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和平交渉

此方の作品はあくまでも娯楽小説です。歴史小説の体をしたファンタジーです。

細かいところでの史実の齟齬であるとかは作者の不勉強によるものではありますが、そこは軽くスルーしていただけるとありがたいです(笑)

 岡崎城からほど近い大樹寺にて和睦の話し合いがもたれることとなった。雪斎は先年のいくさの傷がもとで病身をおしての出陣で、生きて帰ることはなかろうと覚悟のうえであったと聞く。

 朝比奈備中守泰能は今川の重臣で、雪斎と共に遠州の旗頭として今川家の屋台骨を担っていた。

 今川は大きく揺らぐ。腹心の家臣、それも最も信頼を寄せていた二人が死んだ。もはや三河に関わっている余力はないだろうとは喜六様のお言葉だ。


「朝比奈左京亮にござる」

 今川方は鵜殿、久能、菅沼など三河豪族らが付き従っている。

 松平広忠はこちらの陣営に座る。先代のころには同じ陣営に立っていた者もいる。互いに複雑な感情のこもった視線を交わすが、表立って言葉を交わすことはなかった。

「織田喜六郎にござる」

 儂の隣に座っていた喜六様が挨拶すると、今川方の部将たちがあんぐりと口を開ける。

「柴田権六でや」

 儂が名乗ると、ピリッとした空気に変わる。幾人もの今川の武者を討った儂に恨み骨髄と言うところであろうか。


「権六殿。貴殿の武辺のほど、誠に見事である。願わくば同じ旗幟をもって戦いたいものであったなん」

 遠州久能城主、久能宗能が口火を切った。

「敵方の武者にそこまで言うていただけるは武人の本懐でや。しかしなれど、儂は一度仰いだ旗を変える気は無く、また当家は斯波家を祖とする家柄でや」

「なるほどなん。縁がなかったということか。おのしが小気味良き言葉、感じ入ったるでなん」

 

「此度のいくさ、我が方の勝ちである」

 喜六様は寺の広間に安置されている棺を見て告げた。

「……左様にございますな」

 ギリッと歯噛みしつつもうなずく朝比奈左京亮。

「和睦の条件だが、今川の三河からの撤退と、遠江の割譲だ」

「なにっ!? ふざけておられるか?」

「ふざけてはいない。そもそも斯波家から奪ったものであろう」

「なればもう一戦しても構わぬのだぞ!」

「いいでしょう。そろそろ美濃の戦いの決着がついているはずです。兄上の兵が来れば我が方はそちらと同程度の兵力をそろえられる。三倍でも負けたのにね」

「ぐぬっ」

「そしてそちらの大将格は亡くなっておられる。治部大輔殿がおいでになって改めて一戦を遂げても構いませぬが?」

 落ち着き払って薄笑いを浮かべる喜六様の姿に、今川の部将たちは薄気味悪いような表情を浮かべる。


「あ、ありゃあなんでや……物の怪の類かや」

「さてね。そもそも僕のような子供に敗れたこと、言いにくいなら三郎五郎兄上に出てきてもらおうか?」

「なにを!」

「よせい! これ以上恥の上塗りはするまいぞ!」

 内輪もめが始まり、話が進まぬ。

「喜六様。一度儂が話してもよいですかの?」

「ああ、任せる。条件はさっき伝えたとおりだ」

「喜六様、わが軍には遠州まで遠征できるだけの用意がありませぬ」

「まあ、そうだね。けど、今そこに遠征してきている軍があるからね。彼らを根切りにして奪えばいい」

「左様ですな。できなくはありませぬが、彼らも遠州に住まう者にござる。余計な怨恨をうむはのちの禍根となりかねませぬ」

「ふむ、そうだね。武田が佐久郡でやっているような真似はすべきではないか」

 まるで今川軍など相手にならないと前提で話すのは事前に打ち合わせたとおりだった。

 それこそ三倍の兵と真っ向から戦った織田勢に余力はない。それこそ立ち上がれぬほど疲労困憊している兵がほとんどだ。

 だからこそ強気な姿勢は崩すことができない。


「……ひとまずここは、現在の境目にて分けるはいかがですかな?」

 大樹寺の住職がそう提案してくる。その提案に朝比奈左京亮の表情が変わる。寺社は独自の兵力を持つことが多い。松平家の菩提寺として岡崎の土豪にも一定の影響力があり、今後の松平家との関係を考えるなら、敵に回すような真似は避けたい。

