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上洛

 出立の直前、気になる報が飛び込んできた。川中島で対峙していた武田と長尾のいくさに動きがあったということであった。

 要地を明け渡した長尾の動きにつられ、陣を動かしたところ奇襲にあい、副将の典厩信繁を討たれる大敗を喫したらしい。

 勝負を急いだ理由はお互いにあったようである。それでもこれまでの対陣で、ここまで一方的に勝負がつくことはなかった。


 長尾景虎は勝負を決するとすぐに本拠である春日山城に戻り、不穏な動きを示した国人ににらみを利かせているという。


「こちらとしてはありがたき情勢であるな。信濃よりの攻勢が弱まるでなん」

「しかし、力を取り戻そうと遠山あたりに手が伸びるやもしれませぬで?」

「あ奴らは向背定かならぬものではあるが、一つだけ間違いのないことがあるでや」

「なるほど」

「うむ、強い方につく。此度の武田の敗報を国境の国人どもに盛大に知らせてやらあず」

「少なくとも真偽を確かめるまでは動きを止められるということにございますな」

「こちらは正しい情報を流しておるのだがのん」

 殿はニカッと笑みを浮かべる。近習の者どもも笑い、にぎやかに一行は街道を進む。

 

「ここが関が原か。なるほど、ここに陣を敷けば不破の城となろうず」

 馬廻りの太田牛一が殿の言葉を書き留める。一度足を止め、周囲の地形を書き留め、ここに砦を置くなどの着想を書き記していた。

 九百年前、壬申の乱においてこの地で大きないくさがあったという。日ノ本の東西を分ける関となるがゆえに関が原と呼ばれるようになったそうであるが定かではない。

 ただこの地は交通の要所であることは間違いなく、城砦を築いて備えをすべきという意見はもっともであった。

 街道の安全は物流の安全でもある。商売を奨励し、そこから税を取る以上は、商人の保護策として街道の整備と安全は優先されるべきことであった。

 宿場に兵をおいて周囲の警戒と治安維持を行うことと、万が一の事態に備えて複数の宿場を統括する砦を設ける。これは、敵の侵攻にも対応できるし、物資を集積しておけば打って出るのにも迅速に動くことができる。

 同行を許された木下兄弟は、街道の状態を必死なまなざしで見て取り、どこに宿場を置く、砦はここじゃと相談していた。


 伊吹山のふもとを抜けると一面に琵琶湖が見えた。陽光をうけてきらきらと輝く湖面は緩やかに波打っている。

 荷を積んだ船が行きかい、水夫の掛け声が聞こえてくるようであった。湖面を渡る風はわずかな湿り気と、ほのかな冷たさを運んできた。


「あれなるが佐和山城かや」

 街道から見える城は琵琶湖を背に威容を見せる。水路を取り込み天然の水堀を搦手にもち、いざとなれば船を用いての補給や脱出もできる構えであった。

 六角の城将の小川氏はたびたび仕掛けてくる浅井の攻撃に悩まされているとも聞いた。


 琵琶湖南岸を湖岸に沿って伸びる中山道を扼す要所に、観音寺城はある。南の支城で八風街道も抑えており、東西の物流を押さえる重要拠点であった。

 今回の旅程では船に乗っての移動であるゆえに、琵琶湖川から城の様子を見ることとなった。


「険しき坂じゃ。矢倉の場所も厄介だで」

「彼の家は弓術の名手が多いと聞くぞ」

「うむ、かというてあの急坂では矢盾ごとひっくり返されるで」

 馬廻りたちは城の様子を見て如何に攻めるかを談じる。


「権六、貴様なら如何に攻める?」

 殿が笑みを含んで儂に問いかけてきた。


「あれなる箕作山の城をまず落としまする。あとはあちらの和田山城を攻めまする。さすれば付近の支城は要を失い連絡が取れなくなりますでなん」

「ふむ、さすれば後ろ巻きが期待できぬ上にあの険しき山の上なれば……」

「水の手を切れば半月と持たぬと勘考いたしおりまする」

 儂の言葉に馬廻りの者共がぽかんとしておった。

「うむ、そなたらは一手を率いるとしても軍を率いたことはなかろうず。見ておるものが違うのでや」

「は、ははっ!」

「そなたらのいくさとは目の前の敵を討つことにあらあず。権六はそのさらに上の景色でや。我が天下に近づけば、無論そなたらも一手の軍勢を率いることもあろうず。さすれば目の前の敵のみならず周囲にも目を配らねばならぬでや」

 こうして次の日の夜半には瀬田に着く。ここで一晩休んだのち、逢坂の関を越え、洛中が眼下に広がった。


「おお……」

 その光景は無残なものであった。いくさの痕跡がそこかしこに残り、崩れ落ちた築地や、四辻に積み上げられた死骸が目に入る。

 物乞いが寄ってきて兵が叱咤して追い返す。烏丸通りを歩いて、武衛陣へと到着した。


「おお……」

 武衛様自身も数えるほどしか来たことがないうえに、その時からすでに荒れ果てていた建物は急場しのぎとはいえ修復されており、百余りの軍兵が寝泊まりしても問題ないほどにはなっていた。

 現状でもあばら家よりはましという程度であったが、これより荒れていたと聞くと洛中の有様がおもんばかられると言うものだ。


「禁裏も同じような有様にてあるか?」

「はっ、されど、先日の平手様のお心遣いによりまして、築地の普請が進みまして。子供が内裏の庭で泥をこねるような有様ではなくなっておりますで」

「ふむ、御上のお心が少しでも慰められたならばそれでよいでや」


 その晩は、武衛様が戻られたことを祝してささやかな宴が催された。

 ささやかと言うが、供をした兵すべてに酒がふるまわれるなど、困窮を極めた洛中においてはまさに大盤振る舞いと呼べるもので、様子を探りに来る小者らが後を絶たなかったのである。


 翌日、旅塵を落とし、衣服をあらためるとまずは室町御所へと向かうこととなった。

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

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