第1章 第3節 神代家の食卓
香織は難しい顔で皿の上のブリの照り焼きを突きながら、盛大にため息をついた。
好物なはずのオカズを食べもせず難しい顔をしている香織を不思議そうに見ながら、沙織が母親に小声で話かけた。
「ねぇ、ママ。香織おねえちゃんどうしちゃたの?」
「香織ちゃんの入ってる部活が無くなりそうなんだって。」
「無くなんないから。」
二人の会話が聞こえていたのか、香織はちょっとムッとしたように返事をすると、勢いよくご飯をかきこんだ。
「パソコン部だったわよね、香織ちゃんの入っている部活って。」
伊織さんが食べ終わった茶碗にお茶を注ぎながら聞いてくる。
「部活で何してるの?」
「インターネットで調べものしたり、プログラミングの勉強したり?」
「疑問形?」
「・・・、ゲームしかしてません。」
香織の告白に、伊織さんは困ったように眉をひそめる。
「それじゃあ、おばあちゃんを説得出来ないわね。」
「だあってぇ~、智ちゃんが一緒にゲームしようって。」
「他人の所為にしない。」
伊織さんはぴしゃりと言った後、呆れたように苦笑を浮かべた。
「まぁ、おばあちゃんとしては、パソコン部に孫が居てほしくないのかもねぇ。」
「え~、どうして」
「理事長の孫が学校のお金をゲームにつぎ込んでるとか言われたら、世間体がねぇ・・・。」
「つぎ込んでないわよ。
それは、あたしもヤバイって思うもん。」
「じゃあ、部費は何に使ってるの?」
「パソコンを掃除するシートとか・・・、消耗品?
後は、ん~、データ保存用にUSB位は買うかも。」
「それって、大した額じゃないわよねぇ。」
「全部合わせても1万円いかないと思う。通信機器やパソコンは学校の備品を借りてるだけで、追加費用かけてないし。」
「じゃあやっぱり、おばあちゃんとしては香織ちゃんがパソコン部を辞めて、他の部活で活躍するのを期待してるにかもね。」
伊織さんは続けて、『実績がないから廃部にするというのは、あくまで建て前だろう』と予想を述べると、静かに湯飲みに口をつけた。
香織が不機嫌そうに椅子にもたれるのを見て、湯飲みを食卓に戻すと伊織さんが再び口を開いた。
「廃部になっても同好会として活動できるんでしょ?部費が問題にならないなら、それでもいいんじゃない?」
「それは、・・・そうかもだけど・・・。」
「ん?・・・だけど?」
「なんか負けた気がする。」
「ふふふ、経費を削減したいって言うのはホントなんでしょうけど、たいして効果が期待できないって事なら、やっぱり、これを機にパソコン部なんて辞めて、運動部のエースとして活躍して欲しいってとこなんじゃないかなぁ。
香織ちゃん可愛いし、運動神経もいいでしょ。
それを見た中学生とかが香織ちゃんに憧れて、うちの学園の入学希望者が増えるなんて事になれば、おばあちゃんとしては鼻が高いでしょうし。」
「え~ママ、なんかおもしろがってるでしょ。」
可愛いと言われて悪い気はしないものの、単に実績云々の問題ではないといわれ、香織は益々微妙な気持ちになっていた。
「そうねぇ、取り敢えずパソコンに詳しい人にでも相談してみれば?」
「そんな人、いたっけ?」
香織が誰の事かと尋ねると、伊織さんはアパートのある方向を指さした。
「家賃代わりに使っていいわよ。」
※
上条博は不意に寒気を感じ、ビクッと震えた。
「風邪でもひいたか?」
テレビの中ではスーツ姿のアナウンサーが、毎年増加するIT詐欺のニュースを読み上げていた。