そうして俺は、前へと進んだ
思ったより忙しくて一話分しか書けませんでした
カーラ・ユヅキ分は2・3日中に投稿します
ドラッケン帝国の夜は、明るい。
魔導電池という魔力の塊が、人々の生活を豊かに彩っているからだ。
光があれば、闇もある。
光が眩しければ、闇がどこにあるか解りやすい。
眩しい大通りから離れた、闇に溶け込む潰れた武具店。
マクミランが「ハローマックみたい」と意味が解らない事を言っていた建物内に、そいつらは居た。
「あんなにあった金がこの位しかねーのかよ、しょべーな」
「仕方ないだろう、逃げるのに必死だったんだ。商品もすべて押収されたしな」
あの時は恩師として敬っていた、ドキュンとサオヤック。
「お前達があんなミスさえしなければ…!お陰で私は破滅だ…!」
そして、あの出来事の元凶、元冒険者組合副組合長、クロマ。
「リーダー、そりゃねーだろ!アンタの情報不足が招いた結果じゃねーか」
「お前達が余計なものまで映したからだろ!」
「だが、まさかあの女のピアスに家紋が彫ってあるとは解るわけないであろう?」
こいつ等は女冒険者で上物がいると、あの時の様に女を自分のモノにしていた。
時には売春させ、時には性行為を録画し、それを関係者へと販売していた。
被害者女性は解っているだけで、100は超えている。
幸いにも、映像を買える事が出来る存在は限られていた為、自分の映像が出回っている事を知らない娘が多い。
だが、知ってしまった娘は…自殺やら、精神病やら、悲惨な事になっていると言う。
今回は、道楽で冒険者をしていた王国貴族様の娘が、こいつ等の毒牙にかかったって訳だ。
こいつ等の客には貴族様が多いため、そこからバレてしまったようだな。
可哀そうな事にその娘さんは婚約破棄をされ、男の視線が怖くなった結果引き籠ったままらしい。
知らない所で自分の性行為映像が出回り、他人に見せられない姿を、知らない男共に知られる。
そりゃあ、精神病むだろうよ。
(ま、自業自得なんだがな)
そう、自業自得だ。
時間を経て自分の事を振り返ると、カーラとユヅキを奪われたのは自業自得だった。
2人からの愛を一方通行で受け止め、此方からは愛を伝えなかった。
2人は絶対に離れないだろうと妄信し、それが当たり前だと思っていた。
少しくらい頑張らなくても、2人なら笑って認めてくれると甘えていた。
古臭い英雄譚の様に、自分が物語の主役で、将来が約束され、ハーレムの女共が無償の愛を囁いてくる…そんな糞みたいな事を信じてた、代償だ。
あいつ等の事をどうでも良いと考えてたのは、俺の強がりだ。
だが、それでも…自分に責があるとはいえ、あのような事をした2人を許せそうには、無い。
(しかし、こいつら本当に銀級と元金級か?)
俺がすぐそばに潜んでいるのに、此方の気配にすら気づかない。
欲望に走り過ぎて、腕が落ちてるんじゃないか?
ま、こいつらのお仲間は別部隊が捕縛しているだろうし、俺も動くとするか。
俺はフードを取り、そのまま入り口の扉をけ破った。
「だ、誰だ!」
ドキュンの慌てた声を無視し、俺は3人の下へとゆっくりと歩き出した。
おっと、腐っても元金級冒険者、やはりクロマが先に動くか。
クロマの手からナイフが放たれるが、俺はそれを余裕で弾いた。
「その髪の色…、まさか!君はグラッデンか」
おぉ、覚えていたとは。
グラッデンと言う名は捨てたが、髪の色はそのままだからな。
緑…帝国内でも珍しいんだよなぁ、だから仕事の時はフードを被らざるを得ない。
「おいおいマジかよ、グラッデンって死んだんじゃねーのか?」
「いや、言われてみると確かに奴だ。愛する女を俺達に寝取られた、な」
サオヤックが厭らしい笑みを浮かべ挑発してくるが、反応はしない。
ってか、俺死んだ事になってるのか。
あー、森の中で冒険者カード落としたなそういや、それでモンスターに食われたとでも思われたか?
