表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/112

西美濃

誤字報告ありがとうございます。

 安藤伊賀守は大垣城を乗っ取り、独立の姿勢をあらわした。その情勢に西美濃の豪族たちが従い、相応の勢力となる。

 斎藤義龍は一色右兵衛を名乗り、自らを土岐家の支流であると宣言することで美濃支配の名分としようとしていた。

 三人衆と呼ばれた稲葉一鉄、氏家卜全らは静観の構えでどちらにも付こうとしなかった。

 美濃西部は畿内につながる街道を持ち、不破の関から上がる関銭は斎藤家の財政を潤していて、この地を失うことは大きな損失をもたらす。

 双方は長良川を挟んで不穏の情勢を見せていた。


「権六よ、戦支度はどうだがや?」

「はっ、抜かりなく」

 藤吉郎に目をやると、ニカッと歯並みをあらわし、頷いて見せた。

「うむ、よからあず。安藤から援軍を乞う使者が参っておるでや」


 使者として紹介された御御堂城主竹中重元は一人の少年を伴っていた。

「初めてお目にかかりまする。竹中重元と申しまするでや。これなるは嫡男の半兵衛にございまするでや」

 血の気が薄く痩せた体つきであったが、いやに眼光が鋭く、身のこなしもよく鍛えられている。

「ほう」

 殿の目つきが鋭くなる。互いの視線が刃を打ち合わせるようにぶつかるが、互いに目線をそらそうとしない。

「くく、わはははははは! 気の強い小僧であるがや。我の目を一時も逸らさず見返したでや」

「失礼をば致しまして!」

 重元殿は慌てているが、半兵衛自身はにこりともせずにすっと頭を下げただけだ。


「こやつは人質か?」

「殿のもとで学ばせていただければと勘考いたしおりまする」

「ふむ、なれば藤吉郎のもとで輜重を学ぶがよからあず」

「はっ!」

 後陣に置けという下命に、ちと首をかしげるところはあった。このような小童をいくさ場に出しても役には立つまい。

 そう思って殿の方を見るが、口元に薄い笑みを浮かべてただうなずかれたので、そのまま命に従うという意味を込め、頭を下げた。


 それから数日後、義龍の陣触れの報が伝わってくると、すぐに殿は儂に出陣を命じられた。

「殿の采を預かったならば必ずや手柄を立てて御覧に入れまするに」

「うむ、その心がけ誠に殊勝でや。武運を祈っておるぞ」

「ははっ!」

 儂の背後では主だった将領らが同じく頭を下げている。

「うむ、良き面構えの武者どもでや。こやつらを権六が率いるならばもはや我から申すことは無きにてのん」

 ニッと歯並みを見せて笑う殿に、配下の者共も笑みを浮かべる。中には清須に二度と帰れぬものも出てくるであろうが、そのようなことは誰も考えておらぬ。

「おのしらの手柄、楽しみにしておるでや!」

 儂は頭を下げると馬にまたがる。

「出陣しゃあせ!」

 

 大手門を出る時、市が蝶姫と共に見送りに出ていた。そろそろ腹も大きくなっており、子は順調に育っている。

 ただ、先日のように一緒に出陣すると言い出しかねないので、大殿に頼み込んで儂が戻るまで清須預かりにすることとしたのだ。

 ニコリと笑みを浮かべ、片手は腹に当てている。その姿に見送られ、歩を進める。


 半日ほど西に進み、木曽川を渡る際に、藤吉郎がやってきた。

「うむ、なにかあったかや?」

「はっ、川を渡るにまず綱を渡し、船を並べ、そのうえに板を渡さば舟橋となりまする」

「うむ。よき勘案でや。仮に退き陣となったときにも速やかに退けようず」

「はっ、実は……この考えは半兵衛がもたらしたものにございまする」

「ほう!」

「半兵衛は儂の手柄とせよといいよりましたが、さすがに……」

「うむ、ひとまずはおのしが案として支度せよ。悪いようにはせぬのでなん」

「かしこまってございまするに」


 藤吉郎と小一郎兄弟の采配で、荷駄を率いていた兵たちが動き出す。小荷駄隊は軍の急所である。


「小荷駄がごとき場よりも先陣を賜りたく!」

 とある武者が喜六様にこう申し出て、三日三晩飲まず食わずにされた。そのうえで立ち合いを命じられ、普段は歯牙にもかけぬ足軽にこれでもかと叩きのめされた。

「わかったかい? 腹が減ってはいくさはできない。君は確かに強い。だからこそ兵糧の守りを命じるんだ」

「はっ! かしこまってございまするに!」

「ああ、それと、小荷駄隊に被害が出ないままいくさが終わればその功は大きいと思って。もちろん加増や褒美も出るからね」

「は、ははーーーっ!」


 この一件があってから小荷駄隊の重要性がより理解された。敵地での物資調達は危険を伴う。食料を奪いに行って返り討ちにあうこともしばしばだ。相手もただの百姓ではなく、いくさに赴いたこともあるわけだ。

 むしろいくさに勝った後のことを考えて、現地で物資を得る時には銭を対価に支払うように命じられている。敵地で孤立すればいかなる大軍とて淡雪のように消え失せるは明白であった。


 過日の道三殿への援軍と同じ道をたどる。先導役は森三左衛門殿だ。

 飛騨川においても舟橋をかける。これによって進退を自在に行う体制を整える。


 そして進軍するうちに、一騎の使い番が現れた。

「申し上げまする。長良川西岸で一色方といくさにおよび、安藤様行方知れずとなっております!」

「であるか。いったんここで止まれ! 野戦陣を敷くでや!」

 周囲に物見を放つといかにもまずい状況であった。我らがつくまで大垣の城にこもり挟み撃ちをする手はずであったが、どうも釣りだされたあげく、野戦で敗れたようだ。


「敵は目前まで迫っておりましょう」

 藤吉郎が半兵衛を伴って現れた。

「ほう。わっぱ、どうしてそう思うでや?」

「ここで我らの足を止めるのが目的だからでありましょうず。使い番が逃れられたのもその証左」

「策を申せ。その言いようであらばなにがしかの考えがあろうが」

「では……」


 のちに織田の軍配者として名を遺す、竹中半兵衛の初陣はこうして始まった。

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

良かったらこちらもどうぞ

https://ncode.syosetu.com/n9554gl/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