剣聖スイッチ
光が収まるとそこは森の中だった。都会で育った俺は森に入った経験などなく、遠くから聞こえる動物の唸り声に震えた。
「異世界召喚ならスタート地点は城の中じゃないのかよ!」
周りを確認すると4人組の学生の姿はなく、どこかもわからない森の中に取り残されているという現実に冷や汗を流す。
「そうだ!なにかスキルとかあるんじゃないか?ステータス!メニュー!」
適当な言葉を試して見るがステータスは見ることができなかった。
「おいおい、嘘だろ‥。財布しか持ってないのにスキルもなしかよ‥」
その時、茂みがガサガサと音を立てて揺れた。
「‥‥ギ?」
緑色をした小学生くらいの大きさの生物が現れた。少しファンタジー系のゲームでもやったことがあれば誰もがゴブリンと答える見た目だ。手には錆びた剣を持っている。
ただのサラリーマンだった俺は錆びた剣とはいえ、刃物を持った生物に恐怖を覚えた。
「こっちに来るな!」
そう叫ぶがゴブリンは嬉しそう笑うと剣を振り上げてこちらに近寄ってきた。
地面に手頃な石がいくつか落ちていたのでヤケクソでそれをゴブリン目掛けて投げる、投げる、投げる。 雑魚の代名詞である、ゴブリンだがこの世界では石で殺せる程、弱くはないらしい。その証拠にゴブリンは頭から血を流しながら怒りを込めてこちらを睨みつけ、こちらに駆け出した。
「ゴブリンの癖に強過ぎだろ!」
俺は慌てて、後退るが木につまづき倒れ込む。左手に木の枝の感触があったので慌ててそれを前に突き出す。ゴブリンは急に止まれるはずもなく、その木の枝が喉に突き刺さり、血が吹き出す。初めて人型の生き物を殺したがそれどころではなく助かったことに安堵した。
「はぁ、はぁ」
しばらくその場で放心していたが意識が戻り、このままではまた別の生き物に襲われると思い、ゴブリンの持っていた錆びた剣を手にし、歩き始めた。
「一体、どっちに行けば良いんだよ‥」
あまりの心細さにそんな独り言が漏れる。
その時、遠くから人の声らしき物が聞こえた。
「人の声だ!あっちか!」
声のする方に進むと見るからに冒険者らしき4人組が2メートル程の大きさの人型の生物と戦っていた。
「さっきのやつがゴブリンならあれはオークと言ったところか」
安定して戦っている彼らに頼もしさを感じ、戦いが終わってから助けを求めようと考えていた。
その時、茂みからもう1匹のオークが現れた。
冒険者達の顔には焦りが見えるが、すぐに2人ずつに分かれ対応する。しかし、明らかに冒険者が押されていた。
「これはダメだな‥」
自分の身が第一である彼は、逃げることを選択した。後退ろうとしたその時、後ろから唸り声が聞こえ、驚いて前に一歩進んでしまう。運の悪いことにそのまま木の根に足を取られ少し下り坂になっていた道を転がって行く。そして何故かアクロバティックに着地が決まる。驚く冒険者達に、興味のなさそうなオーク達。
(これは死んだな‥。どうせ死ぬなら格好つけて死のう)
なぜか、死の覚悟を決めた彼は錆びた剣を片手に悠々と前に出る。
「あ、あんたも冒険者か?」
冒険者の1人が俺に声をかけた。
「俺は剣聖。全てを斬り裂く剣だ。」
俺はどうせ死ぬならと日頃から考えていた痛い設定を貫くことにした。
俺は剣を構える。その時だ。
『剣聖スイッチを起動します。』
『武器、肉体をチェック。』
『動き、思考を最適化します。』
『完了』
体が勝手に動いていた。剣を上から下に振り下ろす。それほど速くない動きで剣を振った。ただ恐ろしい程に正確で鋭い一撃。オークは腕を盾にするも、その腕ごと頭から足まで真っ二つになった。
その結果が当たり前であるかのように俺は次の動きに移っていた。 なんだか楽しくなり笑みが浮かぶ。もう一匹のオークはこちらに拳を振り下ろした。その拳に合わせて突きを放つ。拳を切り裂きながら剣は進み、そのまま心臓に突き刺さる。即死だ。
俺は剣を下ろし、冒険者達を見た。彼らは俺を見て怯えていた。
「俺はソーマ。街まで連れて行ってくれないか?実は迷子なんだ」
剣を握ってから何故か妙に落ち着いていた俺は怯える彼らに笑顔でそう言った。