石山包囲網
「兄上、これと同じものを尾張にもすでに送っております」
「む、であるか。されば九鬼に伝えよ。予算はいくらでも使ってよい故、結果を出せとなん」
「はっ、では私も尾張に戻りますね」
「……よからあず。だが油断だけはすな」
「わかってますよ」
安土城の蔵から荷車に大量の銭が積み込まれた。また、鉄や材木などの資材を水軍衆に優先的に回すようにとの命令書も出され、喜六様に預けられた。
諸国より船大工が集められ、尾張に送り込まれる。伊勢湾の奥まった村に人が集められ、村の周囲には砦が築かれた。
入り江の先には関船が交代で配置され、昼夜分かたず人の出入りを監視する。
こうして、厳重な監視下のもと、新たな船の建造が始められた。
「我が弟ながら底知れぬのん」
「昔からではありませぬか」
「うむ、であるなん。あやつが居らなんだら我は生きておったかすら危ういわ」
「殿はいかに厳しきときにあろうが、必ずや道を切り開いておったと儂は思うておりますでや」
「くく、貴様ほどの者にそう思われておるならば、無様な振る舞いだけはできぬでのん」
石山の一揆衆は包囲を食い破らんと、織田の城塞に盛んに攻撃を仕掛けてくる。それは罠にかかった獣の最期の死に狂いにも等しい様であった。
先日、土佐の長曾我部と盟を結んだが、近隣の勢力を併呑し、土佐東部の平定に成功した。
三好の勢力は畿内における分は完全に駆逐されたが、本領の阿波では勢力をまだ保っていた。
「四国のへそを取るのじゃ」
長曾我部元親は北上し、白地の城を攻め取った。この一手は三好の後背を脅かすことになる。
石山がある限りは織田は大阪湾を渡れない。そう考えて、石山への援助を行っていたのだが、背後に火の手が上がってそれどころではなくなった。
阿波、讃岐に淡路を押さえる三好の方が勢力としては強いが、野戦で敗北を喫する。
一領具足の制度によって農兵の大量動員を行い、三好に匹敵する兵力をかき集めて見せた。
これは諸刃の剣で、ここで敗北すれば国力に大きな損害が出る。それでも、兵糧などは織田の援助を得て調達し、そして水増しした兵を伏兵として配置して敵の油断を誘い、見事に撃破してのけた。
「見事!」
吉報を聞いた殿はひとかたならぬ喜びを見せた。土佐一条家の権威は現当主兼定の失政により失墜している。
一条家の名誉を失墜させるそのうわさは京にまで及んでおり、一条内基と諮って兼定を京に引き上げることとさせた。
現地の家臣は付き従うもよし、土佐一国は元親に安堵ゆえにそちらに降るもよしと通告すると、ほぼすべての家臣が元親への臣従を申し出てきた。
勢力的に弱小ながら、三好相手に勝ちを収めた実績が評価され、さらには中央の権力者である織田家とも親しい。
そもそも一条兼定の追放は織田家主導で行われている。これらのことを勘案すれば、元親に臣従する方が良いと考えたのは無理からぬことであろう。
「権六、手勢はいかほどおるかのん?」
「はっ、すぐ動かせるものは千ほどにて」
「うむ、我の馬廻りと共に明後日出陣する故支度させよ」
「かしこまってございまするに」
天王寺の砦が石山の門徒衆に猛烈な攻撃を受けていることは使い番の知らせによって把握していた。
「勝政、家嘉、出陣の支度を整えるがよからあず。遠からず殿より命がくるでのん」
知らせを受けるとすぐに用意させていたのは無駄にならず、安土の在番衆はそろいの具足に身を包み、槍先をきらめかせて整列していた。
「うむ、良き面構えの者どもでや」
殿が南蛮胴具足に身を包み、選り抜かれた駿馬にまたがって現れると兵たちは慌てて膝をつこうとする。
「よい、楽にするがよからあず」
手を振ってその動きをおしとどめる。軍神が揺らぎ出たかのような威に兵たちの表情が引き締まる、
「柴田衆一千。いつでも出陣できまするに」
「さすがの手並みだわ。殊勝なり」
「殿に遅れなば末代までの恥にござるでや。いつでも下知に従っていくさ場に赴く覚悟は決まっておりますでなん。であろうが!」
儂の檄にこたえ、兵たちは雄たけびを上げる。
「うむ、天王寺で佐久間半介が苦戦しておる。生臭坊主どもを極楽に叩き込んでくれるだわ」
安土の大手門が開かれ、先駆けの武者が美々しきいでたちで馬を進める。
永楽銭の旗指物を掲げ、在番の馬廻りを従える殿の姿が見えると、見送りに来ていた安土の町人どもから歓声が上がった。
「上杉より貰った盾を試すときでなん。足軽衆、かかれ!」
鉄張りの盾は重量があるため、二人がかりで掲げて進む。上向きに放たれた矢は槍衾で防ぎ、力自慢の荒子が盾を構えて突進する。
下針、蛍火などと異名を持った熟練の鉄砲放ちが慣れた手つきで早合を銃口に落とし込んで引き金を引く。
腹に響く轟音と、空気を切り裂く高い音の中を必死の形相で押し進む。
盾は見事に銃弾を防ぎ、兵の被害は思った以上に少ない。
「こりゃあかん、あないにクソ重たい盾を担いで突っ込んでくるとは正気の沙汰やないわ」
「んだのう。ここはいっぺんさがろか」
盛り土の上から射撃していた雑賀の鉄砲衆は陣所を捨てて後退した。
そこに別手を率いていた塙直政の手勢が襲い掛かる。これ見よがしに目立つ鉄盾を押し出したのは敵の目を引き付ける囮であった。
塙衆の奮戦で、雑賀衆は主だった国人の半数を討たれる大損害を被ることになり、出撃できるほどの戦力を喪失した。
「いまでや! 我に続け!」
鉄砲衆の猛射が緩んだすきを見て、殿自らが先陣に立って砦を包囲する敵に突っ込んだ。
「遅れるな! 続け!」
なんとなくそんな予感がしていたので、儂も勝政を先鋒に立てて兵を前進させる。
殿自らが先陣に立って敵を蹴散らしたことで味方の意気は天を衝くほどになった。これまでは互いに大きな戦果もなく睨みあっていただけであったが、天王寺の砦を落とさんと攻勢を仕掛けてきた石山方の意図はくじかれ、雑賀衆をはじめとして大きな損害を出すことになったのである。




