槍の又左
ちょっと短め
「ぶわっ!」
孫四郎は砂埃にまみれ返り血を浴びていた。
利昌殿が井戸に引っ張っていき、水をかぶせる。
「なにをするでや、親父!」
「うむ、元服の儀式をするでなん。身を清めねばならぬでなん」
「ほえ? 元服じゃと?」
「うむ、お前の元服じゃ」
「なにっ? 聞いておらんぞ!」
「喜べ、権六殿が烏帽子親でな。武衛様と大殿も列席していただけるそうだでや」
ぽかんとした孫四郎は再び水をかぶせられるまで突っ立っていた。
「ほう、馬子にも衣裳だでや」
「うぬぬ、窮屈だでや」
孫四郎は並みの大人よりも背丈が大きく、鍛え抜かれた体躯を羽織に包んだ姿は偉丈夫と言ってよいものであった。
城の広間には招かれた家臣たちが列をなしていた。上座には床几に座った武衛様と大殿、そして殿が控えており、真ん中には儂が座る。
総髪の孫四郎の頭に剃刀を入れ、月代を剃る。はらはらと落ちていく髪を見て孫四郎は神妙な表情をしていた。
「孫四郎をあらため又左衛門を名乗れ。諱は前田の通字と儂の字を合わせ、利家とする。これよりその方は前田又左衛門利家でや」
「はっ! 我が武勇のすべてをもって、殿の敵を討ち果たしてごらんに入れまするで」
「うむ、殊勝なる心がけでや」
殿が立ち上がり、利家のもとにいく。
「又左よ。今の心がけ、忘れるでないぞ」
「はっ!」
大殿と武衛様はニコリと笑みを浮かべる。
「めでたき日に合わせて一つ提案がございまするに」
道三殿が素と手を上げて言い出した。
「なんでや。申してみるがよからあず」
「熱田神宮に奉納の武芸大会などいかがですかな?」
「ほう、面白いでや!」
祭り好きの殿が真っ先にくいついた。
津島の盆踊りで民衆の踊りの輪に真っ先に突っ込んで行ったことは記憶に新しい。
「五郎左! 早速使いを立てよ! 半介、触れを出すのじゃ!」
その日、国中に触れが回った。熱田神宮において奉納の武芸大会を開く。資格は問わず、武衛様がご覧になる。
「出世の糸口をつかんでやるでや!」
「武衛様の前でよいところを見せれば仕官がかなうかもしれぬ!」
「上役のなにがしも出るそうじゃ。ククク、ここであったが百年目にてあらあず。試合でほえ面かかせてくれるわ!」
三日後、殿の素早すぎるほどの手回しで熱田神宮の境内には土俵が作られ、槍合わせのための広場が用意された。
喜色満面の殿の背後には、幽鬼のような有様となった小姓衆と馬廻りの面々が倒れ伏している。
「おのしら、よくしでかしたでや!」
「は、ははっ!」
真っ青な顔色で丹羽五郎左が応える。
「行けい!」
殿を中心とした馬廻りたちが一斉に馬を走らせる。殿の馬術は見事としかいうほかなく、一鞭くれると駿馬は素晴らしい勢いで駆けだした。
見物人たちからも歓声が上がる。走りながら小姓から槍を受け取り、立ててあった藁人形に向けて投げ放つ。
投げ槍は見事に人形の胴を貫く。
再び受け取った槍を投げ放ち、今度は顔面と思しき場所に当たった。
「上総介、見事であるぞ!」
武衛様は扇を開き、呵々大笑する。
「恐悦至極に存じまする」
馬を降りて汗をぬぐい、武衛様の称賛を受け入れる。
「殿! お見事にございますわなも。わっちは惚れ直したですわな」
蝶姫が駆け寄ってきて殿の首っ玉に抱き着く。
「うむ、そうかや、そうかや!」
鼻の下を伸ばす殿の顔は正直見れたものではなかったが、実に幸せそうで安心した。
「兄上! お見事にござる!」
勘十郎様も笑みを浮かべて殿のもとにやってきた。
「うむ、次はそなたの弓の腕、見せつけてやるがよからあず」
「はっ!」
弓衆の強豪に混じり、勘十郎様も勝ち進んで行った。決勝で太田牛一に敗れたが、弾正忠家の面目は保たれたと大殿が満面の笑みをうかべる。
相撲部門では藤八郎が決勝まで残る活躍を見せた。
そこで清須の門を守る佐脇弥八郎の養子となって家督を継ぐこととなった。それをきっかけに殿の直臣に戻り馬廻りに任じられた。
そして、槍合わせは……。
「はじめ!」
掛け声に合わせて突き出された槍を又左が払うと弾き飛ばされる。
次の相手は掛け声と同時に放たれた突きが相手の鼻先に触れた状態で止められていた。
「いつ突いたでや!?」
「なんという速さじゃ!」
「柴田様の家来だというぞな」
あまりの強さに儂の血が騒いだ。かっかと心の臓が脈打つ。
「孫四郎! ではないのう。又左よ、儂が相手でや!」
「おう、殿と言えども容赦はせんでや!」
わっと会場が沸いた。
槍を下段に構える。後の先を狙う構えだ。
「ふっ!」
呼気と共に胴めがけて飛んでくる穂先を柄で受け止め、足元を払う。
ひらりと槍先を飛び越えると上段から振り下ろしてくる。体を開いて避けて槍を払う。
ガキっと柄で受け止めると力比べになる。
「ぐぬぬぬう」
「ぬおおおおおおお!」
みきっと腕が盛り上がり背中が膨れ上がる。
「うおおおおおおおおお!!」
雄たけびを上げて押し込むとひらりと身をかわされる。
「うぬっ!」
「とりゃああああああああああああああああ!」
体が崩れたところで突きが飛んでくる。槍を構え突きを弾こうとすると、穂先が槍の柄を捉えた。
鈍い音を立てて槍が真っ二つに折れる。
「そこまで!」
真ん中からへし折れた槍を見てため息を吐く。
「ふう、こやつは槍の申し子でや」
「いくさ場に立ったならまた違うでや。殿は人にあらず、武神でや」
「なればおのしはその武神を破ったでや。大いに誇るがよからあず」
この武芸大会の結果で召し抱えられた武者は、武衛様の馬回りなどに登用された。
前田又左衛門の武名は大いに高まり、これより以後槍の又左と呼ばれ、味方を奮い立たせるのであった。
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