そうして、物語は紡がれる
感想やメールを頂き、中盤以降を書き換えようか悩みましたが、当初考えていた通りで終わらせて頂きます
一旦完結させて頂きますが、if等で別展開も書いていきたいので、その際もお付き合い頂ければ幸いで
この作品を読んで頂き、有難う御座いました
またifや別作品でお会いしましょう
朝日が差し込む、王国内のとある事務室。
僕の目の前には、長い時間俯いたままのロギャルが、いる。
心なしか、体が震えてるみたいだ。
お互いに、会話は無い。
2人の呼吸だけが、室内に静かに響いている。
僕は、所謂見張りだ。
早ければ夕方頃に、ロギャルの家の人が、彼女を迎えに来るはずだ。
今回彼女がした事は、国交に影響する程の事らしい。
本来であれば、ロギャルもあいつらと同じく磔にされるはずだ。
だけど、何かしらの政治的取引があったみたいで、国へ返されることになった。
まぁ、どんな取引かはわからないけど…、ロギャルにはつらい人生になるだろうな。
「…ね、ねぇ、ゼフェル、助けてよ」
「…僕じゃあ、何もできないよ」
「とく、と、特務隊でしょ!ねぇ、権限使って、逃がしてよ!」
「無理だし、ロギャルがやった事は許されない事だよ」
傭兵を雇い、犯罪者を逃がす。
立派な犯罪だ。
今まで静かだったのは、自分がしてしまった事への恐怖による沈黙だったのかもね。
「違うのよ、違うの!ヤラーに唆されたの!私は、騙されてたのよ!」
「ん、それは係の人に言ってくれ」
さっきも言ったが、僕には何もできる事は無い。
ロギャルが逃げ出そうとした場合、それを阻止するだけだ。
「…や、やっぱり怒ってる、よね?違うのよ!確かに体はヤラーに許したけど、心は、ずっとゼフェルだったのよ!」
目の前で肉の絡まりを見せた分際で、何を言うか。
そこで、ふと気づく。
僕の中にあった狂わんばかりの憎悪が、本当に…すっきりと喪失しているのだ。
(…僕が、ロギャルの事を肯定すれば、こんな事にはならなかったのかな)
主従関係を無視し、ロギャルを貴族ではなく、一人の女性として扱っていたら…。
要はヤラーがやった事をすれば、僕に靡いたんだろうか。
僕の想いは、届いていたんだろうか。
…いや、考えても、もうどうしようもない。
結局は、ロギャルが楽な方へと逃げた結果だ。
そして、僕には融通が利かなかった結果だ。
「ね、ねぇゼフェル。私達、幼馴染じゃない?ね、小さい頃から一緒だったじゃない?…助けてよ、ねぇ」
「…確かに幼馴染として長い時間を育んでたよ、実に10年以上かな。でも、君はたった数週間しか時間を歩まなかった奴と共に、それを否定した」
「それ、は…、だって…」
本当はこんな事を言うべきじゃ無かった。
けど、せめて僕がどれくらい惨めだったか、最後に知って欲しかった。
ふと、ドアの向こうに人の気配を感じる。
どうやら迎えが来たようだ。
「どうであれ、君は罪を犯した。それだけは償うべきだ」
そう、ロギャルを取られた事に関しては、もはや過去の事だ。
それは罪でも何でもない。
だけど、傭兵を雇って逃がそうとした事は、許されるわけが無い。
「…嫌よぉ、私、もっと自由に、生きたいよぉ…」
結局は、僕への罪悪感も無く、ただ罰と言う形で自由を失うのが怖いだけじゃないのか?
僕は深みに嵌りそうな思案を無理やり断ち切り、立ち上がる。
ドアが、開いた
僕は俯くロギャルを一瞥し、頭を下げ、部屋から出て行った。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「ニムバスちゃーん、例の物、見つかったわよ!
「本当か、パンチョス!…あぁ、良かった、戻ってきて…!」
いつも通りの朝、僕が出勤すると、ニムバスさんの嬉しそうな声が響いていた。
手には、燈色のような色の腕輪を持っている。
…もしかして、ニムバスさんのお母さんの形見、かな?