 そう思わせることはできたようだ。


「松平惣領家として、境目を決めさせていただけますかな?」

「……いかなる内容にて?」

「ふむ、こことここの砦でいかがかや?」

「よからあず」

 松平二郎三郎殿が今川との交渉をまとめていく。

「当事者は二郎三郎殿だからね。貴殿が承知するならば僕からはいうことはない」

「はっ!」

「ああ、僕からも一ついいかな?」

 その一言に今川方はぎくりとした表情を見せた。

「一年間の停戦を盛り込みたいんだ」

 先に無理難題を吹っかけていたこともあってこの条件も即座に受け入れられた。誓詞を取り交わし血判を押す。焼いた灰を水に入れ、回し飲みをする段で喜六様がむせた。

 その姿に今川方は再び怪訝な顔をしていた。

 

 今川勢が撤収を開始するとともに兵を岡崎城に収容する。手負いの手当てを行い、少しでも戦力を整える。

 敵方は敗戦で離散した兵力も徐々に戻りつつある。こちらの戦える数は良いところ五千。敵はまだ一万以上の戦力を残している。

 それでも結果として総大将と副将を失ったことで兵の士気は落ち切っている。その状況で戦いを挑んでくるほど敵も無謀ではなかったようだ。


「ふう、何とかなったね」

 喜六様はぐったりとした表情で岡崎城の広間で大の字になっていた。

「いやはや。あのような言いようで胆が冷えましたぞ」

「んー、けどね。少しでも弱気を見せたらどうなってたかわからないよ。こっちの戦力を計りかねてくれたからうまく行ったんだ」

「人は未知なるものを恐れる、そういうことでありますなん」

「ああ、本当なら三郎五郎兄上を出すべきだったんだろうけどね。尋常のやり方じゃじり貧だった」

「結果良ければそれでよいということでありますのう」

「ああ、その通りだね。しかし、伏勢の攻撃と同時に敵将の狙撃に成功とか神がかってるね」

「運も力の内にござりますでや。勝つべき時はそのようなものにございます」

「ああ、権六の言うとおりだ。朝比奈備中殿の武運が尽きた、そういうことだろうね」

「うむ、明日は儂の首が落ちるやもしれず。他人事にはあらずでがなも」

「僕は死ぬなら畳の上がいいね。孫ひ孫に囲まれて、やっと厄介払いができるとうれし泣きされながら逝くのが理想だな」

「ならば、喜六様はまず嫁を貰わねばなりませぬなあ」

 そこにガラッと戸を開いて城主の松平二郎三郎殿が現れた。

「話は聞かせてもらったでや。先日娘が生まれましてのう」

 今回のいくさで見事今川を破った立役者となった二郎三郎殿は、なにやら一皮むけ、雰囲気が変わっていた。

「いやいや、そこは兄上を通してください。僕の一存で婚約を決めたとなっては後々問題になりますし」

「ふむ、なれど当家はすでに織田様、さらには武衛様に降ってござるでや。過去の因縁を流すためにも縁組が妥当と考えたるにて」

「竹千代君の相手がまだ決まってないのが不安ですか?」

「左様にございまする」

 ここで言葉を濁しても互いに腹の探り合いになろう。そう思われたのか、からっと笑いながら本音をぶつけてこられた。

「それも含めて少し待ってもらえないかな?」

「承知いたしましたでや。よき知らせをお待ちしておりますで」


 形の上では、二郎三郎殿は今川を裏切った形になる。ただ、岡崎と言う一所を守るためにはやむない仕儀であったともいえるだろう。

 

 後日、停戦の誓詞に治部大輔殿の花押が入った書面が届いた。さらにそこには別の土産もついてきた。

「人質を丸ごと返してしてきたって!?」

 普段はあまり驚くことのない喜六様が大声を出した。

「はっ、また鵜殿などの三河の土豪について、希望するならば遠州において替地をあてがうと伝えて来たそうでや」

「さすがというかなんというか。雪斎の影に隠れていたけど、治部大輔自身もやはり傑物だね」

「で、ありますな。そもあれほどの人物を自由に働かせるなど、並大抵の者にはできますまいが」

「ふむ、竹千代についてもある程度自由を与えないといけないかな。まあ、兄上が普通に連れまわしてるみたいだけど」

「お気に入りと聞いておりまする」

「まあ、いいことだね。英傑は英傑を知るんでしょ」

「なれば喜六様も英傑でや。殿と竹千代殿をよく知りますゆえ」

「ははは、僕は違うねえ。ただの怠け者だよ」

 少し苦い笑みを浮かべる喜六様であったが、針のめどを通すような情勢を切り抜けたことに安どしているようであった。

 戦後処理を終え末森に戻って数日後、一人の老人が訪ねてきた。

 

「頼もう! 斎藤山城守道三と申す。織田喜六様に会いにきたでや」

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

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