものだ。

 そして殿が脇息より身を起こし、我らも威儀を整える。


「木下藤吉郎」

「ははっ!」

「そなたを墨俣の城主に任ずる。与力として蜂須賀、前野、坪内らを付ける。川筋の物流について禁制を出す権利を与える。詳しくはのちに書状を出すでや」

「は、え? 城主?」

「何を呆けておるかや。墨俣の地は稲葉山の喉元にありて、川筋の要地である。しっかりと治めよ」

「は、ははあ!」

「あと、これを見ておくがよからあず」

 ばさりと殿の手から渡された書状は、藤吉郎への縁談の数々であった。

「ふぇ!? 儂に嫁、でございまするか?」

「もともといくつか持ち込まれておったがなん。此度の手柄でさらに名を上げた故な」

「されば……お願いの義がございまする」

 儂にも意見を求められたので、内容は知っておる。尾張、美濃、近江などの豪族の名前も挙がっていた。

「申せ」

「小者のころ世話になった杉原殿に娘御がおりまして……」

「おお、かの娘……寧々と申したか。たしか蝶の侍女としてよく働いておるなん」

「はい、儂が手柄を立てたら迎えに行くと約束してござりまする」

「ふむ。ここにある釣り書きは興味はなきかや。おのしが後ろ盾になれる身代のものもおるでや?」

 藤吉郎は意を決した顔ではっきりと告げた。

「いかなるお咎めを被ろうとも、寧々殿以外に妻を迎えようとは思えませぬ。お殿様のご面目を潰してしまうこととなるは断腸の思いにござりまするが……」

 いっそ命がけで訴えておる心持なのであろう。口添えしようと身を前に乗り出したところ、殿の口からとんでもない言葉が出てきた。


「なれば親父の養女としてそれから嫁がせようかのん」

「はいっ!?」

 飛び上がらんばかりに藤吉郎が跳ね起き、そのまま平伏する。

「なんじゃ、不満か?」

「い、いえ。寧々殿を妻に迎えるお許しをいただけただけで身に余ることにございまする、その上のことは望んでおりませなんだので……」

「もともと権六が拾うてきて喜六が仕込んだ。どちらも当家の柱石である。なれば、儂が囲い込んでもよかろうが」

「え、ええと……」

 普段は頭の回転が速く、立て板に水を流すがごとき藤吉郎も唖然としている。

「ふむ、ついでじゃ、そなたを親父の猶子としようず。此度の働きを鑑みれば親父も否とは言うまい」

「身に余るお言葉にございまする」

「決まりだのん」


 きっかけは、流民やあぶれ者を藤吉郎が見事にまとめ上げたことにあった。一声かければ数千の兵が集う。このことは扱いを間違えれば不穏を巻き起こすきっかけとなる。

 そして、藤吉郎はその兵を率いて、六角家中でも名高い蒲生の兵を追い返した。無論、蜂須賀らの采配もある。それでも彼らを命がけの働きに向かわせるだけの才があることは疑いない。


 ひと月のち、清須の城で藤吉郎は婚礼の宴にその身を置いていた。

「ふむ、引き出物として儂が偏諱を与えようず。木下秀吉と名乗るがよい。弟も此度、見事なる働きをしたと聞く。秀長の名を与えるがや」

 大殿は上機嫌で盃を傾ける。小姓たちが酒量を絶妙に調整していた。以前のようなこと(ふんどし一つで裸踊り)をされても困る。あのころとは織田の身代は大きく変わっており、家格も上がっているからだ。


 杉原の家につながる一党が藤吉郎の家臣となった。織田家中でも、最も大きく出世をした家に入るということもあって、陪臣になることにも悲壮感はなかった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 宴の最中、実は泣き上戸であった小一郎秀長の感極まった号泣がずっと聞こえていた。

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

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