そうして僕は、決心した
ガリウス王国。
この肥沃な大地、ハイドライド大陸の南西部に位置する国だ。
内陸部は農業、沿岸部は漁業が盛んで、豊かな国でもある。
隣国にはドラッケン帝国という大きな国があるが、関係は極めて友好だ。
国内にそれぞれの大使館を置き、精力的に国交を行っている。
帝国は鉱業が盛んだから、お互い足りないものを補うように貿易してるんだ。
で、僕達がいるのは、ガリウス王国の王都、ファザナドゥ。
灰色の城壁の中に、レンガの色鮮やかな家屋が立ち並ぶ活気ある街。
で、その中央に建つのが、この国の冒険者組合本部だ。
王国内の冒険者組合を統括し、他国の冒険者組合とのやり取りをまとめる中心部。
古臭くはあるが周りの建物より色褪せたレンガが、この建物の歴史を勇壮に語っている。
「あら、グラッデン君、カーラちゃん、ユヅキさん、いらっしゃい」
今日から待ちに待った、銀級冒険者への昇格研修。
僕達は朝一で、ここ冒険者組合本部へと足を運んでいた。
今ではすっかり馴染みとなった受付のメルアスさんが、僕達を迎え入れてくれる。
「お早うございます、メルアスさん」
「朝一で来ちゃいました」
「準備はできてるぞ、研修を早速始めて貰いたい」
「はいはいはいはい、解ったから落ち着きなさい貴方達!」
僕達の勢いある言葉に、メルアスさんは水色の髪を弾ませ、苦笑を浮かべた。
「そう来ると思って、指導員の人には待って貰ってるわよ、2階に上がりなさい」
その言葉を聞き、僕達は互いの拳を軽くぶつけ合う。
やる気は十分。
多くの冒険者は初回で音を上げ昇格が遅れると聞くが、今の僕達なら行けると、信じる事が出来る。
と、そこでふと気になった。
「メルアスさん、指導員は何方なんですか?」
この王国内には、いや、世界中には有名な冒険者が数多と居る。
そしてその中でも優秀な人が、指導員の資格を持つのだ。
言い方が悪いが、研修で縁を作る事が出来れば、今後目にかけて貰う事だってある。
だから、純粋に誰が指導員をしてくれるのか気になり、尋ねた。
「ふっふっふ、聞いて驚きなさい!あの『隻腕』のキルヒルトさんと、『血風』のエリアンさんよ」
その名前を聞いた時、僕の中に歓喜が生まれた。
キルヒルトさん…僕の生まれ育った村を、片腕を失いながらも守ってくれた冒険者だ。
「ちょ、ちょっとユヅキ!エリアンさんって、あの!?」
「剣を使う身として学びたい事も多いな、あぁ楽しみだ」
有名な2人が、僕達の指導員に…。
キルヒルトさんには、この街で…冒険者になった時からお世話になっている。
彼の事だから、顔見知りだからと手加減はしてくれないだろう。
むしろ、逆に厳しくするような人だ。
だけど、確実に冒険者として力を付ける事が出来るチャンスだ!
カーラとユヅキも同じ気持ちなのか、鼻息荒く興奮している。
頑張る、ではなく楽しみ。
僕の中に新しい思いが湧き出た所で、メルアスさんの後ろのドアが開いた。
「残念だが指導員変更だ、メルアス君」
「副組合長!?へ、変更なんて聞いてませんし、誰なんですか!?」
ドアから現れたのは、この冒険者組合本部の副組合長、クロマさんだ。
茶色の長髪を揺らし、眼鏡の奥から冷たい瞳でこちらを見ている。
戸惑う僕達に、人を不快にさせる笑みを浮かべ、口を歪ませた。
「同じ銀級冒険者のドキュンとサオヤックを割り振った、さぁ、君達は行きたまえ」
「待って下さい!変更の理由は何でしょうか?それにその2人には黒い噂が…」
「メルアス君、組合長が帝国に出張している今、ココの責任者は私だ。その私に意見するのかね?」
「…っ!」
ドキュンとサオヤック…なんて、聞いた事無い名前だな。
別の国から流れてきた人、なんだろうか?
