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【短編】その他の短編

夏の夜の俺

作者: 烏川 ハル

   

「誰? 誰か、そこにいるの?」

 蒸し暑い夏の夜、寝苦しさに負けたかのように、彼女は屋敷から出てきた。

 庭の茂みに潜む俺の方へ、言葉を飛ばしてくる。

 どうせ、俺の姿なんて見えていないのに。


 月齢の確認はしていないが、おそらく今夜は、満月ではないはず。それでも月の光は明るく、いかにも洋館といった感じの建物も、白い扉の前に立つ彼女も、どちらも美しく照らし出されていた。特に彼女のネグリジェ姿は、ドレスかと見紛うばかりに素敵だった。

 もしかすると、月の光云々ではなく、ただ単に俺の目が良くなっただけかもしれないが……。


「いやだわ。また不審者かしら……」

 聞こえよがしの呟き、といったら自意識過剰なのだろう。

 俺の姿は彼女から見えない、というだけではないのだ。俺が茂みの中でガサゴソと音を立てることも、ありえないのだから。

 そもそも隠れる必要だってないくらいなのに、それでも俺は、定位置に収まってしまう。以前の行動が体に染み付いているからに違いない。いやはや、習慣とは恐ろしいものだ。



 そう。

 以前も俺は、この同じ場所で、彼女を見守り続けて……。

 ある日、とうとう彼女に発見されてしまった。

 理屈の上では「隠れ続けなければならない」とわかっていても、心のどこかで「見つかって嬉しい」という気持ちもあった。一方通行だった視姦が双方向に繋がった、という喜びだ。彼女との物語の第一歩、と思えたのだ。

 しかし。

 現実は、そう甘くなかった。

 すぐに警察を呼ばれて、思い知らされたのは、ここは日本ではない、という点。銃社会では、不法侵入のストーカーなんて、撃ち殺されても文句を言えないのだった……。



「気のせいよね。どうかしてるわ、私……」

 自分に言い聞かせるようにして、彼女は館内に戻ろうとしていた。

 その様子を、俺は庭の茂みから眺め続ける。


 どこで死のうが、俺は日本人。お盆の時期には、幽霊として一時的に現世に舞い戻ることが許される。一般的には、親類縁者のところへ向かうらしいが……。

 懸想していた女のもとに現れて、必要もないのに茂みに隠れてしまう。そんな俺は、筋金入りのストーカーということになるのだろうか。




(「夏の夜の俺」完)

   

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