見つかったんだ、良かった。
「…いくらかかった?」
「ちょっとぼったくられて、銀貨20枚。あとナイフの方はまだなのよぉ、ごめんねぇ」
「いや、探してくれるだけで助かる。…はい、銀貨20枚、本当に有り難う」
「ニムバスさんー、銀貨20枚分、カーラさんの給料から引きますか?」
「そうだな、頼む、…銀貨2枚分引いておいてくれ」
「相変わらず甘いッスねぇニムバスさん。まぁ、あの女、真面目に仕事はしてるッスけど」
今日もここは、個性的なメンバーが集っている。
僕にとっては、本当に温まる場所だ。
あの後、捕まった傭兵隊、囚人は再び磔にされた。
刑期が伸びて、10年だそうだ。
傭兵団の溜め込んだ資金は王国が接収し、囚人達の延命に使われるらしい。
あと、ロギャルは…ガングロ家に軟禁されるようだ。
正確には、病気と言う事で領地に留められる。
やらかした事を考えると刑が軽い気もするが、ガリウス王国によるジャイロダイン教国へ貸し一つ…の様な政治的取引の結果だ。
政治の道具になるのか、血を残すための贄になるのかは、わからない。
もう2度と、会う事は無いだろう。
あと、おじいちゃんは僕の事を信じてくれていた。
ガングロ家は辞めさせられたから、今度こちらに呼ぼうと考えている。
「よし、皆揃ってるな。実は…ん、どうしたニムバス」
「隊長、これ、貰って頂けませんか?母の形見、なんです」
「ニムバスお主、大事なモノだろうこれは!妾でも流石に…」
「いいんです、その方が母も喜ぶと思うので。…ほら、もうすぐ家族になるわけだし」
「む、そ、そうか!だったら遠慮なく、…ふ、むふふふ、ふふ」
少しの間を置いて、特務隊全員が声を上げた。
うわー、これって婚約指輪みたいなモノ、なのかな?
すごいや!
「隊長、ニムバスさん、早く式挙げて欲しいッス」
「そうしないと私達も式、挙げられませんので」
特務隊内が、再び沸いた。
そうか、マクミランさんとフリューさんも…めでたいなぁ。
「こほん、少し羽目を外してしまった、すまないな。…まずは、王国に特務隊支部を置く事が決定した」
「結果良しと言えど、今回は俺の暴走で皆に迷惑をかけた、申し訳ない」
今回、件の犯罪組織と無法な傭兵達を捕縛できた。
けど、協力体制とは言えこちら側が越権行為しすぎでは、と問題視されたらしい。
責任を取らされるか?
そう、ニムバスさんは辞意を表明してたが、「じゃあ、もう一緒に協力してやっていかないか?」と。
互いの友好と切磋琢磨を目的に、そう言う話が出てきたそうだ。
勿論、王国側からも、こちらへ騎士団が派遣される。
「それでな…、ゼフェル、お主が王国派遣特務隊の隊長をやれ」
「同時に、ロアン、ユーファ、タキウス、ジュディアをお前の下に付ける。期待してるぞ」
…え?
