第1章 第8節 野田場 莉子 宅
智也達がITパスポート試験の勉強を始めた日の夜、上条の隣の部屋では、猫又のタマと座敷童の野田場莉子が、難しい顔でテーブルを挟んで話をしていた。
「それで、犯人について何かわかったの?」
「まだニャ。警察はだらしないニャ。」
タマは隙を見付けては警察署に忍び込み、老夫婦を騙した犯人についての捜査状況を調べていたのだ。
「真剣みが足りニャいニャ。捜査してるのか怪しいものニャ。」
「おじいちゃん達はもう死んじゃってるし、店もつぶれて、・・・被害を訴える人が居なくなっちゃったからね。」
「警察は当てにニャらニャいニャ。自分達で調べるしかニャいニャ。リコも聞き込みをするニャ。」
「でも、私、働いてるし・・・。」
「リコは冷たいニャ。街中を聞き込みして回るくらいの気持ちが欲しいニャ。」
「いやぁ、外回りは、・・・座敷童って、インドア派だから。」
「ニャー!!おばちゃんの作るねこまんまが恋しいニャ。」
「ん~、こうなったら、私たちのやり方で調べていきましょ。」
「そうニャ、人間のやり方ニャんか関係ニャいニャ。」
それからしばらく経った頃、街ではある噂が聞かれるようになった。
曰く、とある和菓子屋を買った者の家に化け猫が現れ、誰から購入したのか問い詰められた。
曰く、とある和菓子屋の売買を仲介した不動産業者の社長宅に化け猫が現れ、売り主が誰かを問い詰められた。
曰く、高級食材をお供えするまで、毎晩催促に現れた?!
曰く、供えた物が好みに合わないと、車のボンネットに引っ掻き傷が付けられた??
曰く、お供え物に、本マグロの大トロをリクエストされた??
・・・。
※
「おじさん、居る?」
ドアがノックされ、上条の返事を待たず香織が部屋に入ってきた。
「ママが持ってけって。」
香織がなにやら煮物の入った深皿をちょうど食事中のテーブルに置いた。
上条は『ん』とだけ言い、片手をちょっと挙げた後、夕食に戻った。
「もう、返事くらいしてよ。
へぇ~、今日は天津飯?
具は何が入ってるの?」
『どうせ、卵だけでしょ』と、香織が上条の持っている深皿を覗き込むと、上条はドヤ顔でカニ足を箸でつまみ上げた。
「えっ、カニ?どうせ、カニカマでしょ。」
「ふん、本物だ。」
「え~、本物買うお金あったら、もう一品おかず増やせばいいのに。」
上条が何故か、気まずそうに目をそらせた。
「なに?、・・・別に本物買っちゃいけないって、言ってないわよ。」
上条がなにやらボソッと答えたが、聞き取れなかった香織が『ん?』と聞き耳をたてた。
「・・・こいつが、持って来たんだよ・・・。」
『日頃、飯を食わせてるから、お礼のつもりなのかもしれない。』と、上条が指さした先では子猫が得意顔で小皿の天津飯を食べていた。
「えっ、猫が咥えてきたカニを奪ったの?」
流石に、ひかれた。
「まさか、流石に猫が食ってるのを横から盗ったりしない。缶詰だよ。缶詰咥えてきて、俺の前に置いたんだよ。」
「猫缶?」
「違う。『たらばがに 棒肉詰』って書かれた良いやつだよ。」
上条が空き缶をテーブルの上に置いた。
「あっ、これ、お歳暮で見たことある。
やたら高いやつよ。いったい何処から盗って来たんだろ。」
「全くなぁ、何処から獲って来たのか。」
その日の夜、上条は隣の部屋からの若い女性の怒鳴り声と猫の鳴き声を聞いた気がしたが、たまに会った時に微笑んでくれる隣の住人の顔が思い出され、『そんな事はないか』と肩をすくめた。
上条には、怒鳴り声を上げるような人には見えなかったからだ。
ちなみに、上条が聞いたと思った『女性の怒鳴り声」とは、このような内容だった。
「え~、高級タラバガニでかに玉!!
またタマばっかり美味しい物食べて!
私なんか、今日のお昼、おにぎり1個だけだったのに~!!」