足利義藤
武衛様に伴われ、室町御所に着くと、門衛にとどめられた。
「何やつ!?」
「斯波武衛でや。御所様のお召しに従いて参ったでや」
武衛様の掲げる二両引き紋を見て、門番の一人が門をわずかに開けて館の中に駆け込んだ。
「権六、どう見た?」
「たるんでおりますなん」
「貴様もそう思うたか。将軍家の直参であれば、由緒正しき武者のはずだがのん」
儂らの会話に武衛様が苦笑いしつつ答えた。
「由緒正しき武者はここにもおるでや。そなたらはすでに歴戦の武者であるが、由緒ある故にいくさ場に立つことが許されぬ。そういう者もおるということでなん」
「しかし、あの有様では事ある時に役に立ちませぬなん」
門の奥に見える陣屋では、足軽どもが昼から酒を喰らい博打にうつつを抜かしている。
今儂がここで刀を抜いたならば、たちまちに斬り伏せることができよう程に。
「権六、殺気を押さえよ。と言うてもあの酔っ払いどもはそれにすら気づいておらんようだがなん」
ついいら立ちが外に漏れていたようだ。目の前の門衛がカタカタと震えている。
「あ、あ、あ、あ……」
ふっと気を抜くと門衛はそれでもへたり込まず、ぐっと足を踏ん張った。うむ、こやつは見込みがある。
ギイっと音を立てて門が開かれた。中から羽織を着た武者がこちらに一礼する。その身ごなしに殿も目を細めていた。できる。
「お初にお目にかかりまする。拙者は御所様の近習にて、細川與一郎と申しまするに」
「おう、細川殿。斯波武衛でや。よろしく頼むだわ」
武衛様はニッと笑みを浮かべると、與一郎に腰の大小を差し出す。
「お預かりいたしまする」
表情も変えずに受け取ると、後ろにつき従っている小姓衆に合図を出す。
こちらも門のうちに入ってすぐ、彼らに刀を預けた。
「こちらへ」
與一郎の先導に従って館の中を進み、やがて中庭に案内された。
もろ肌を脱いだ若い武者が刀を振るっている。その姿は堂に入っており、年季を感じさせるたたずまいであった。
「おう、武衛殿。それに家来衆。よくぞ参っただわ。儂が足利義藤である」
ニヤリと笑みを浮かべた御所様は覇気にあふれていた。
この方ならば、幕府の再興も果たせるのではないかと思わせるほどに。
武衛様がスッと膝をつき、儂らもそれに従う。
「御所様!」
細川與一郎が血相を変えて御所様に詰め寄る。
「うむ、なんじゃ?」
「確かに斯波武衛様は幕府の重臣の家柄にございますが、いきなり諱を名乗るとは何事ですか!」
「ふん、諱によって呪詛をかけられるとでも申すか。たわけが、そんなことができるならば儂は百回以上死んでおるわ」
「お話をそらさないでくださいませ!」
「こやつらに信を置いた。それでよかろうが。それにのん、そこな二人の目の色は尋常のものではないが」
御所様の目は、殿と儂を見ておるように思えた。
「されど!」
「こやつらを見よ。一人たりとも並みのものではない。それはそなたも思うておろうが」
「う、うむむ。おっしゃる通りにございまする」
「人はのう、己がされた扱いを人に還すのじゃ。なれば最初に赤心を見せるが礼儀と言うものにてあろうが。弾正忠、いや尾張守か、さにあらずか?」
「はっ、おっしゃることはまことにごもっとも。されど相手を見てそれをすべきかと思いまするに」
「うむ、心地よき直言であるな。ここで諂いの言葉など出てこようものなら鬼丸がうなっておったぞ。まあ、そちらの武者が防ぐであろうがのう」
「権六は海道一の武辺にて、日ノ本一の大将にござる」
殿の大ぼらにめまいを覚える。海東一の武辺はともかく、日ノ本一の大将とは……。さすがに紹介されたのであれば、答えねば非礼に当たる。
「柴田権六と申しまする」
膝をついたまま言上し、すっと頭を下げる。
「……尾張守よ。この武者、儂の直臣にくれまいか?」
何かとんでもないことを言われた。
思わず殿の方を見ると、殿は今にも吹き出しそうな顔をしておられる。
「権六、何を言うても無礼には当たらぬゆえ、貴様の存念を述べるがよからあず」
武衛様もいい笑顔を浮かべて頷いた。
その一言に覚悟を決め口を開く。
「御所様に申し上げまする」
「許す」
「儂の生まれは尾張の庄屋にございます。越後は新発田の発祥にて、斯波武衛家の支族などと名乗っておりますが、出自は定かならぬものにて、御所様の直臣となれるようなものにございませぬ」
「儂は気にせんぞ。そも、尾張守が求賢令なるものを出しておるではないか。儂もそれに倣おうぞ」
「……そのお言葉まことにありがたく。しかし儂は弾正忠様に見出していただき、武衛様に引き立てていただきました。その恩を返さずに鞍替えをしたとなっては、忘恩の誹りを受けまするに」
「続けよ」
「世は乱れ、家来が主を討ってなり替わることが横行しておりまする。今一度君臣の序をわきまえ、秩序を取り戻すが肝要とおもい、仕えており申す」
「うむ、そなたの申すことはもっともじゃのう。あいわかった」
「はっ、ありがたき仕合せにございまする」
「一つ頼みを聞いてくれんか?」
御所様は我らを見渡してこういった。宇治のあたりに、牢人たちが集まって不穏の動きを見せているという。
「武衛には管領の職に就いてもらいたい。そのためにはこじつけであっても手柄がいるのだ」
牢人どもの数は五百あまり。我らの人数は百ほど。勝てなくはないであろうが……。
「無論無理を言うつもりはない。儂も出る」
「御所様ァ!?」
與一郎が悲鳴のような声を上げた。
「洛中の治安を守り主上の安寧をもたらす。なにもおかしいことは無かろうが」
「あります! そんなものは家来どもにお命じくだされ! 何なら拙者がやってまいります! 御所様が出張るに、相手が山賊とか、なっにっをっ、お考えですかあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
中庭どころか館全体に響きそうな大声で叫んだ與一郎に、武衛様が耳を押さえて顔をしかめておられる。
殿は殿で。「ほう、我に匹敵する大声のものが居るとは。天下は広いがや」などと楽し気にしておられる。
與一郎の絶叫はよくあることのようで、小姓衆は耳にこよりを詰めて防いでいた。
「うむ、とりあえずだな、あのぶったるんだ兵どもを鍛えなおすのにちょうど良いと思ってであるな」
「ドやかましいわ、アホンダラ! 天下の将軍をなんと心得るか!」
與一郎は御所様の胸ぐらをつかもうとしてもろ肌を脱いだ有様であることを思い出す。そしてきゅっと首を締めあげた。
「ぐ、ぐほっ、與一郎、やめぬか……」
「うっせえわ! その口閉じねば息の根を止めてくれるこのたわけめ!」
武衛様の目配せを受けて殿がすっと與一郎殿の背後に近づき、後ろからその首に腕を絡ませた。
「うキュッ!」
よくわからない声を上げて、與一郎は崩れ落ちる。
「蝶にならったのじゃ」
殿は鼻高々の表情でいかにして瞬時に與一郎を締め落としたかを喜々として語るのだった。
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