そうして全てが、始まった
銀級冒険者への試練である、昇格研修1日目。
僕達は冒険者組合本部の2階個室で、指導員の2人と対面した。
正直言うと…見た目からして、不安だった。
「うぃっす、銀級のドキュンでーっす。お前達の指導員なんで、そこんとこシクヨロ」
「同じく銀級のサオヤックだ。副組合長直々に頼まれた故、手加減はしないぞ」
ドキュンと名乗った指導員。
いかにも軽薄そうな笑みを浮かべ、僕には目もくれず、カーラとユヅキを見ている様だ。
ぼさぼさとした金色の髪、統一性のないピアス等のアクセサリ、服からはみ出る日焼けした手足には様々なタトゥー。
身長は160…僕と同じ位だけど、悔しい事に筋肉は負けてるな。
そして、サオヤックと名乗った指導員。
この人はムスッした顔をして無骨な感じを出してるが、やはりカーラとユヅキしか見ていない。
燈色の丸坊主で、身長180ほどの長身とごつい体。
この体躯なら、さぞかし強いんだろなぁ…羨ましい。
・・・んー、やっぱ不安しかない、なぁ。
カーラとユヅキを見ると、同じく指導員2人を胡散臭そうに見ている。
とは言え、この人達も銀級冒険者だ、礼を欠いてはいけない。
失礼な事を言うが成りはこうでも、実力はあるはずだからね。
「僕は銅級冒険者、グラッデン=ニムバスと言います、今日からお世話になります!」
けん制を含み、僕がまず挨拶をする。
すると、意外…と言うのは失礼だが、指導員2人は僕をちゃんと見て、笑顔で頷いた。
「うぃ、よろしくな!期待の若手と噂は聞いてるぜー、パねぇな!」
「今日からの研修でビシバシと行くが、お前の糧となるはずだ」
…あれ?
思ったより、良い人、達?
やっぱ見た目で判断しちゃダメ、なのかな。
「カーラ=ガーラです、同じく銅級です!宜しくお願いします!」
「ユヅキ=ミドウだ。本日よりご指導ご鞭撻、宜しくお願いしたい」
カーラとユヅキも続けて挨拶するが、指導員2人の対応は丁寧だ。
でも…やっぱり、彼女達を見る目が、気に食わない。
と、そこで気付く。
この人達がカーラとユヅキに向ける目…副組合長と同じだ。
「んじゃま、早速でワリーけど、ディグダグの森へ向かおうぜー」
「あの森に、ですか?」
「うむ、まずは外での活動に慣れるように指導する」
銀級ともなると依頼のために外へ出て、数日間キャンプするのも珍しくないと聞いた事はある。
確かに、学ぶ事は多そうだ。
ディグダグの森はここから歩いて半日…だけど、冒険者達はまず足を踏み入れない。
採取用の草花もモンスターも少なく、うま味のない場所だからだ。
他の冒険者がいれば、頼ってしまうかも知れない。
だから、人の行き来が少ない場所を指定したのかも知れないな。
「街の入口に馬車を待たせてある、行こう」
サオヤックさんの言葉に頷き、僕は踵を返し扉を開けようとした。
「きゃっ!?」
「なっ!?」
「ど、どうしたの!?」
カーラとユヅキの声に驚き、振り返る。
すると、2人が指導員を睨んでいた。
「い、今、この人が、私達のお尻触ったの!」
「指導員という立場でなければ引っ叩いていた!次は無いからな!」
「何だよ、かるーい挨拶だろ?冗談が通じねーなー」
「この位で声を上げるなど、普段から油断してる証拠だぞ」
本気で怒ってる2人に対し、指導員はあくまでおちゃらけた感じだ。
「ドキュンさん、サオヤックさん、2人は大事な仲間です!嫌がる事はやめて下さい!」
「へいへい」
「解ったから、行くぞ」
僕の言葉に対しても、ふざけた態度。
少しでも良い人と思った僕が、馬鹿だった。
これから始まる、2週間の研修。
何も無ければと、思わずにはいられない。
△ ▽ △ ▽ △ ▽
[昇格研修 1日目]
「野営は自給自足が原則!
と、森に付いた途端、サオヤックさんに食事の為の獲物を獲って来るよう言われた。
猟師の技術を持っている僕であれば、正直容易い。
容易いのだが…。
(カーラとユヅキが心配、だなぁ)
あの2人は、野営に必要な技術を習得中だ。
料理は勿論、テントの作り方、水場や火種の確保…など、身に付けるべき重要な技術は多い。
ただ、あの指導員が問題だ。
(僕がいない間に、また嫌なことされてなきゃいいけど…、っと、ウサギ見っけ!)