「帝国も人手不足の様だな、こんな若造をよこすなど。グラッデン、死にたくなければ消えろ」
「いやぁ応援呼ばれると面倒っしょ、ココはしっかり殺さねーとな、うひ」
「あの時は手加減してやったが、銀級冒険者の本気を見せてやらねばわからん様だ」
驚きで馬鹿面晒してたのに、すっかり余裕ある顔になったな。
確かに、あの時の俺の弱さなら、こう馬鹿にされても仕方ない事だ。
だが、今は違う。
(俺自身どのくらい強くなったか…、こいつらで測らせて貰うか)
「おいおい無視するなよ、それともー怖くて声もでまちぇんかー?情けないでちゅねー!」
「そうだ、バルハラの土産に教えてやろう。ユヅキの奴は…」
2人が、クロマを隠す様に位置を変える。
瞬間、視界の隅で銀色の光が尾を引いた。
「ハァッ!」
クロマが低い姿勢のまま素早く動き、俺の喉元へナイフを走らせ…てるんだよな?
いや、遅いだろそれ。
「ハァッ!じゃねーよ」
「ぶべっ!?」
俺はクロマの顔を、そのまま蹴り上げた。
硬いモノが軋む感触と共にクロマは吹き飛ばされ、埃を巻き上げながら床をバウンドし…動かなくなった。
あ、やばい。
死んでない、よな?
「ぎ…、へげぇ…、ぎぎっ」
あ、良かった、生きてる。
あっちもそれなりの速さで突っ込んできたから、そりゃダメージ増えるよな。
まぁ、まずは一匹。
「な、ぇ…?はぁ!?」
「まさか…!くそ、まぐれに決まっている!死ね!」
ドキュンは唖然としているが、サオヤックはすぐさまこちらへ殺気を放った。
そしてそのまま、右手に下げていた剣を振るってくる。
そう…、あの時はこの程度も防げなかった。
あの時の俺が、今の俺位強かったら…、いや、考えるだけ無駄だ。
「くそ!くそくそ!何故通じん!貴様本当にあのグラッデンか!」
考え事をしている間にも、サオヤックの攻撃は続いていた。
続いているが…すべて、弾いている。
以前は見えなかったその剣閃も、今では余裕で対応できるほど…遅い。
(俺は、強くなれたんだな…)
胸中にしこりの様に残る、ドキュン、サオヤックへの劣等感。
それが今、スーッと消えるように無くなってしまった。
「何笑ってやがる、くそぉおおおおおおおおおおおお!」
笑ってる?
俺が?
ここ4年、全く笑えてない俺が?
サオヤックが、怒りに任せた一撃を放ってくるが…スキだらけだよ。
俺は余裕で避け、サオヤックの腹に、拳を突き立てた。
「ぐ、ぼぉ!?」
鎧を砕き、その下の筋肉を壊す感触。
同じ場所に、再び拳をぶつける。
「ん、げぼ!い、いでぇぇええぐべぇっ!」
おっと、内臓を傷つけないように少しは手加減しないと。
「がっ、待っ!ぎゃぼっ!げぶっ、あ、がっ…」
更に数回撃ち込むと、サオヤックの大きな体躯が床へと崩れていった。
嘔吐物を流し、クロマと同じく体を痙攣させている。
「ぁ、ぁぁぁ、嘘、だろ…」
さて、こいつはどうするか。
俺が無言で近づくと、ドキュンは腰を抜かしたまま後ずさり始める。
「ま、まってくれ!謝る!お前、いや貴方からカーラを奪ったのは謝ります!許してくだざい!」
今更、謝られてもどうしようもないがな。
「俺よりお前が食い物にした女に謝れよ。大丈夫殺しはしない。王国に引き渡すだけだ」
「ひ、嫌だ!俺はこんな所で止まっていい人間じゃ…ぃ、ひぃぃぃぃ!?」
俺はナイフを取り出し、透明な薬品を塗り付ける。
その間ドキュンは逃げようとするが、俺が殺気を飛ばすと下半身を汚く濡らしながら、再び腰を抜かした。
「お前達は王国の広場で3年間磔にされ、被害者達に石を投げられる」
「そん、な…、嫌だぁ!」
