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北伊勢擾乱

 伊勢北部、尾張との国境地帯は長島願証寺の影響下にあり、河川が入り組んだ地形に輪中と呼ばれる島がそれぞれに勢力を張っていた。

 長島の語源は七島ともいわれる。

 当地の土豪らは北伊勢を支配する小豪族と、願証寺への両属の立場を取っており、重い年貢に塗炭の苦しみを負っている。

 北勢四十八家と呼ばれる豪族の集合体が統治しているが、内部は内輪もめを繰り返す。

 伊勢は一国を統治する勢力は存在せず、南部五郡を国司北畠家、中部安濃津を長野家、近江国境の鈴鹿に割拠する関家は六角の影響下にある。そして四十八家の代表格として千種家が勢力を張っている。

 

 ことは四十八家の合議の対立から始まった。水利争いから桑名に割拠する豪族たちが集って兵を挙げた。背後には影響力を強めたい願証寺より物資などの援助があったと思われる。

 言いたいことは一つ、四十八家の共同体に納める税を丸ごとこっちによこせ、であろう。お布施と言う形で多くの銭を吸い上げていることはほっかむりである。

 

 千種家は同じく兵を出し、関家も呼応して兵を出した。何のことはない、背後にいる六角との代理戦争の様相である。

 そしてそこに、織田家が手を伸ばし始めた。

 滝川彦右衛門一益が蟹江の居城に兵を集め、調略の手を伸ばし始めた。

 四十八家は外部の勢力に対抗するための組織であり、外敵に対しては一致団結して臨み、その結束は固い。

 しかし、船頭多ければ船山を登るのたとえ通り、千種家になり替わって四十八家を牛耳ろうとするものは後を絶たなかった。

 

「楠らにつなぎを取るのでや」

 一揆の報を聞いた一益はすぐに動いた。いつでも出兵できるように出陣の振れを出す。

 同時に密使を走らせ、つなぎを取っていた豪族らに後ろ巻きを申し出た。


 桑名で挙兵した戦力は一千。そこに関の援軍を得た千種らは三千を集める。

 四十八家は断絶などを含めよく入れ替わる。戦力の差を見て桑名の利権を再分配することしか頭になかったのであろう。一気に攻め込んできて、一揆勢とぶつかる。


「行けい!」

 関盛信は采を振るい、配下の将兵が一気に押し出す。横に並んだ千種率いる兵も前進してきた。

 一揆勢の領地は乱暴狼藉の被害に遭い、家は黒煙を上げ燃え盛る。

 その有様を見た農兵たちは怨嗟の声を上げた。


 数の差はいかんともしがたい。千種との戦いであれば互角に渡り合えるが、関の兵が側面を突くと脆くも崩れ去る。

 奇襲を得意とする楠流軍法も平地での戦いでは使いようがなかった。


「追えい!」

 兵隊は喊声を上げて負い首を取ろうと襲い掛かる。


「撃て!」

 そこに滝川一益の鉄砲衆が一斉射撃を放った。


「滝川だと!?」

「あやつら、織田に通じおったか! 裏切者でや!」

「織田も小勢じゃ、一気に踏みつぶしてくりょう」

「さようでや、鉄砲はいっぺん撃ったら弾込めに時間がかかる。今のうちに踏みつぶすでや!」

 一射目は威嚇射撃に近かった。射程のぎりぎりで発射したので、被害はそれほど多くない。それは千種、関の連合軍に鉄砲の威力を過小評価させた。


「早合準備! よし、次は引き付けるでや」

 一益は冷静に距離を測る。麾下の鉄砲衆は猛訓練を積んでおり、一人たりとも怖気づいて先に撃ち放つ者は出ない。

 遠目には弾ごめが間に合わず、威嚇のために銃口を向けているように見えた。


 一気呵成に攻め寄せる寄せ手に、一益は頃合いを見て采を振るった。

「早合全力斉射じゃ。筒先が焼けるまで撃ちまくれ!」

 一射目は一斉射撃であった。百の筒先が放った銃弾は寄せ手の先頭の武者を斬り裂く。胴を撃ち抜かれ、口から血反吐を吐いてのたうち回る。肩に当たった弾は腕を付け根から皮一枚でぶら下がる有様として、気絶した兵は後続の兵に踏みつぶされた。

