5.邂逅 ①
三人は入口の木製の門をくぐり、敷地内へ踏みいる。
入口には誰もおらず、非常に無用心ではあるが、その様子を見ていた一人の男が駆け寄ってきた。
「あの、なにかご用でしょうか」
男の様子からは、微かな警戒心が感じられるだろうか。話そうとした一ノ瀬を制して、岩月が口を開く。
「実は私たちは遠方から来た次第でして、このあたりのことなど色々と知りたくて。ここに来れば詳しい人が居ると聞き及んでおります」
その言葉を聞いた男は、岩月の丁寧な物腰に、怪訝な表情が和らいだように見える。
「ああ、そうでしたか。珍しい着衣であったもので、異国の方々かと思いました」
一ノ関は「こっちのセリフだ」と、言わんばかりの表情だ。
「詳しくお話をお聞きしたいので、どなたかに取り次ぎ願えませんか?」
男は、岩月の言葉に応じ、建物の方へ案内する。
その建物は、三人が最初に視認したであろう、学校のような建造物だ。
玄関には『魔導学術院』と、殴り書きで記されている。学校ないし専門の研究機関といったところだろうか。
建物内には、それなりに人が居り、すれ違う者は物珍しいものを見るような目で、三者を凝視していた。
「なんか思ったより本格的ですね」
一ノ瀬はへらへらしつつ、岩月の耳元で囁いた。応じて、岩月が返答する。
「とりあえずおとなしくしとけ」
廊下を進み突き当たりを右に折れると、すぐ先に『来客室』と書かれた部屋に到着した。
入室を促され中に入ると、木製机を挟んで椅子が二つずつ用意されていた。机と椅子以外の家具などはなく、大きな窓から差し込む太陽光がなければ、牢獄といっても差し支えないほど簡素であった。
男は即座に、椅子を一対三の形に並べかえる。
「少しお待ちを」
そう言って男は部屋から出ていった。男が居なくなった瞬間に、一ノ瀬が軽口を叩く。
「あいつら本当に魔法使えるんですかね?」
それには岩月も首を捻り、今井も首を傾げながら唸っている。
「とりあえず聞いてみましょうか」
今井は至極もっともな発言を行った。この状況ならば、直接聞いてみるしかないのは事実である。
しばらく経つと、静かな部屋には廊下から聞こえる足音が、少しずつ大きくなるように感じられた。
開かれたドアからは、軋む音が聞こえないほどに丁寧に開けられた。
ドアからは、一人の女性が入ってくる。それと同時に言葉を発した。
「魔導師長の風峰 輪廻です」
そう言って軽く会釈をした。
洋風のロングスカートに、"和"のテイストが感じられる上着を羽織っているが、敷地内の他の者よりは、質が良さそうな着衣である。
背丈は150cm程の華奢な体躯ではあるが、艶のある黒髪はまるで、日本の美容院で手入れをしているかの如き光沢を放っている。
二重の目は、ぱっちりと大きく、白目の中には宝石が入っているのかと、勘違いしそうなものだ。
幼さも残る風体とは裏腹に、圧倒的な気品を容易に感じ取れ、その女性が纏う雰囲気はただならぬものであった。
三者は少し面食らった様子だが、一ノ瀬が口火をきる。
「一ノ瀬 飛鳥と、申します。お忙しいところ、貴重なお時間をいただき感謝しております」
普段のふざけた様子からは想像できない対応だが、これも営業部の人間としては、切り替えが出来て当然ではある。
一ノ瀬に続き、二人も続く。
「岩月 伸夫です。宜しくお願いします」
「今井 圭太です。お願いします」
三人の挨拶をじっと聞いていた女性は、早速着席を促し、三人へ話しかける。
「まあ座ってください。今日は一体何のご用でしょうか」
「何から聞いたらよいか、私たちも考えが纏まってはいないのですが…… いえ、何もわからないと言った方が適切です」
岩月は女性に対し、困った表情で返答した。それを聞いた風峰も、少し困惑した様子ではある。
その瞬間に、一ノ瀬が話し始める。
「ここはどこなのですか?」
その言葉に、風峰の困惑した表情が、更に深まった様子であった。
「ここは三河の国です。貴方達は旅の者と聞きましたが、迷ってしまったのですか?」
三河…… 渥美半島を含む、豊川一体を三河と呼称するが、見たところは三人の知る愛知県豊川市ではない。
「あ、地図などはありませんか?」
岩月は思い立ったように発言し、それを受けて風峰は木製机の引き出しから、机に地図を広げた。
三人はそれを見て閉口してしまう…… その地図は、三人の知る日本の外周を型どり、二枚目の詳細な地図から、現在地はまさに自分達の慣れ親しんだ、豊川市の位置を指していたのだ。
三人は悪い夢を見ていると、錯覚しているのだろうか。地図に垂れ落ちた冷や汗が、小さく滲む。
「あ、あの今は西暦何年ですか? いえ、元号を教えてください」
岩月のその言葉を聞いて即答する。
「せいれき? げんごう? 聞いたことがありませんが…… 現在は統一暦:千六百二十五年です」
統一暦とは何ぞや。それこそ三人には馴染みのない暦である。また、同時に今居る場所が、元居た日本とは、別の場所だと確定したのだ。
「貴方たちは、もしかしたら異国から来た方なのでしょうか? 単に身なりから推察したにすぎませんが、特にその腕にはめている鉄の装飾から……」
風峰は含みを持たせ微笑んだ。
一ノ瀬ははっとした様子で、腕の時計を凝視する。その表情は「しまった」と、言いたげである。
「まさか、ね」
風峰はぼそっと呟いたが、その言葉の意図は全く以てわからない。
「貴方たちのことは大体推測できました。大丈夫です。全て隠さずに話してください。敵ではありません」
風峰の言葉には、何ら根拠はないが、三人を真っ直ぐ見つめる瞳は、嘘偽りを含んでいるとは到底思えぬ並外れた意思がみられた。三人もそれを感じたのだろうか……
「岩月さん。どっちみち八方塞がりです。仮に何かあっても僕達三人が痛い目をみるだけです。賭けてみましょうや」
一ノ瀬の口角が上がり、覚悟を決めた様子であり、岩月と今井も数秒の後に、静かに頷いた。
「実は……」
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三人は自分達を含む三十人のことを、概ね話したのだ。その間、風峰は一言も話さず、じっと聞き入っていた。
その様子は、一言一句聞き逃さないといった、食い入るような表情であった。
「やはり、な……」
やはりとは? その話の一切合切を信じたとでもいうのだろうか。それは通常では、到底正気の沙汰ではないだろう。何らかの根拠があると推測できる。
「私も詳しくは知らないが、昔に大風、それもとてつもない大風の後に、二人の者がこの地域に現れたのです」
大風とはさしずめ熱帯低気圧や台風を指す言葉なのであろう。風峰は一呼吸おき、続ける。
「その者たちは、私たちの知らない概念を持ち、技術や様々な発展をもたらしたのだ。貴方たちの様に、奇妙な衣服を見に纏うておったと聞き及んでおります」
風峰は自らの着衣を指でつまむ。
「このような服もその者達の影響が少しあるのだろうかと推察します」
その言葉に、一ノ瀬が割り込む。
「で、その二人はどうなったのですか?」
風峰は首を振って答える。
「大風の夜に、制止を振り切って舟に乗って海に出たと聞く。その後の消息は不明だと言い伝えがありまして……」
「なので、貴方達の言葉も信用に足る。なぜなら、数日前にそう強くはなかったが、三河にも大風が来たのだから……」
三人の唾を飲む音が、まるで聞こえてくるようだった。
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