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若者たち

「殿! いまさら端武者のごとき振舞をされるはいかなるおつもりにございまするか!」

 天王寺のいくさの後、論功の評定の前に殿の小姓の一人が儂のもとにやってきて、呼ばれた先では十兵衛が殿に詰め寄っていた。

「うむ、久太郎の目覚ましき働きを見てのん。血が騒いだでや」

「それで万一のことがありましたならば如何されまするか!」

「ふん、坊主どものへろへろ弾があたるかや」

「鉄砲の弾は人を選びませぬ。殿が万一討たれておったならば畿内は以前よりひどい騒乱の巷となりまする。そこをご理解いただけませぬか?」

 ぎろりと十兵衛の目が光ったような気がした。その剣幕にさすがの殿も気色をあらためる。

「う、うむ。すまぬ。以後自重するでなん」

「お判りになればよいのです。失礼をば致しました」

 十兵衛の目つきは剣呑を通り越していた。さすがの殿も冷や汗をかいている。京を押さえ、幕府との仲立ちを行い、さらには丹波攻めも並行してこなす働きは目覚ましいが、ちと疲れがたまっておるのではなかろうか?

 儂の顔を見ると十兵衛は少し表情を緩めた。こやつとの付き合いも十年を超えた。莫逆と言ってもよい間柄となっておる。

 ポンと肩を叩くと、十兵衛はニコリと笑みをうかべた。そのやり取りを見て、殿は少しすねたような表情を浮かべ、そっぽを向いた。

 それこそ、尾張にいたころのような振舞で、思わず十兵衛と二人して笑い声をあげてしまった。


 天王寺の戦いで雑賀衆に正面攻撃を敢行した堀久太郎は功一等を賞されていた。


「久太郎、見事なる働き殊勝でや」

「はっ!」

「知行を加増してつかわす。目録はこれでや」

 まだ面差しに幼さの残る年ながら、その面構えは歴戦の武者に引けを取るものではなかった。

 読み上げられる褒美の数々に、諸将はため息を漏らす。最近では新たに土地を与えられることは少ないが、俸給の銭を大幅に加増されていた。

 取れ高に直せばちょっとした豪族よりも上である。さらに刀、馬、反物などの物品が追加される。

 小姓より馬廻りに昇格してすぐのいくさで手柄を立てたことに殿は殊の外喜びを見せていた。


「あの弾雨の中をいくら鉄の盾をもろうたとて、耐え抜くは並みの根性にあらあず」

「全身が肝っ玉のような若造だでや」

 どちらかと言えば細身の、偉丈夫と言うには程遠い形でありながら、古強者がしり込みするほどの修羅場に挑み、見事に勝ちを拾うあたりは度胸と才知が抜きんでている。

 諸将は感嘆の声を上げ、殿の目利きに称賛を惜しまなかった。


 我が下でも、佐久間盛政や勝政など、次世代を担う若者が育ちつつある。儂の副将格であった利家や成政はすでに一城の主となった。

 そばに居らぬは一抹の寂しさはあるが、弟とも我が子とも思うておる者どもの出世を喜ぶ気持ちに偽りはない。


「なんじゃ、権六。まるで爺のような顔をしておるでや」

「そこまで老けた気はございませぬがのん。若者が働くさまは見ていてよきものだと」

「ふん、それこそ縁側で孫を見る爺のようではないか。親父や平手の爺のようになるにはちと早いとは思わぬかのん」

 殿のお子は長子の帯刀殿が男子のいない五郎様の婿養子となられた。

 嫡出の吉法師様は輝信と名乗られ、京で御所様の近衛を勤められている。足利一門の姫を迎えられることがこの度決まった。

 弟の信雄様は伊勢国司の北畠の後嗣となることが決まり、霧山の御所に入られている。

 そんなある日、儂は天守の居室に呼び出された。

 ここは殿の御家族しか立ち入れぬ場として、家臣を呼ばれることは異例のことである。

「権六、ちと折り入って話があるでや」

「はっ」

「三七のことだがのん」

 殿にはほかにもお子はおられるが、嫡流とみなされているのは三人だ。

 先のお二人はすでに、織田家家督継承と、北畠の後嗣と行く先が決まっていた。

 そして、三人にも序列がある。母親の身分は比較的低い三七様は、ご兄弟の中でもわずかに低い地位にいた。


「吉法師様のご連枝としてお働きになるのでは?」

「うむ、我もそのように考えておったがなん。あれらにつけた家臣どもがいさかいを起こしておるでや」

 吉法師様には大身の馬廻りを付け、その筆頭格は川尻与兵衛であった。

 殿に若いころから付き従い、阿吽の呼吸で殿の意図を読み取り、またいくさ場においても信頼できる大将の一人である。

「貴様に子がなければ、柴田の跡継ぎと言う手もあったのだがのん」

「家臣としては光栄なことなれど……」

「すまぬ、繰り言じゃ。聞かなんだ事としてくれなも」

「儂はすでに十分手柄を立てましてござりますだわ」

「……すまぬ」

「北陸より先、越後より東へ攻め入られるにあたり、三七様を大将に立てられませ。儂はその与力となりまして、三七様の助けになりますでや」

「うむ、その先で有力な家があらばそこの後を継がせるがよいと思うておるがのん」

「ふむ、されば一つ心当たりがございまするが」

「……であるか。上杉であるな?」

「はっ、平三は妻を持たず、子もおりませぬ。同族の長尾家に嫁いだ姉上がおり、娘がいたと聞き及んでおりまする」


 殿に限らず、子女の行く先を定めるのは当主たるものの権限で、さらには悩みの種であった。

 戦国の世は親子の情すら断ち切ることもあるが、それでも肉親の情が絶えるわけではない。

 子の幸せを願うのはだれしも同じことであった。


 翌月、異例の速さで養子縁組がまとまった。仲立ちに入った身としてはありがたいことであるが、平三としてもありがたい話であったようだ。

 妻を迎えなかったのは、どこから迎えても角が立つという、ある意味良くある話であったのだが、逆にそうやって中立を保つことで国を保っていた。

 結局いろんな意味で渡りに船であったのだろう。


 三七様は平三を烏帽子親として、上杉三七郎信景と名乗ることとなった。利発で勇敢な気質を平三は気に入ったようだ。


 そんな中、急報が飛び込んできた。今川治部大輔義元の急死と、駿河に北条が攻め入ったとの知らせだった。

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