茜色に染まる、空の下。
熱で分解されるお手製の眠り薬を鏃に塗り、僕は地を跳ねるウサギへ矢を…射った。
野生の勘なのか、ウサギは矢を寸前でかわすが、後ろ足を掠める。
そして10歩ほど跳ねた後に、そのままコテンと横に倒れた。
(お休み、そしてごめんな)
木の上から下り、今から血肉となるウサギへ感謝しながら、その柔らかい体を持ち上げた。
良し、この大きさなら僕含めた5人分にはなるな。
「おぉ、グラッデンやるじゃーん」
「ほぉ、なかなか…、では2人、調理は任せる」
僕が急いで野営地に戻ると、カーラはドキュンさん指導の下テントを作り、ユヅキはサオヤックさんと食事処を整えていた。
…特に変な事はされていない…みたいだな、良かった。
「おかえりーグラッデン、早速解体するね」
「ファットラビットか、この時期のは脂が乗っていて美味しいんだ」
その日は疲れもあってか、僕達は食事後に早々と寝てしまった。
あ、寝床は勿論僕、カーラとユヅキ、指導員2人と別れてるよ。
△ ▽ △ ▽ △ ▽
[昇格研修 4日目]
「いやマジだって!俺だったらカーラちゃん一筋になるのになー」
「あはは、んもう、ドキュンさん!仕事して下さいよー…あ、グラッデン、お帰り!」
薪の山を背中に背負った僕を見て、カーラがナイフを持った手を振り始めた。
川魚の調理中なのか、ナイフに付いたウロコが周りに落ち、夕焼けの空を鈍く光らせる。
「自分より強い異性を求めるのは当然だ、命を預けるのだからな」
「やはりそうですよね。ソレだけが私は不満で…、おっと、戻っていたか、グラッデン」
採取の勉強してたのか、両手に多くの山菜を抱えたユヅキが、僕に向け笑みを作った。
隣のサオヤックさんも、多くの薬草を抱えている。
(と言うか、距離、近くないか?)
カーラもユヅキも、随分と指導員に気を許してしまっている。
最初はアレだけ警戒してたのに、今では笑顔を向けて会話する位だ。
(思えば、僕は2人から離されているような…!)
ドキュンさんとサオヤックさんは、至極まともに研修をしている。
おかげで僕だけじゃなく、カーラとユヅキも様々な技能を身につ付けつつある。
ただ、僕だけが、まるで追い出されるように、野営地から離れた場所での研修になってるぞ?
そりゃあ、狩りは大事だ。
薪拾いも、危険が無いか偵察するのも、役割柄仕方ないと思う。
僕はそんな不安を共有して貰うべく、夜、女性2人のテントを訪れた。
カーラとユヅキを前に、先ほどから抱く不安を吐露する。
だけど、2人の反応は僕が思っていたのと違うものだった。
「そりゃあ最初は胡散臭いなー思ってたけど、ドキュンさんいい人だよ?技能もちゃんと教えてくれるし」
「あぁ、サオヤックさんも親切で丁寧だ。何より、武について話が通じるからな、つい話してしまうのだ」
同意、して欲しかった。
その分落胆し、ついムカついてしまう。
「で、でも、距離が近すぎじゃないかな?メルアスさんが言ってたじゃないか、彼らには黒い噂があるって。僕は心配で、だからもう少し距離を…」
口に、出してしまった。
僕の不平不満に、2人は見たくも無かった嫌悪感を滲ませる。
「あのねグラッデン、ドキュンさんはよく教えてくれてるわ。相談にも乗ってくれるのよ?」
「見損なったぞグラッデン、噂は所詮噂だ。恐らく彼らの活躍を妬んだ奴がある事ない事を流したのだろう」
「で、でも…!」
つい、下唇を噛んでしまう。
カーラの言うとおり、指導員の2人はちゃんと研修をしてくれている。
そしてユヅキの言うとおり、噂にあった女性を食い物にする所か、2人をちゃんと見てくれている。
「…グラッデンはいつも離れて研修してるから、彼らの事、ちゃんと見れてないのよ」
「出会いはああであったが、彼らは指導員に値する冒険者だ。男の嫉妬はみっともないぞ、グラッデン」
あいつらが僕を、君達から離してるんじゃないか。
そう、言葉を続けたかったが、2人の初めて見る冷めた目に、僕は納得いかないまま言葉を飲み込んだ。