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興国寺の戦い

 富士川のいくさで北条方は敗北し、伊豆は失陥の危機にあった。背後に残った武田の残党の処理で時間をとられているうちに興国寺で防衛し、さらに箱根に要害を築いて出血を強いたうえで小田原城で迎え撃つ。これが北条の戦略であろうか。


 伊豆との国境を固める興国寺城には伊豆の諸豪族が詰めていた。ここを抜かれれば伊豆の失陥は時間の問題である。

 不退転の決意をもって挑むが、先の富士川のいくさの大敗が響き、士気は上がっていないようであった。


「さて、上杉殿、あの城をどう攻めたものかのん」

「くく、お手並み拝見と行こうではないか、武田殿」

 

 城を囲む織田勢の中で先陣に立つ二人の将は異彩を放っていた。

「釣りだされてくれればよいのだがのん。さすがにそこまでうまくはいくまい」

「ふむ、あの沼地に突き出すような縄張りが地味に厄介であるな」

「谷に沿って築かれておるゆえな。大手の周辺は沼地であるか」

「権六、おぬしならばどうするかのん?」

「ふむ、南側の斜面に鉄砲隊と大筒を置くかのん。さすれば三の丸、二の丸あたりまで弾幕を張れよう」

 儂の言葉に二人とも渋面を作り、ため息を吐いた。


「……仕寄りでは犠牲が大きいか」

「富士川のいくさでも鉄砲衆による援護射撃がなくば今川勢は富士川の雑魚の餌になっておったであろうな」

「時代は変わったものであるな。川中島のいくさとは隔世であるのう」

 城攻めにしても火力をいかに発揮させるかが肝要である。仕寄りを構えて城壁を乗り越え城門を奪い合うような時代ではない。


 それであっても野戦となればこの二人が指揮する兵に勝つのは至難であろう。

 勝つには理を変えるしかない。すなわち相手の間合いの外から攻撃し続けるしかない。

 殿も喜六様も同じ発想でいくさの準備をしておる。すなわち相手より長い槍を構え、野戦築城で敵から遠ざかり、弩や鉄砲を配備して敵を倒す。

 近寄られてしまえば尾張の兵は一部の武者を除いては実に脆い。理由はいくつかあるが、大きなものは流民を中心とした傭兵であることが大きい。常備兵と言えば聞こえはいいが、逆に地縁に縛られぬ兵ということだ。

 一所を守るため命を懸ける兵ではない。ゆえに不利になれば脆い。その兵を逃げさせないための付け城であり野戦陣なのだ。


 佐々の鉄砲衆が敵よりも高い位置に展開する。事前に木下衆が足場を作り弾薬なども集積してある。あとは敵陣に弾丸を雨あられと降らせるのだ。


「撃て! 撃て! 撃てええええええい!」

 内蔵助が割れ金のような声で兵に命を下す。城壁の上から矢を降らそうにも顔を出した兵から顔面を打ち抜かれて討ち死にする。

 とてもまともに戦えたものではない。


「かかれ!」

 平三が率いてきた馬廻りと信玄殿の手勢が仕寄りを構えて突進する。歴戦の兵だけあってぱらぱらとまばらに降ってくるような矢ではひるむことなく城門に取り付き、一気に破る。


