あり得ぬ追憶
予想通りのことに儂はため息を吐くが、市をはじめ柴田衆の面々はポカーンとしている。
怒りに燃え、戦意をみなぎらせて、疲れも忘れて強行してきたのであるからある意味で当然と言えよう。
「襲撃されたのも負傷したのも事実だよ。ほら」
左肩には矢傷があり、もともと大きくはない身体も痩せた。
「おいたわしや……」
「敵の物見を避けるために荷車に紛れて移動したってのもあるかな。揺れてきつかった……」
そう言って苦笑いを浮かべつつ肩をすくめると、痛みが走ったのかわずかに顔をしかめる。
「喜六!」
市が喜六様を支えようとして、押しとどめられる。
「だめだよ。権六がすごい目で睨むからね」
「ふん、わっちの旦那様はそんな了見の狭いことは申しませんわな」
「う、うむ」
いろいろと情勢が急転直下しすぎて儂自身も頭がついてきておらぬ。
喜六様に促されるまま、城内の居館へ入ることとなった。
「えいっ!」
真っ先に連れていかれたのは井戸であった。
汗みずくのまま駆けてきたので、相当ひどいことになっていたようで、顔がまだら模様になっておると言われた。
もろ肌を脱いで座ったところに、市が遠慮なく水をかぶせてくれる。
「ふふ、ふふふ。ああ……」
儂の背中を見て市が何やら面妖な笑みを漏らすがいつものことであるのでそのままにする。
手拭いで身体を拭き、衣装をあらためると、喜六様が待つ居室へと向かった。
「ああ、権六。お疲れ様」
「はっ。喜六様より受けた御恩を返すにはまだ働きが足りませぬでや」
「そうかなあ? まあ、その話はまた今度で」
「して、いかなる仕儀にてございますで?」
「うん、天下は真っ二つに割れているよね。京と美濃の将軍を中心に」
「左様にございますな」
美濃に動座してのち、御所様は諱を義輝と改めていた。名を変えることで、新たな天下を目指すと決意を顕されたのである。
畿内における味方は……はっきりと言えば浅井のみである。将軍に忠義を誓う者どもは多いが、それは個人に仕えているわけでない。足利将軍家に仕えている者たちだ。
故に、形式が整っておればそれでよく、旧来の自らの権益が安堵されれば良い。
三好方から見ればこちらに居られる御所様は実に目障りであろう。畿内に勢力を広げたい者は多い。特に武田、今川あたりは西に進む名分を得ることとなる。
すなわち、偽者の御所を討ち、新たな御所様に忠節を誓うと。
しかしこちらにも付け入る余地はある。武田と今川は同盟を結んでいるとはいえ競争相手でもあるのだ。
こちらに策謀を仕掛けつつも互いの足を引っ張ることも忘れてはいない。敵の足並みをそろわせないことが肝要だ。
此度の喜六様への襲撃は、武田が中心となっているという。
発端はシイタケであった。喜六様がシイタケを作物とすることに成功したことは、織田の機密となっている。
長島の願証寺経由で本願寺に販路を広げ、それをもって敵対しないように仕向けていたのだ。願証寺の利益は相当の規模になっているであろう。石山に送って購入額の補填と、手間賃を得る。
シイタケは精進料理で多く用いられ、高僧たちの主要な食事となるため常に不足しているのだ。
それゆえにこの利権は手放せないものとなるであろう。
そして、願証寺が大儲けするのを指をくわえてみていたのが三河の本証寺である。こちらには収量の不足によって回せぬと回答していたが、どうやらそれを不満に思って武田に内通したようである。
そして、食い詰めた御所様の家来に近づき、喜六様を狙った、と言うわけだ。
「おそらく、彼らは僕の存在に本当の意味で気づいてはいないかな。ただ織田一門を狙っただけだと思う」
「なるほど。警告と言うところですなん」
「うん、ただねえ……兄上が……兄上たちが……」
想像は付いた。そして喜六様に差し出された書状を開く。あて名は柴田修理亮どのとなっているため、そのまま開くと……、おそろしいまでの怒りがあらわされ、ところどころ筆先が跳ねている墨痕であった。内容は予想通りである。武田、今川を討てと言うものだった。
そして、花押が三つあった。殿、勘十郎様、そして大殿である。
書状をたたみ、思わず天を仰いだ。なんと愚かな。彼らはよりによって、虎の尾を丁寧に踏みにじったのち、逆鱗に小便をかけるがごとき振舞をしたのだ。
「うん、権六。少し落ち着こうか」
儂はどのような顔をしておったのか、喜六様が少し後ずさっている。
「儂は常に冷静にございますぞ? 見た目は熱く、心は冷たく。教わった通りにふるまっておりますでや」
「そ、そう? わかったよ。それでね、権六に話がある。僕らの前世についてだ」
「は、はい?」
突拍子もないことを言うお方であるが、今回はさらにとんでもないことを言いだされた。
「僕の人生は……二度目だ。その前世では弘治元年に誤射によって死んでる」
「……馬鹿な!?」
喜六様にそう言われて、儂の記憶が呼び起こされる。喜六様は風邪をひいて寝こまれたが、傷を負うことはなかった。
しかし、もう一つの記憶では、勘十郎様が激怒され、誤射を行った守山の信次様の城下を焼き払った。なぜなら儂もその場に付き従っていたからだ。
「それでね、僕は亡霊となって織田家の行く末を見守っていた。いろいろと辛いことがあったよ。勘十郎兄上は、二度兄上に背いて斬られた。切ったのは……信長兄上だったよ」
「まさか……」
そのことについても記憶があった。なぜなら、二度目の裏切りを殿に伝えたのは儂であったからだ。
勘十郎様を亡くして、儂は数年のあいだ蟄居していた。桶狭間のいくさではお家の危機として出陣したが、大物見に出ている間に殿が今川治部の本陣を突いてその首を取った。
「……え?」
「桶狭間のいくさだね。そのあと悪戦苦闘して美濃を奪った兄上は天下を制する地歩を築いた。美濃のいくさで功績があった権六は戦奉行になる」
「え、ええ。なにやら不思議な感じですなん」
喜六様の言葉は本来なら気が触れたと思われても仕方ないものであるが、儂にはすとんと腑に落ちていく。
今まで朧気であった数々のいくさにおける記憶、経験までもが呼び起こされていった。
「そして、本能寺」
喜六様の言葉に何があったかを再び思い出し、儂の目からは涙が溢れた。
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