「ええええええええええええええええ!?」
「あと、俺は今回の件で以前より言ってたように、責を負うと言う形で特務隊を抜ける」
「正確には妾の下で皇族の教育を受ける事となるがな。ニムバスの場所はマクミランに任せる事とする」
「は、え?ちょっ?マジッスすか?ええええええ?」
「そ、それって新婚旅行、いけなくなるんじゃ!?」
本当に、今日もココは騒がしい。
ずっとこの場所に居たいけど、世界は常に動いている。
同じ場所に留まることなんて、やっぱできないか。
その後、僕はニムバスさんに呼ばれた。
安物の珈琲を片手に、一緒に屋上へと上がっていく。
「ニムバスさんは、あのお二人の事…憎くなかったんですか?」
色々あり、空は眩しい程の夕焼け色だ。
ニムバスさんと肩を並べ珈琲を飲んでいると、ふと、聞いてしまった。
今のニムバスさんは、昔と比べてかなり穏やからしい。
以前は世の中の全てが憎いと言うような言動だったと聞いた。
なら、僕と同じように…復讐だけを目的に生きていたはずだ。
「今はどうかと聞かれれば難しいが、殺したい程憎かったさ。それはゼフェルも同じだろ?」
ニムバスさんの答えに、僕は頷いた。
僕も、ロギャルとヤラーを殺す事だけを考えていた。
だけど、それは「幸せ」や「充実感」というモノに、徐々に上書きされたんだと思う。
確かにロギャルや彼女の家から信頼を失ったが、今の場所で別の物を見つける事が出来た。
こんな言い方はいやらしいが、先程のロギャルを見てると…お前は色々失ったが僕は一杯手に入れたぞざまぁみろ、と思ってしまう。
この趣味の悪い感情を得る為に。
そして、いつかは見せびらかす為に。
僕はあの2人は殺さずにいた…んじゃないかと、思っている。
「俺はな、幸せになる事が復讐になる、って思ったよ」
ニムバスさんも、僕と同じだった。
ユヅキさんの体には消えない傷が残り、赤ちゃんを生めない体という女性としての価値を喪失した。
カーラさんは、罪人の経歴を、そして間接的ではあったが殺してしまった人々への罪悪感を、一生背負い生きていく。
そして、ニムバスさんが幸せな様相を見る度に、過去の自分達の言動を後悔し続けるはずだ。
「…はい」
ニムバスさんの答えに、僕は静かに同意した。
雲が、流れていく。
空気が冷め、色がどんどんと藍色へ染まり、星々が瞬き始める。
あの時も同じ空を見ていたはずなのに、今見ている夜空は、初めて見るように…綺麗だった。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
あれから一年経った。
ガリウス王国での仕事にも慣れ、日々充実した時間を送っている。
「あ、ゼフェルさん、見回り有難う御座います!」
「ゼフェル兄ちゃん!また遊んでねー!」
親し気に声をかけてくれる住民に、僕は笑顔を返す。
以前張り付けていたような笑みではなく、心から笑えている笑みだ。
(今日も異常なし、っと。さて、詰め所に帰るか)
空はすっかり茜色だ。
こんな鮮やかな夕日を見ると、僕がここに来た時の事を思い出す。
ニムバスさんと本隊長は半年ほど前に式を挙げ、2人仲良く帝国の足元を支えているようだ。
陛下にも気に入られ、毎日のようにチェスをうって、いや、うたされてると愚痴っていた。
そしてマクミランさんとフリュー姉さんも、夫婦で帝国の治安を守っている。
マクミランさんが発案した「新婚旅行」なるモノが、帝国と王国で大流行中だ。
ヤラー達は、今もこの王国内で磔にされている。
あと9年は頑張って苦しんで貰いたい。
そんなヤラー達を、カーラさんは今も面倒を見ている。
気丈にふるまっているが、自身の映像を知っている男からの視線に耐えられず、未だに嘔吐する事が多いそうだ。
ユヅキさんは、カーラさんの子を引き取り、この王都の冒険者組合で働いている。
先日、ニムバスさんとの子供を産みたかった、と涙を流しながら吐露していたのを、酒場で見かけた。
ロギャルがどうなったかは、知らない。
何度か手紙が届いたが、読まずに燃やして処分した。
彼女は僕に何かを求めているのだろう。
だけど、僕は彼女に何も求めていない。
…それで、いいと思う。
(…ん?)
ふと、路地の方から女の子の泣き声が聞こえた。
薄暗い道を進むと、地面に座り涙を流す、茶色い髪の女の子を見つける。
眼が、合った。
久々に見る、そして、知ってる…眼だ。
気付けば、僕は彼女へと手を伸ばしていた。
「…僕も、君と同じで大事なモノを奪われた事があるんだ。…一緒に、来ないかい?」
復讐、したいのだろう。
なら、復讐を手伝ってあげたい。
幸せに、なって貰いたい。
女の子は僕の事をじっと見つめた後、僕が伸ばした手を…、幼い手で、力強く掴んだ。