 頭蓋を砕かれ、兜の内を血の詰まった袋のようにした。

 それでも、次の射撃には時間がかかると物頭が励まし、兵はそれを信じ歩を進めようとするところに、再び射撃が降り注いだ。

 

「あ奴らどれだけ鉄砲を持っておるのじゃ!」

 叫んだ物頭の悲鳴は喉首を突き抜けた弾丸によって永遠に止められる。鉄砲衆の中でも腕利きの兵が、兜を付けている、身分の高そうな侍を狙撃し始めた。

 

「いまでや! かかれ!」

 敗走した桑名地侍衆が体勢を立て直して、千種の率いる兵の側面を突く。それによって鉄砲で足を止められ、混乱しているところに最悪の攻撃となった。


「なんたることじゃ! 退け!」

 関の兵は旗色悪しとなって真っ先に逃げ出した。援軍としてきたのも四十八家の権益を少しでもかすめ取ろうというのが目的で、本気で千種を支援に来たわけではない。


 ここで本気で踏みとどまって織田勢にかかっていれば、滝川勢にはその攻撃を支える余力はなかった。猛射で千種らを食い止めることに全力を傾けていたのである。

 一益の手勢は八百。うち鉄砲衆はその支援も含めて二百。この戦闘のために、主君である信長に願い出て、借り受けた兵が半数である。

 そして、ここで最後のとどめとなる一撃が放たれた。


「権六殿、出番でや」

「応!」

 権六は武衛様より賜った名馬に一鞭くれると、猛然と駆けだす。柴田衆の中でも選りすぐりの馬術達者の侍を集めた。その数三百。

 三百の騎馬武者のとどろかす馬蹄の音が、関の手勢を背後から脅かす。


「何事でや!?」

「背後から騎馬武者が迫っておりまする、旗印は二つ雁金!」

「柴田じゃと!?」

 鬼柴田の名前は近隣諸国に知れ渡っていた。尾張平定から美濃攻略に至るまで、主要ないくさでことごとく手柄を立てる猛将。配下の兵も精兵ぞろいで、名のある武者を幾度も討ち取ってきた。

 関の兵はもともと士気は高くなかったが、柴田の名に完全にひるんだ。


「柴田権六でや! よき首を所望いたす! 我が首、とれるものなら取って見せよ!」

「柴田の首ならば末代までの誉れとなるでや!」

 最後尾にいた武者数名が馬首を翻し、先頭を走る権六に挑みかかる。息を合わせて一斉に迫ったのがあだになるとは彼らには思うこともできなかったであろう。

 一振りの横薙ぎで五つの首が飛んだ。


「ぬるい! この程度の武辺で儂が止められるかや!」

 相応に名のある武者が一振りで討たれた姿を見て後陣の兵は完全に崩壊した。

 隊列を崩して散り散りに逃げ出す。こうなっては関の手勢はこのいくさでは完全に無力化された。

 その有様を見て千種の兵も逃げ出す。追い首を上げられ、百余りの武者が討たれ、継戦能力を喪失した。


 織田の兵は合わせて一千ほど。鉄砲の威力と柴田の武辺を見せつけられ、逆らうことは無理であると、骨の髄まで刻み込まれた。

 こうして桑名一郡は織田の手に落ちる。一益は信長の命を受け、地侍たちの所領を召し上げて、彼らを城付きの番衆として再編した。まとまった所領は一益に与えられ、彼らは城の番衆に銭で禄を支払う。一所を取り上げられた者の中には再び反旗を翻す者もいたが、一益の武勇の前に抵抗空しく敗れ去る。織田は北伊勢に勢力を張ることに成功した。

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

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