表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

4.ま、魔導師ですか!?

 

「このまま俺達どうなるんですかね?」


 街へ向けて歩きながら、一ノ瀬はふと疑問を投げ掛けた。


「どうだろうね。可能性としてここが別世界なら、ここで生き抜きつつ、帰る方法を探るしかないわな」


「そっすよねえ」


 空は晴れ渡り、高い建造物は遠くに見えるお城のみであり、それがまた良く見える。大気は、排ガスやPM2.5などとは無縁の透き通ったものであった。


 眼前の非現実は、三者共に認識を共有しており、もはや夢幻(ゆめまぼろし)といった類いではない。


 街或いは集落まで、あと五分程度歩けば到着できるだろうか。


 道中は、未舗装ではあるものの、多少は整備が成されている道をあえて外れて街へ向かっていた。


 その道には馬車が通ったり、農民と思わしき人々の往来があり、珍妙な格好の三人が居れば、目立つことこの上ないだろう。



 田園地帯の脇には小さな家や、農具を収納していると思わしき小屋が至る所に建てられている。


「これ、どう考えても米ですよね? あ、稲か」


 一ノ瀬は疑問の後、独り言のようにボソッと呟いた。


 三人は、街の入り口付近に到着したが、道の脇の草むらに隠れて様子を伺う。


 馬車や商人らしき人物の往来が多数確認でき、百姓も街をうろついている。非常に活気のある街のようだが、三人が来た四葉精機のある方向は、あまり栄えてはいないようだ。


 動線はおそらく、四葉精機側から、街を越えた城の方向に集中しているのだろう。


「すごいっすねここ。下手すれば豊川より人多いんじゃないですか?」


 一ノ瀬はけらけら笑っており、岩月と今井は呆れ顔だ。


「お前もうちっと真面目にやろうぜ」


 岩月は一ノ瀬の頭に、軽いげんこつを入れた。



 すると、三者の前を男性二人組が通る。


「飲まないとやってらんないよなあ、まったくよお」



「……日本語、っすね」


「日本語……だよなあ。今井も聞こえたか?」


 岩月の問いかけに今井も頷いた。


 驚くべきことに、言語体系は日本語であるようだ。建造物も煉瓦造りのものや、木造であったり、一貫性がない。人々の服装も和洋折衷様々であり、洋文化の土着も感じられる。


「なんか中世ヨーロッパとか江戸時代が混じったような感じですね」


「うだうだしてても始まらないし、とりあえず街に入るか。できるだけ自然にな」


 岩月の言葉に三人は茂みから、さっと出ていき、道の端を歩き始めた。


 スラックスの男と作業服の男が、バットケースとナップザックを抱え歩く姿は誰がどうみても違和感しか感じ得ないだろう。



「いらっしゃい! 新鮮な野菜はいかが?」

「飲んでかないかい?」

「旅の人かい? 今晩は是非ともうちで!」


 だがそんな不自然な三人にも臆することなく、呼び込みの人たちから声がかかる。


 八百屋、飲み屋、宿屋、賭場…… その一画で大抵のことは済みそうな場所である。


「誰かに話しかけてみるか」


 岩月はふいに呟き、一ノ瀬の背中を叩いた。


「頑張れ営業!」


「こんなときだけセコいっすよ係長!」


 岩月は不満気な一ノ瀬に、首を横に振って「行け!」と、指示を出した。一ノ瀬は渋々そうに、往来の男に話しかける。



「あのう、ちょっといいですか?」


「ん? なんだ?」


 話しかけられた男は、訝しげな表情で一ノ瀬を見つめている。だか、一ノ瀬は臆することなく会話を続ける。


「遠方から初めて来たのですが、この辺りのことを聞きたくてですね。詳しい人っていませんか?」


 男はその言葉に、一瞬目線を左上にやり、すぐさま答える。


「うーむ。魔導師様たちの所がいいのではないか? 俺はこの街のことしかわからねえしな」


 "魔導師"との単語には、さすがの一ノ瀬もたじろぎを隠せないようだ。


「ま、魔導師ですか?」


 男は首を縦に振り、その後は、男から魔導師とやらが居るらしい場所への道を聞き出すことに成功した。


 一ノ瀬は岩月と今井の元へ小走りで戻る。


「なんか魔導師サマがいるらしいっすよ。ぷぷっ。絶対インチキでしょ」


 その表情は、ああも真面目に魔導師と言い切る男に対し、笑いが堪えきれない様子である。


「わからんぞ。杖からいきなり火とか出してくるかもしれんぞ」


「どうせイタコだなんだって胡散臭いやつでしょ。まあこの街以外のことにも詳しい人らしいですから、とにかく向かいましょ」


 それにしても、一ノ瀬のコミュニケーション能力の高さには感嘆するものがある。


 四葉精機は大企業とはいかないまでも、切削工具や製品をクランプする治工具は、非常に高いシェアを誇っている。

 また、切削加工チームは国内最大手自動車メーカー試作部のコアサプライヤーでもある。


 そこに入社できるだけでも、最低限のスキルは持ち合わせている筈なのだが、普段の所作からは、それを垣間見ることはできそうにもない。


 一行は、先ほどの男の指示通りに歩みを進め、商業エリアと思わしき場所を抜けて狭い住宅街に入り込んだ。


 一見して、さながら浅草の下町からアスファルトを取り払った

 と、いった風景を想起させる街並みであるが、やはりこの一帯の建造物にも一貫性がない。


 そこは、この街の人々の生活環境のリアルが感じ取れる。子供が走り回り、男は家の屋根を直し、老婆が日向ぼっこをしている。


「この世界観はよくわかりませんね」


 今井は、つい言葉を漏らしたようだ。


 そんな平和な街をあと通り一つ抜ければ、男が指定した魔導師のいる場所に到着する。


 通りを抜けた瞬間であった。


「ふぁ!?」


 三人は声を合わせて三重奏(トリオ)を演じてみせた。一ノ瀬にとっては、四葉精機の入口での四重奏に次いで、二度目の重奏を奏でてしまう。そのくらいの衝撃であったのだ。


 眼前に広がる光景たるや、筆舌につくし難いものである。


 入口には『まどうしのやかた』とあり、広大な敷地には、木造三階建てのまるで学校のような出で立ちの建物が、三人を圧倒している。

 その奥には、細長くまるでホールのような建造物も聳える。


 敷地内には、まばらに人が行き来しているが、その見た目はまさに魔法使いのテンプレート通りで、ある意味では驚愕ではある。


 それは白装束であったり、黒や赤の衣服を身に纏い、様々なデザインの帽子を装着している。極めつけには、皆が一様に、綺麗な鉱石様の装飾が施された、杖を携帯しているのだ。


「これゲームの世界かな?」


 岩月は無意識にだろうか。思わず言葉が溢れたといった具合だ。


「と、とにかく入ってみましょう」



 三人は意を決して、入口を通り抜けるべく、それぞれの足を一歩、踏み出したのであった。




〈単語解説〉

サプライヤー:部品を供給する側のメーカーを指す。


治具:加工物や測定物を、動かない様に固定する機構をもった器具や装置のこと。


切削工具:切削加工(主に旋盤やマシニングに代表される)を行う際に使う、チップやドリルなどのこと。金属を削るため、タングステン合金が原料になるなど、超絶に硬いものも存在する。


各話のあとがきには、筆者が必要と感じたものを適宜解説を加えます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