「……いやあ、凄まじいね」

「兵としての力なれば我らが最精鋭に匹敵しますな」

 喜六様と本陣より武田勢のいくさぶりを見て嘆息する。

「いやあ、彼らとまともに戦いたくないね」

「で、ありますなあ。縦横無尽に動かれなばこちらは大きな痛手を負いまする」

「武田騎馬隊はさすがに宣伝工作だろうけど、戦場をあれだけ走り回ってほとんど息も切らしてない。あの足腰は恐ろしいね」

「おお、城門を破って城内に突入しましたな」

「はやっ!」

 喜六様が驚くのも仕方ない。一刻も立たずして大手門が破られ、場内で白兵戦が始まっている。

 頭上から降り注ぐ弾幕に頭も上げられず、援護もうけられないまま押し包まれて討ち取られていく敵勢はみるみる溶けるように消えていった。

 本丸を残して包囲すると敵は白旗を振ってくる。身一つでの城外退去の条件で和睦が成立した。

 本陣を城内に移し、さっそく軍議を行う。


「伊豆方面には抑えを残す。九鬼の水軍衆が来るまで待とう」


 下田の水軍が北上してくると向背を断たれる可能性がある。かといって伊豆に攻め入れば今度は小田原から軍が出てきて蓋をされてしまう。

 興国寺付近は富士山のふもとで海と山が大きく迫り狭隘な地形だ。興国寺の城を盾にして防ぐのには向いているが、攻め入るとなれば伊豆南部の制圧は必須である。


 これ以上の侵攻がないと知り、諸将はやや不満顔だ。


「今は伊豆を押さえる先鞭をつければいい。関東は広いけど、越後、上野、甲斐の3方向から侵攻できる織田の優位は動かないさ」

 興国寺城の修復と周辺に支城を置く。着々と防備を整えつつ北条方の情報を探る。


「箱根山にて野戦築城が行われております」

 箱根山を拠点に南北に兵を繰り出せるようにする腹積もりか。


「悪くないね。南にある韮山と連携すればこちらを南北から挟み撃ちにできる。北に迂回しようにも険しい地形で難しい。箱根を確保しないと小田原には近寄れないね」


「されば」「われらが」「「ひと当てしてまいりましょうず」」

 何やらやたら息の合った掛け合いを演じて平三と信玄殿が申し出る。


「貴殿らは先の城攻めで先陣を勤めておるがのん」

「最終的に敵将は退去を許しましたが、それゆえ此度の蠢動になっており申す」

「かといって根切りにはそうそうできないさ。死兵を作ってはならない」

「囲師は窮すべからず、ですな」

「孫武の兵法なら信玄殿にかなう者はいませんか」

「しかし兵法の根源には迫れておりませぬ」

「……数は力ですか」

「まさに」

「先のいくさで織田の強さの根本が見えた気がしまするな。すなわち、いくさに置いて勝つには敵より多くの兵を集めること」

「ただ集めるだけではいけない。飢えていては力を発揮できないし、そもそも統制が取れない軍は流民と同じさ」

「さよう。故に金を稼ぎ国を富ませる。さすれば多くの余剰が生まれ、それこそが兵を養う力となる。武芸の修練には時間がかかるので、味方を死なせない工夫、すなわち飛び道具に注力する。こんなところでしょうかの」

「……信玄殿の降伏を認めてよかったよ。ここまで短期間に当家の政策の意味をくみ取るとは」

「もはやいまさら天下を望みはしませぬでのん。ただ、天下を取るということを見せていただきたい、そう思うておりますでの」


 興国寺に籠っていた伊豆衆の兵力は3000ほど、前線に張り付けられる兵力としてはこちらもそこまで多く出来ない。

 よって一度野戦で敵を叩く必要があった。


「箱根に入った番衆は1万を数えたそうで」

「ああ、こっちも似たような兵力だからね、武田殿には興国寺の城代を任せる。駿府には今川彦五郎殿だ」

「はっ!」

「手柄次第で加増もするゆえ励め」

「ははっ!」

 武田と今川は数打に渡る因縁や恩讐がある。それを超えてお互い助け合うことができるか、という試金石の意味を込めた。喜六様のお言葉の真意が二人には正確に伝わっていることを期待する。

 

 駿河は大きく混乱していたため、再度平定せねば庵原や興国寺が孤立する。よって一度兵を退くこととした。

 興国寺には武田衆2000が残る。庵原には岡部元信の1500、駿府には今川衆3000が在番する。遠江までは尾張からの軍道が通っているので軍の移動は速い。


 さて、案の定というか釣りだされた北条軍は、興国寺に攻めかかっている背後を今川衆に突かれ崩壊した。

 浜松の城でその知らせを聞いた喜六様はほっと胸をなでおろすのだった。

読んでいただきありがとうございます。

感想、ブックマーク、いいね、ポイント評価、そしてレビュー。

全て作者の創作の燃料となっております!

以下新作です。こちらも読んでいただけましたらうれしいです。


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戦国アンビシャス

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