それでも俺は、生きていた
(…また、この夢、か)
遠くから、優雅な音楽が聞こえてくる。
俺はすぐさま脳を覚醒させ、意識を仕事へと向けた。
以前はこの夢を見る度、胃の中のを戻したもんだ。
終いには極力眠らないようになり、不規則な睡眠習慣となってしまった。
(だが、もはや何も思わなくなったな)
同じモノを見過ぎて、もはや慣れてしまった。
いや、慣れた、というのは正しい表現じゃ無いな。
見過ぎて、心が死んだんだろう。
(あれから、4年か…)
ふと、闇の中で、俺を見つめる2つの影に気付く。
何でも無いという風に、右手を軽く上げた。
「俺はどのくらい寝てた?」
「5分丁度です、ですがちゃんと眠れましたか?」
「なんか所々でブツブツ言ってたッスよ?もうちょっと寝るッスか?」
「いや、大丈夫だ。どうやらお出ましの様だからな」
音楽に紛れ、微かではあるが特徴ある、しかし雑な足音が聞こえ始めた。
随分と質が下がったな…、それだけ俺達が狩ってしまったわけなんだが。
「数は8、上に4、客に紛れたのが3、出口前に1だ」
「さすがッスねぇ、まるで監視カメラ見てるみてーッス!な、フリュー」
「かんしかめら…?またマクミランが訳わからん事を。…行きますか?」
同僚の一人、フリューが魔導無線に今の情報を伝える。
同じく同僚のマクミランは、魔導袋からドラグノフと呼ばれる長い銃を取り出した。
「パンチョス部隊、準備完了です」
「よし、2人はいつも通り適当に狩れ、…状況開始」
「状況開始」
「了解ッス」
フリューが魔導無線から口を離すのを見て、俺達は暖炉の奥から飛び出した。
「全員、伏せろぉ!」
同時に、パーティー会場内へ拡張された凛々しい声が響く。
通常であれば、ココは恐慌状態になる場面だ。
だが、声の主が誰か解ると、皆、ドレス姿にも関わらず静かに床に伏せだす。
しかし、至る所で、悲鳴が上がった。
窓が割れ、賊が侵入してきたからだ。
…ま、あの程度の敵なら問題ないか。
「よっ!ほっ!っと!」
賊4匹の内3匹が、マクミランの速射で脳漿を外へと飛び散らせる。
「はぁっ!」
そして残りの1匹も、フリューの無詠唱火属性魔法で消し炭となり、外へと落ちて行った。
ドラグノフの銃声が響く中、俺は再び音を採取する。
…よし、出口のと客に紛れ込んだ2匹は、別動隊が処理したようだ。
ならば、残り1匹。
「ハッハッハ!やはりニムバスはすごいな!流石、妾が認めた」
「ちょっ、隊長!まだ終わってねーッス、って、ああああああ!?」
マクミランの慌てる声。
見ると、先ほど凛々しい声を発した我らが上司、ヴァリアリ隊長が立ち上がったのだ。
ドレス姿で!無防備に!
隊長の後ろで、ドレス姿の女…刺客も立ち上がり、その手に刃物を光らせる。
くそ、マクミランの射線上で重なってるか!