(キルヒルトさんに教わりたかったんだけどなぁ)
…僕達としては不本意だけど、本当に不本意だけど、副組合長の決定に異議を唱える事は出来ない。
それはメルアスさんも同じの様で、悔しそうに下唇を噛んでいる。
カーラは悲しそうに目を伏せているが、ユヅキは噛みつくように睨んでる…強いなぁ。
そんなユヅキの視線に気付かず、副組合長は尚も言葉を続けていた。
「理由はある。先ほど言ったように組合長が不在だ。だから有事の際を考え『隻腕』と『血風』にはこの街で待機をお願いしておいた」
「でしたら、他の冒険者もいます。何故、このタイミングでなのでしょうか」
「…君は私の人選にもケチをつける気かね?」
「いえ!…で、ですが」
「だ、大丈夫ですメルアスさん!指導して頂けるならば、文句はありません!」
このままでは、メルアスさんに迷惑が掛かってしまう。
2人も同じ考えで、僕の言葉に一緒に頷いた。
「ふん、さっさと行きたまえ」
僕達の態度に納得したのか、副組合長は不機嫌に喉を鳴らし、扉の奥へと消えていった。
だけど、…何と言うんだろう?
あの人が、カーラとユヅキを見る目。
不快感を覚えたけど…、そうだ、品定めをするような目、なんだな。
「メルアスさん、さっき言ってた、えと、新しい指導員の黒い噂って、なんですか?」
カーラの言葉に、メルアスさんは眉を寄せ、ため息を吐く。
嫌悪感を露わにした、初めてみる顔だ。
「女癖が悪い、いや、食い物にしてるって噂よ。でも、証拠がないの…不自然な程にね。カーラちゃん、ユヅキさん…隙を見せちゃダメよ」
「大丈夫ですよ、私、グラッデン一筋ですから!」
「あぁ、私もそれに関してはカーラに負ける気はしない」
(う、うあっ)
2人の微熱と柔らかさが、僕の両腕に当る。
今は他の冒険者は少ないから良いけど、は、恥ずかしいな。
「そう、ね。貴女達なら大丈夫、かもね。…でも、油断だけはダメよ?」
そんな僕らを見て、メルアスさんの表情が和らぎ、笑みとなった。
徐々に増えてきた他の冒険者からは、冷やかしと取れる口笛が響く。
(こんなに思ってくれてるんだ…、真剣に考えないと)
当たり前の事なんだけど、そう思った僕は言葉にせずにはいられなかった。
「カーラ、ユヅキ…、僕、金級を目指すよ」
だけど恥ずかしいから、目を伏せたままだ。
2人の鼓動が早くなるのが、何となくだけど解った。
「やっぱ、どちらかだなんて選べない。我儘だけど…僕は3人一緒が、良い!」
「…本音を言うと、私だけを愛して欲しかったけど。でも、ユヅキも大事な仲間だし…うん」
「ふっ、ならば有言実行だ。強くなり、カーラと私を奪って見せろ」
金級冒険者なんて、選ばれたような人しかなれない領域だ。
依頼をコツコツこなしていくだけでは、決して届かない。
だけど、カーラ、ユヅキの為なら…なれるなれないじゃなく、ならなきゃダメなんだ。
「あーもう、朝っぱらから…。ほら、さっさと行きなさい!遅刻は減点だからね!」
「あ、す、すみません!」
「もう、グラッデンのせいだからね!」
「さぁ、では金級を目指すグラッデンのお手並み拝見、と行こうか」
僕達は呆れるメルアスさんへ謝り、銀級へのスタート地点である2階の部屋へと、足を進めた。