「被害者の中に神官のお偉いさんの娘さんもいてな、神殿総出でお前達が死なないように面倒を見るそうだ、良かったな」
絶望を浮かべるドキュンの腕に、俺はナイフを浅く刺した。
即効性の眠り薬だ。
あの時、お前達が俺の酒に混ぜたのと、同じな。
「雨の中、炎天下の中、いくら体調を崩そうがお前らは磔のままだ。…俺も時々様子を見に行ってやるよ」
「み、みみ見逃してくれ!カーラの映像を全部やるからさ!セックスだけじゃねぇ!排泄してるとこや出産してるとこ全部ぶげぇ!」
あ、しまった。
つい股間にナイフを突き立ててしまった。
ドキュンは泡を吹きながら倒れ、そのまま苦しそうに寝息を立て始める…器用だな。
はぁ…、このナイフ、廃棄だな。
作った職人さん、すまない。
「…ふぅ」
俺は軽く息を吐き、周りを見渡す。
クロマ、ドキュン、サオヤック…俺の過去を蝕むこいつ等を、倒せた。
「終わったのか?ニムバス」
「はい。…そちらはどうですか?」
「こいつ等の仲間は全てとっ捕まえたッスよ」
「同時に、王国と協力し、取引履歴のある奴らを追い詰めてる最中です」
「…そうか」
俺の事を見守ってくれていた、仲間達。
隊長、フリュー、マクミラン…以外にも居るようだ…お節介な奴らめ。
(大事なモノを失った、けど、また大事なモノは手に入った)
…あの時、カーラとユヅキが言ってたな、
過去は無駄では無いが、不要になる。
ならば、この感覚がそうなのだろう。
彼女達を奪われ、絶望し、俯いた俺は、もう居ない。
だがあの時間は確実に俺の経験となり、結果的に隊長達とめぐり合えた。
「…皆、この後、飲みに行かないか?愚かな若造の話、昔話…色々、話したい事があるんだ」
「ああ、もちろ…お主、その顔」
「ニムバスさんの笑顔、初めて見たッス」
「ってか、格好いいでしょ、これ…うわぁ」
昔の俺よ、さよならだ。
これからの人生に、お前は必要ない…今まで有り難うな。
暗い店内に差し込む、月明かり。
何故かそれが、妙に眩く見えた。
△ ▽ △ ▽ △ ▽
2日後。
クロマ達を王国の騎士団に引き渡した帰り、俺は冒険者組合へと立ち寄った。
驚いた事に、あの頃受付をしてくれていたメルアスさんが居た。
しかも、副組合長となっていたのだ。
聞くと、俺の一件から何かあると考え、組合長達を巻き込みクロマ達を調べてくれたらしい。
とは言え、あいつらと取引のある貴族達が妨害をしていた為、4年近く掛かってしまったそうだ。
「…そう、やっぱ冒険者、辞めちゃうのね」
「はい、色々とお世話になりました」
メルアスさんは、俺が生きていた事を心から喜んでくれた。
そして、冒険者を辞める事も心から残念がっていた。
俺の居場所は帝国の、あの場所だからな…筋は通さないと。
「では、また会うこともあると思います。お元気で」
「えぇ、そっちも。頑張ってね!」
カーラとユヅキが、今何をしているのか知りたくないか。
メルアスさんは、最後まで俺に聴いては来なかったな。
でも、それが有り難かった。
復讐心など、すでに無い。
俺が前に進めた時、何となくだが関心がなくなった気がする。
(っと、早く宿に戻って…ん?)
建物の間の路地に佇む影が見えた。
15歳ほどの少年が、汚れた地面へ涙を流している。
衣類は乱れ、所々に傷や打撲があった。
ふと、目が合った。
俺はその目が何かを、知っている。
「一緒に来ないか?俺も…君と同じで、大事なモノを奪われた事が有るんだ」
今は辛い記憶しかないだろうが、未来でそれは不用になる。
何処までも青い空の下、俺は…佇む少年へと手を伸ばした。