俺は腰に下げた剣を抜きながら、床を蹴った。
「…っ!」
「なっ!ん、があああああああああ!?」
息を一気に吸い込み、吐く。
その勢いで俺は駆け抜け、隊長の後ろの賊をそのまま斬り伏せる。
臓物を垂らし、賊は床へと崩れた。
「…見事だ!」
隊長の声で、会場が沸いた。
俺達は所謂影なのに…、これはもしや。
「隊長、わざとですね?」
「ハッハッハ!当然であろう!お主の雄姿を皆に見せたかったのだ!」
なんて人だ。
これ、絶対陛下からお叱り受けるよな。
大きな笑い声を上げる隊長を見ながら、俺達は逃げるように会場から消えていった。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
ドラッケン帝国。
4年前のあの日、俺は王国から逃げ出し、死を望みながらギャラガの森を彷徨っていた。
ギャラガの森は、王国と帝国の国境を跨る、大きな森林地帯。
珍しい薬草が自生してはいるが、強いモンスターがいる事で有名だ。
俺はそこで、死のうとした。
だが、死ぬ勇気がなかった。
気付けば捨て身の攻撃を駆使し、元々身につけていた猟師の技術と共に森で生活していた。
死にかけた事は、数えきれないほどある。
その都度、生を渇望をした。
皮肉な事に、すべて失った故に、俺は強くなったんだよな。
ある意味、あの女共を寝取られた結果、「甘え」が無くなったのも要因だろう。
自画自賛するわけでは無いけど、金級冒険者の上の方…、その位の強さはあると自負している。
で、ある日ギャラガの森で、モンスターに苦戦する隊長達に加勢した。
それでスカウトされて…グラッデンと言う名前を捨てた俺は、今、ここにいる。
「いやー、父上にこっぴどく叱られた!だが喜べニムバス!お主の評価は上がったぞ!」
彼女は、ヴァリアリ隊長。
何とこの帝国の第7皇女だ。
皇帝陛下血筋の証拠である、腰まで伸びたワイン色の髪。
森で助けて以来、やけに俺に接してくる。
…もう、女はこりごりなのにな。
「本当にすごかったッスよ!薩摩みてーでかっこよかったッス!ニムバスさん!」
茶色い短髪の彼は、マクミラン。
言動は軽いが、強い。
ドラグノフという奇妙な銃で、かなりの武勲を上げている。
時たま意味が解らない言葉を使うのが、まぁ、難点だな。
「サツマって何よ。…これで、第6皇子の持つ暗部は壊滅、でしょうか?」
水色の髪を弾ませ、フリューが俺へと尋ねた、
彼女の魔法の腕はすごいモノで、無詠唱は当たり前だ。
スラムで燻ぶっていたのを隊長が拾い、才能を開花させたとの話だ。
俺が所属している組織は、ドラッケン帝国の暗部…ではなく、謂わば何でも係だ。
目的は「帝国の為になる事を、全身全霊を持って為そう」。
元々は、継承権をほぼ持たないヴァリアリ隊長が始めた、道楽。
だけど隊長が発掘してくる人材で規模が膨らみ、もはや帝国に無くてはならない存在らしい。
んで今回は、それにより人気となった隊長を妬んだ第6皇子が刺客を差し向けたってオチだ。
証拠などは別の隊員が抑え込んでるだろうし、実行部隊も動いているだろう。
近い内隊長が「第6皇女」になる、か。
とは言え、本人は政治や継承に全く興味がないご様子だが。
(充実はしている、んだがな)
仲間に囲まれているこの現状は、俺が求め、奪われたモノだ。
嬉しいが、「また裏切られたらどうする」と、俺の心に棘が這っている。
女性に対しても同じだ。
だから結局は、俺はあの日から進めていない、のかも知れない。
「っと、ニムバス。王国からの秘密裏の手配書だ。帝国に潜伏してるっぽいがどうする?」
隊長が、俺に手配書の紙を渡す。
見ると、雷に射抜かれたような衝撃と共に、じわりと吐き気が滲みだしてきた。
「何々…、うわーひでーッスね。女の敵だ」
「女性との性行為を録画し、それを売りさばいていた…最低、こいつら殺しても?」
「待て待て、生かして捕まえろとの事だ。この馬鹿ども、貴族の娘に手を出したようでな」
「怒り狂った貴族様からの依頼ッスか、でも余罪どんどん出てきそうッスね」
「刑罰は…うへぇ、こりゃ死んだ方がましですね。ねぇ、ニムバスさん。…ニムバスさん?」
3人の会話が、どこか遠くに感じる。
俺は改めて、手配書を見た。
・ガリウス王国冒険者組合 元副組合長
(元 金級冒険者)
クロマ=クック
・元 銀級冒険者
ドキュン=ズキュン
・元 銀級冒険者
サオヤック=シルダン
「隊長、これ、俺1人でやらせて頂けませんか?」
復讐では、ない。
正直、あの女含め、こいつ等はどうでも良い。
けど、こいつ等を追い越せれば…俺は前に進めるんじゃないか。
そう、思った。
近日中に後半全話投稿します